未来から来た魔女

















ガション、ガション、ガション……という無機質な音が、初夏の林に響き渡る。両手両足の指だけでは数えきれない鉄人形が行進し、一か所に集まっていく。

鉄人形達が向かう先には、一組の男女。女は二十歳かそこら。首から、薄汚れたリングに鎖を通しただけの、シンプルなペンダントをぶら下げている。男の方は、さらに五つほど年上に見える。どちらも、整った顔立ちをしている。

「困ったわね……すっかり囲まれたわ」

困ったと言いながら、それほど困った顔をしていない女を庇うように、男が一歩前に進み出た。

「危険です。スフェラ様、お下がりください」

すると、女――スフェラは苦笑しながら腰のポーチに手を突っ込んだ。

「囲まれたって言ったでしょ? 下がりたくても下がれないわよ」

ポーチから引き抜いたスフェラの右手には、小型の銃が一丁握られている。それを正眼に構え、三発、続け様に撃った。スフェラの銃が銃声を放つ度に、一体の鉄人形が足の関節を破壊され、崩れ落ちていく。

「一度に一体や二体なら何とかなるわ。リッターはできるだけ数を減らしてちょうだい」

「かしこまりました」

うなずくと、リッターと呼ばれた男はある一点を凝視し始めた。その一点とは、他よりも多くの鉄人形達が集まっている場所だ。どこからか、ピピピ……という音が聞こえてくる。

スフェラが四発目の銃声を轟かせたのと同時に、目を疑うような出来事がリッターに起きた。右手の人差し指、そして中指の第二関節が外れ、そこが白く光り始める。

「エネルギー、充填完了。目標を殲滅します。レディ……ファイア」

リッターがつぶやくと、それが合図であったかのように二本の指から白く輝く光線が発射された。光線が当たった鉄人形達は一瞬で破壊され、残骸が地面に転がっていく。

暫くの間、スフェラが銃を撃ち、リッターが光線を放つという状況が続いた。だが、それでも鉄人形達は中々減らない。

「……っ! 数が、多過ぎる!」

銃に新たな弾を詰め込みながら、スフェラは愚痴るように言った。焦りがあったのだろうか。手から、弾がいくつかこぼれ落ちた。

「……あっ……」

慌てて、落ちた弾を拾おうとかがみ込む。その余計な動きが、鉄人形達に反撃のチャンスを与えてしまった。

今までよりも前進してきた鉄人形達が、スフェラとリッターの眼前に迫る。

まずい、と、スフェラは思った。リッターも同様なのだろう。彼の目が、いつもよりも見開かれている。

鋭い叫び声が聞こえてきたのは、まさにその瞬間だ。

「紫電に焼かれて黄泉へと沈め! サンダーボルトジャベリン!!」

叫び声から一瞬だけ間が空き、耳をつんざくような激しい落雷音と鋭い閃光が、スフェラ達の眼前に突き刺さった。

「!?」

空は、きれいに晴れ渡っている。なぜ突然目の前に雷が落ちてきたのか理解できず、スフェラとリッターは目をぱちくりとさせた。

すると、先ほどと同じ声が聞こえてくる。

「大丈夫か!?」

言いながら、一人の少年――セロが駆け寄ってきた。セロは、目をぱちくりとさせているスフェラ達に、もう一度「大丈夫か?」と声をかける。

「え? えぇ……」

うなずき、スフェラはセロの顔を見た。初めてスフェラの顔を正面から見たセロは、「おっ」と少しだけ嬉しそうに顔をほころばせる。

「かなり美人じゃん。ちょっとラッキー……」

ガシャン、という音が聞こえ、セロの言葉は中断された。それに対して特に怒るわけでもなく、セロは腰から武骨な鉄剣を抜き放つ。

「……って、んな事言ってる場合じゃねぇか」

言うやいなや、セロは地を蹴り、剣を振りかざして、一体の鉄人形に突進していく。

「てりゃあっ!」

気合いの入った叫び声と共に、セロは剣を振り下ろす。だが、鉄人形は腕を前に出し、ためらう事無くセロの剣を受け止めた。ガキン、という鈍い金属音が聞こえた。

「っつーっ……。っやっぱり硬ぇ……!」

しびれたらしい左手をヒラヒラと振りながら、セロは後に跳び、鉄人形との距離を取った。

「……さて、カッコ付けて出てきたは良いけど……これからどうするかな……」

思案顔でつぶやき、セロは再び左手を剣に添えた。しびれは大分消えている。

「関節を狙いなさい! 胴体よりはもろいわよ!」

「……えっ……?」

突如飛んできたスフェラの言葉に、セロは一瞬思考を停止させた。そんなセロに、スフェラは一喝するように叫ぶ。

「ボーッとしないで! くるわよ!」

「ゲッ……うわっ!?」

いつの間にか目の前に迫ってきていた鉄人形が、両腕を振り上げる。

それをセロは、さらに後へ跳ぶ事でギリギリ避けた。今までセロがいた場所には鉄人形の両腕がめり込み、地面をえぐっている。

「……っと! くそっ!」

体勢を立て直し、セロは再び前に踏み出した。剣を振り上げ、スフェラに言われた通り、鉄人形の関節部分を狙う。

刃は鉄人形の腕関節を捉え、そして食いこむ。バキッという音が聞こえ、続いてガシャン、という音も聞こえた。

見れば、セロの眼前に立つ鉄人形は片腕を無くし、地面には鉄人形の腕が一本落ちている。

「鉄人形の腕が切れた! けど、腕が切れたぐらいじゃ……」

「奴らは馬鹿力以外に芸を持たない雑兵です。手足さえ切り落としてしまえば、何ら害はありません」

いつの間にか横に立っていたリッターの顔を、セロは思わず見た。整った横顔に先ほどのような表情は見られず、ただ冷静に現在の状況をみつめているように見える。

「……こいつらの事、知ってるのか? お前達は一体……」

「話は、後ほど」

強い語調でセロの言葉を一旦遮り、リッターはセロの顔を見た。そして、表情一つ変えずに言う。

「……援護致します。先ほどの、雷属性の魔法、もう一度お願い致します」

「わ、わかった!」

気圧され、うなずきながらセロは再び顔を鉄人形達に向けた。先ほどの魔法でかなりの数を減らしたとは言え、まだまだ少なくない数がいる。

セロは剣を鉄人形達に向かって突き付けると、深く息を吐き、そして大きく吸った。その横では、リッターがセロのみつめる先のほんの少しだけ横を凝視している。

一体の鉄人形が、セロが目視で定めた境界線を越えた。それを合図に、セロとリッターが同時に声を発する。

「紫電に焼かれて黄泉へと沈め! サンダーボルトジャベリン!!」

「エネルギー充填完了。目標を完全に殲滅します。レディ……ファイア!」

激しい稲妻が鉄人形達を焼き、リッターの放つ光線が鉄人形達を穿つ。雷鳴と爆発音が轟き、それが収まった時には辺りから鉄人形達は一体残らず消えていた。

「……片付いたか?」

「はい」

うなずき、リッターが再びセロの顔を見た。相変わらず、表情の乏しい顔だ。

「……加勢して頂いた事、感謝致します」

「気にすんな」

剣を鞘に納め、手をヒラヒラと振りながらセロは言う。そして、「それよりも……」といぶかしげな顔をしながらつぶやいた。





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