未来から来た魔女











13












静まり返った空気を破ったのは、ガラガラガラッというガレキの崩れる音だった。続いて、ガレキの下からすり傷をあちらこちらにこしらえたセロが顔を出す。

「……助かった。サンキュー、イヴ」

「もう……だから言ったじゃない。無茶とかしないでよ、って……」

怒っている口調とは裏腹に、泣きそうな顔をしているイヴがセロに駆け寄った。レクスはその様を呆然と見つめ、それから首を巡らせる。

「スフェラ……スフェラは!?」

「……」

おろおろと戸惑うレクスの姿を、セロが妙に静かな目でみつめている。その背後で、ガラッというガレキの崩れる音がした。

「スフェラ!?」

音に反応して、レクスがセロの背後を見る。そこには、汚れてはいるが傷一つ負っていないスフェラと、微かにバチバチという音を発しながらも、しっかりと立っているリッターの姿がある。

「スフェラさん! リッターさんも……」

「無事だったんだな……良かった……」

イヴとレクスが、同時に胸を撫で下ろす。だが、スフェラもリッターも、難しい顔をしたままだ。

それだけではない。セロもまた、レクスとスフェラを交互に見ながら、難しい顔で黙り込んでいる。

「……セロ?」

幼馴染の様子に不安を感じたのか、イヴがおずおずと名前を呼ぶ。すると、それが合図であったかのようにセロが声を発した。

「……おい」

「ム……?」

自らに不意にかけられた声に、レクスはうなるように振り向いた。

その目に見えたのは、先ほどまで自分の作ったロボットと戦っていた少年。その顔は無表情なのに、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。

「もう……やめにしねぇか?」

「……何?」

セロの言う意味が、一瞬、レクスには理解できなかった。そんなレクスに構う事無く、セロは淡々と言葉を続ける。

「元はと言えば、お前がこの時代へ来ようとか、この世界を滅ぼそうとか……そんな事を考えなきゃ、こんな風に俺達が戦う事も無かっただろうが。それが戦ったから、こうしてスフェラが危ねぇ目にあって……」

そこで、セロは感情を抑えきれなくなったらしい。一旦言葉を切り、大きく息を吸い、レクスをにらみ付けて……そして。

「自分のせいで娘が危ねぇ目に遭ってんのに……お前が鉄人形をけしかけてこなけりゃ、俺達はお前と戦う理由なんか無ぇってのに。……なぁ、これ以上俺達が戦う必要があるのかよ!?」

セロの言葉に、レクスは思わず目をそらした。セロが言わんとする事はわかる。だが……。

「うっ……うるさい! お前に何がわかる!?」

緒が切れたように、レクスは怒鳴った。その剣幕に、イヴが思わず後ずさる。だが、レクスにはそんな事を気にかけている余裕は無い。

「どれだけ優れた発明をしても、金が無いためにサビドゥリア鉱石をろくに手に入れる事ができず、うまい汁は全て金持ちに吸われ……早くに母を亡くした娘に苦労をかけて……科学者として、父親として……それがどれほどむなしい事か、お前にわかるのか!?」

「わかるわけねぇだろ!」

洪水のようにあふれ出ていたレクスの言葉をせき止めるような……大きく、そして鋭いセロの声が響く。

レクスの言葉は止まり、イヴは息をのみ……辺りは一瞬で静まり返った。

「わかるわけねぇだろ……。スフェラの気持ちも、俺達の事も無視した、お前の勝手な被害者意識なんか、知りたくもねぇっ!」

セロの言葉に、レクスの顔の色がみるみるうちに変わっていく。怒りと、狂気を表す赤色に。

「何とでも言うが良い! 私は……この地で、この時代で、サビドゥリア鉱石を独占し、障害となり得る魔法使いを殲滅して……スフェラを……スフェラを、幸せにしてやるんだっ!!」

叫び、レクスはあの、黒く光沢のある板に手を伸ばした。この上でレクスが指を滑らせれば、きっとまた、あの巨大な鉄人形は動き出す。イヴの顔が強張り、セロは舌打ちをしながら剣を構える。

