贄ノ学ビ舎
































柳沼奉理は、当時、どこにでもいるタイプの中学生だった。……いや、どこにでもいるタイプ、という意味でなら、今でもそれは変わらない。

成績は突出して苦手な科目も得意な科目も無い、中の上。運動神経も悪くはないが、体育祭で活躍できるほどでもない。交友関係も、少なくないが多くもない。

どちらかと言えば真面目で、不正を見逃す事は不得手。現実は見えているが、やや正義の味方願望があるとも言える。

容姿は、良い方だと言われる事が多い。筋肉の量は一般的だが、痩せ過ぎず太り過ぎずの理想的な体型にして体形。顔も、スカウトされるほどではないがまぁまぁ整っている方だ。少なくとも、目を背けたくなるような顔ではない。そのためかどうかは不明だが、毎年バレンタインデーには義理チョコを五、六個は貰える。ついでに、他の男子生徒からの無言の呪詛も。

そんな奉理の進路が……いや、人生が大きく変わってしまったのは、五月半ばのあの三者面談の時だったろう。

「どういう事ですか!?」

母親が、当時の担任教師であった狭山恭二に向かって声を荒げた。それは、まるで昨日の事であるかのように鮮明に記憶に残っている。

「鎮開学園って……あの鎮開学園ですよね? 何で……何でうちの奉理が、そんなところに強制推薦されるんですか!?」

何で……の辺りからは、もはや悲鳴に近い。狭山は、心苦しそうに頭を下げた。

「鎮開学園への生徒の強制推薦は、毎年どこかの学校に必ず回ってくるんです。持ち回り順はランダムで、その年になるまでは誰もわかりません。そして今年、うちの学校に強制推薦枠が回ってきてしまった……」

「そのシステムの事は存じています。けど、だからって何で奉理が……」

狭山は項垂れた。視線を、できるだけ奉理とその母親に向けないようにしているのがわかる。

「消去法なんです……」

力無く、狭山は呟いた。

「まず、鎮開学園は知っての通り……生贄を養成するための学校です。……生贄ですからね。ある程度の容姿は必須になる。そのため、強制推薦枠が回ってきた学校は……申し訳ないですが、教師陣で基準を設け、三年に在籍する生徒の容姿をランク付けするんです。ここで、顔は勿論、体形も含めた容姿が劣る者は推薦枠から外されます」

母親は、ここで息を呑んだ。奉理が毎年、バレンタインデーに複数個の義理チョコを貰っている事を知っている。少なくとも、それなりの容姿を持っている、という事は認めざるを得ない。

「次に……成績が特に優秀な者、極めて劣る者も外されます。優秀な人材は生贄にするよりも将来の国の為に生かしておきたい。劣る者は生贄の儀式の際にどんな粗相をするかわからない。そう考えた、政府の判断によります。後者の理由及び、鎮開学園の規律や風紀を保つ目的で、普段から行動に問題がある者も外されます」

奉理の成績は中の上だ。悪くはないが、特に優秀とは言い難い。問題行動も、特に起こした事は無い。

「そうして生徒の数を絞っていって、残された数人の中で最も優秀かつ問題の無い生徒……それが、奉理君だったんです……」

狭山の声は、か細かった。グラウンドから聞こえてくるサッカー部の声掛けにすら負けてしまいそうなほどに。

「何か……何か無いんですか? 奉理が、強制推薦を取り消されるような方法は……!」

すがるように問う母親に、狭山は目を泳がせた。

「……無いわけでは、ありません……」

非常に言い難そうに、狭山は言った。母親は希望に顔を明るくし、それから怪訝な顔をした。狭山の顔は、「あまり言いたくない」と言っている。

「……手っ取り早い方法は、生贄の適性から外れてしまう事です。例えば、著しい成績の低下、怪我などによる容姿の劣化、問題を起こして人間性に難点があると示す……などです。ですがどの方法も、上手くいったところで奉理君の将来のためにはなりません。それに、成績に関しては、現時点で問題が無い事が既にデータとして知られていますから……強制推薦を取り消すためにわざと成績を落としたと思われて問題にされないでしょう」

「……手っ取り早い方法は、と仰いましたよね? ……他の方法は?」

狭山は、ちらりと奉理を見た。次に、机の上に広げた成績の資料に目を落とす。

「成績を、他の追随を許さないほど上げる……という方法があります。さっきも申し上げた通り、政府は優秀な人材は国の将来のために生かしておきたいと考えています。ですから、鎮開学園への強制推薦者が確定するまでの、あと半年の間に。奉理君の成績が格段に上がり、それを維持する事ができれば……強制推薦は取り消される事になると思います」

結果を述べれば、奉理は期限である半年の間に成績を格段に上げる事ができなかった。

元々真面目に頑張っていて、中の上という成績だったのだ。おまけに、奉理が強制推薦枠候補者だという話が、どこからか校内に漏れた。奉理が強制推薦を取り消されれば繰り上げ、もしくは繰り下げで推薦される者達は、今まで以上に勉学に励み、成績の上昇及び維持に努めた。

「柳沼奉理が強制推薦枠を取り消されれば、別の誰かが生贄になる。あいつが生き残るためには、結局誰かが犠牲にならなければいけないんだ」

そんな言葉が人々の間を駆け巡り、奉理の精神を苛んだ。

そして奉理は予定通り、強制推薦によって鎮開学園に籍を置く事となる。

「鎮開学園に通う生徒は、学費も生活費も国が負担してくれるらしいしさ。その分、母さんは仕事を減らせるよ。紗希も寂しい思いをしなくて済むんじゃないかな?」

泣き崩れる両親や、妹の前で強がって。努めて明るく言ってはみたが、かえって泣かれてしまったのは……奉理自身が既に絶望していたからだろうか。










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