僕の騎士、僕の姫
(お題→魔法とかがバンバン出てくる純(中世)ファンタジー)













真昼とは思えぬほど、どんよりとした重い雲が垂れ込めた空。その真下にある、そこだけ夜になってしまったのではないかと人に思わせるほど暗い森。呪われしシュバルツシェーデルの森と呼ばれるその場所で、一頭の狼が猛き咆哮を発した。

狼と言っても、ただの狼ではない。体は牛よりも大きく、牙の一本一本が成人男性の指ほどもある。爪も同様だ。

灰がかった黒の体毛は、雪の降り積もるこの地に相応しく、非常に長い。そして、一本一本が太い。

一頭しかいないというのは、群れで行動する狼らしくない。大きな体躯に似合わず、動きが速い。その低く禍々しい咆哮は、聞いた者に恐怖を抱かせるに充分なものだ。

やはり、ただの狼ではない。敢えて言うなら、そう……モンスター、とでも言おうか。

その禍々しいモンスターと対峙する、人影が二つ。一人は、細い体に銀の鎧、若草色のマントを纏った、女騎士。暗い森の中でも目に付く、美しく長い金髪を首の後ろで結っている。美しい顔立ちをしているが、その顔付きは険しく近寄り難い雰囲気を持っている。

もう一人は、痩身に真紅のマントを纏った男。赤茶色の短髪に、穏やかそうな顔立ちをしているが、今は彼も険しい目付きをしている。

モンスターが跳躍し、女騎士へと襲い掛かる。その牙を女騎士が剣で受け止めると、ガキン、という鈍い音がした。その背後で、男が右手を宙へと掲げ、朗々と言葉を紡ぐ。

「創造主の腕(かいな)、破壊の掌(てのひら)、目に見えぬその指、炎を纏い、我が敵を抱(いだ)き焼き尽くせ!」

紡ぎ終ると同時に、突如としてモンスターが赤い炎に包まれる。苦しげに呻くその声を聞きながら、女剣士は一旦距離を取り、そして再び剣を構えてモンスターへと攻撃を仕掛ける。

しかし、モンスターは呻きながらもその剣を跳び躱し、地に降り立つと大きく身震いをして己を焼く炎を振り払った。そして、躱された事でバランスを崩した女剣士に向かって再び襲い掛かろうとする。

男が、慌てて新たな言葉を紡いだ。

「創造主の御髪(みぐし)、流れる黒、冷ややかに絡み、息の根を止めよ!」

紡ぎ終わるのを待っていたかのように、細い糸のような水がそこかしこから噴き出し、モンスターに絡み付く。モンスターの動きが一瞬止まった隙に、男は女剣士の腕を強く引き寄せ、モンスターから引き剥がした。

しかし、引き寄せた勢いが余り、女剣士と男の位置が逆転してしまう。うっかり前衛に出てしまった男の鼻先でモンスターが水の戒めを引き千切り、男目掛けて地面を蹴る。

「殿下、お下がりください!」

叫び、今度は女剣士が男の腕を引いた。またも立場が入れ替わり、女剣士が剣を突き出す。男目掛けて一直線に跳んでいたモンスターは、今度は躱しきれず、女剣士の剣をまともにその口に受けた。切っ先が、上顎を貫く。

「殿下、今です!」

女剣士が叫び、男は頷くと三度言葉を紡いだ。

「創造主の御声、激しき吐息、敵を斬り裂き、鎮魂歌を歌え!」

身を切るような冷たい風が吹き荒れた。風は男や女剣士の髪やマントを煽りながら、モンスターに向かってぶつかっていく。そして、その身を文字通り斬り裂いた。息絶えた肉片が地に落ち、ボタリボタリと嫌な音がする。

それを掻き消すように、風が最後のひと吹きをした。風は木々の間を駆け抜け、さわさわと優しい音を立てる。

場にそぐわぬ音を耳にしながら、男と女剣士はホッと息を吐いた。





# # #





「殿下、お怪我は……?」

敵が動かなくなったと確認できた途端、エルナが心配そうな顔で僕の方を振り向いた。王族を護る騎士だった彼女にとって、一番気になるのはやっぱりそこらしい。気にするべきところは、もっと他にあるのに。

「僕は大丈夫。それよりも、エルナこそ傷だらけじゃないか。ほら、装備を外して、腕を出して」

「……申し訳ありません……」

謝る事じゃないのに。少しもやっとしながら、僕はエルナの硬い腕を取る。

……そう、彼女は騎士として、日々鍛錬を怠らない。当然、その体には女性らしい柔らかさは無く、たくましい筋肉を纏っている。細身だから、遠くから見れば男性にとって理想的な美人なんだけどね。近付いてその肉体を見た男は大抵、尻尾を巻いて逃げてしまう。

装備を外して露わになった、日に焼けた腕。そこに、痛ましい裂傷ができていた。多分、装備の隙間にたまたま攻撃が当たっちゃったんだろうな。傷に触れないように腕を軽く撫でて、僕は治癒の言葉を紡ぐ。

「創造主の抱擁、優しきぬくもり、痛みを包み、苦しみを除け!」

白い光が、エルナの腕を包み込む。光は傷を舐め、そして消していく。光が消えた時には、もうすっかり、彼女の腕は綺麗になっていた。

「これで、良し。けど、流石に僕も疲れちゃったから、しばらく魔法は使えないよ。戦わなくて済むように、まずは安全に休憩できる場所を探そう?」

そう言うと、エルナはしょげた様子で「はい」と頷いた。それから、ハッと顔を強張らせる。

「殿下、その……足……」

あぁ、バレちゃったか。さっきの戦闘で、ちょっと捻っちゃったんだよね。彼女から見たら、立ち方が変だったのかな?

「すぐに気付く事ができず、申し訳ありません……! 私の治療などしなければ、殿下が痛みに耐える必要などありませんでしたのに……」

「そういう事を言うものじゃないよ」

苦笑いをしながら、僕はエルナの額を小突く。しょんぼりし続ける彼女に、僕は笑って見せた。

「申し訳ないと思うなら、笑って見せて? エルナの笑顔が、僕にとっては一番の薬なんだから」

そう言うと、彼女は顔を赤くして俯いた。こういう表情、本当に可愛いと思うんだ。鍛え上げられた体だけを見て逃げ出すの、本当に勿体無いよ。もっとも、僕にとってはその方が都合が良いんだけどさ。

「と、とりあえず、治療ができるようになるまで、固定した方が良いでしょう。殿下、ちょっとそこの木の株に腰掛けて頂けますか?」

言いながら若草色のマントを裂きだす彼女に、僕は「あのさ……」と少しだけ不機嫌な表情を作った。

「その、殿下、っていうの……そろそろやめない? 僕はもう王子じゃないんだからさ。名前で呼んでよ。敬語も無しで」

そう言うと、エルナは困ったような顔をしながらも、頬を赤く染めた。うん、やっぱり可愛い。

可愛いエルナを困らせるのはやめよう。これから少しずつ、慣れてくれれば良いんだから。

そう、気持ちを切り替えて。僕は、僕の騎士であり、僕だけの姫たる、駆け落ち相手に笑いかけた。













(了)













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