そして、あの巨大な鉄人形――D‐08C号はセロ達に襲い掛かる……はずだった。

「父さん、もうやめて!」

スフェラが叫び、レクスの思考が一時停止する。

「……スフェラ?」

「スフェラさん……?」

レクスがやっとの思いで声をしぼり出し、セロとイヴはこれまで聞く事の無かったスフェラの悲痛な叫び声に呆然とする。

スフェラはレクスの眼前まで進み出て、その両肩に手を置いた。そして、涙でぬれた顔でレクスの顔を見上げる。

「……父さん。私は別に、今までの生活が不幸だなんて思った事は無いわ。母さんが死んでしまったのはさびしかったけど、それで苦労をしたとは思ってない。……お金持ちでなくても、楽ができなくても良い。父さんがいて、リッターがいて……それで今まで通りの生活ができれば、それで良いの。私は、それで幸せよ。幸せだったのよ?」

「スフェラ……」

かける言葉が見付からず、セロはただ、名を呼ぶ事しかできずにいる。

そして、視線をそのままレクスへと移した。レクスの目はぼんやりとスフェラを見つめている。そして、呆然と口を開いていた。

「スフェラ……そんな……それじゃあ、私は一体何のために?」

何のために時を超え、魔法使いを――人々を傷付けてきた?

レクスはふらりと、スフェラから距離を取った。その様子に、スフェラはいぶかしげに眉を寄せる。

「……父さん?」

名を呼んでも、呆然としているレクスの耳には届かない。スフェラの声も聞こえぬまま、レクスはブツブツとつぶやき始めた。

「私だって……私だって、魔法使い達を傷付けたかったわけじゃない……。私はただ、スフェラを幸せにしたくて……そのためなら、何でもしようと心に決めて……こうすれば、幸せにできると言われて……」

「? 言われて?」

レクスのつぶやきに引っ掛かりを覚え、セロはすい、とレクスの前に歩み出た。泥とほこりだらけの手でレクスの両腕をつかみ、強く一回ゆする。

その震動にレクスがハッとしたところで、間髪入れずに声をかけた。

「言われて、って言ったか? 今……」

「どういう事、父さん? 一体誰に……」

セロとスフェラの二人に問われ、レクスは目を泳がせた。そして、しばらく言うのをためらった後、おずおずと口を開く。

「……それは……」

レクスが言いかけたその瞬間、ズドン、という鈍い音がした。それと同時に、レクスが「うぐっ……」とうめき声をあげ、そのままどさりと倒れてしまう。

「……父さん? 父さん!?」

慌ててスフェラが近寄り、レクスの肩をゆする。その手に真っ赤な血がべったりと付着しているのを見て、セロは血相を変えてイヴに視線を投げた。

「……っ! イヴ!」

「!」

セロの呼び掛けに、イヴがハッと我に返る。そしてレクスに駆け寄ると、血が噴き出しているらしい腹部に手をかざした。

「聖なる光よ、彼の者を癒せ! ホーリーフィジシャン!」

緊迫感漂う詠唱と共にイヴのレクスの腹部が白い光に包まれる。やがて光が消え、血が噴き出なくなると、レクスはうっすらと目を開けた。

「……う……す、スフェラ……?」

弱々しいながらも聞こえてくるその声に、スフェラはホッと胸を撫で下ろした。

「父さん……!」

心底、安心したのだろう。スフェラの目には、先ほどとは違う、安堵の涙が光っている。その様子に、セロとイヴもホッと安堵の息を吐いた。

「良かった……間に合ったみたい」

「けど、今の……一体何が……?」

レクスは後から攻撃されたように見えた。だが、例えば剣でレクスを刺した者の姿を、セロは見ていない。矢が見当たらないから、射られたわけでもなさそうだ。

ならば、魔法か? ……だが、魔法使いの姿は辺りに見当たらない。

では、レクスが未来から持ってきた機械や、鉄人形の仕業か? ……それも違うだろう。スフェラの武器やリッターの光線など、今までの様子を見る限り、未来の攻撃手段というのはとかく派手な音がする。レクスが倒れるまで、本当にそれらしき音は聞こえなかった。

辺りを慎重に見渡すセロの耳に、どこからともなく声が届く。

「ふふふ……命を永らえたか。無駄な事を。どうせまた、すぐに散る事になるであろうに……」

「!? 誰だっ!?」

がばりと振り向き、そしてまた辺りを見渡すが、人影は無い。しかし、それでも洞くつの中で響くような不気味な女の声は聞こえてくる。

「誰だとは、ご挨拶だな。わらわを蘇らせぬために、細々と血をつないできた魔法使いの言葉とは思えぬ」

「……何?」

「その声……ヘラか!」

言われた言葉の意味がわからず不思議そうな顔をするセロの後で、レクスが苦しげに叫んだ。イヴの魔法で傷はほぼ治っているが、それでもまだ顔色が悪い。しかし、今はそれを気にしている場合ではない。

「……ヘラ……?」








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