瞬きの邂逅












 最初にそれが声をかけてきたのは、小五の時。この家に引っ越してきて、最初の夏を迎えた頃。

 部屋でゲームをしていたら、蛍光灯がちかちかと点滅し始めた。

「……何だよ、良いところなのに」

 そう呟いて、リビングに向かおうとしたんだったと思う。小五の僕じゃ、一人で蛍光灯を換えるには身長が足りなかったから。

 セーブして、折り畳みになっているゲーム機の蓋を一旦閉じた時、背後から声が聞こえた。

「あれっ。やめちゃうの?」

 その声に、僕は思わず振り向いた。するとそこには、いつの間に入ってきたのか、僕と同じぐらいの年頃の男の子がいて、閉じられたゲーム機を残念そうに見詰めていた。

「えっ……」

 誰? と訊く事もできなかった。それほどに唐突で、驚いて。ただ、何故か怖いという感情は湧かなかった気がする。相手が子どもだったからだろうか。

「俺が誰なのかとか、そんな事どうだって良いじゃん。それよりもさ、さっきのゲーム! 面白そうだし、早く続きをやって見せてよ! ね!」

 そう言う彼の目がキラキラと輝いていたから、思わず僕は頷いて、ちかちかと点滅する蛍光灯の下、そのままゲームの続きを始めてしまったんだ。

 その後、結局蛍光灯が切れて、部屋の中が真っ暗になってしまって。仕方が無いから親を呼びに行って蛍光灯を交換して貰ったら、部屋の中から彼の姿は消えていた。

 僕は彼の事を、何となく親に言いそびれたままにした。





  ◆





 次に彼と会ったのは、僕が中学生になって最初の夏休みの時。夏休みの宿題を前に唸っていたら、蛍光灯が点滅し始めた。

 蛍光灯を交換するような作業でも、勉強の気分転換にはなるか。そう思って立ち上がった時、その声は聞こえた。

「うわぁ、中学生ってこんな難しい事習うんだー」

 二年ぶりぐらいに聞いたその声に、僕は目を丸くして振り向いた。

 彼は二年前から全く姿が変わる事なく、物珍しそうな顔で僕のノートを覗き込んでいる。

「……やっぱり君、幽霊?」

 絞り出すように訊いてみると、彼は「どうだって良いじゃん」と言って、ニッと楽しそうに笑った。

「そんな事よりもさ、このかけ算、何コレ? マイナス三、かける、マイナス八って、どういう事? 答え、どうなるの?」

「あ、えぇっとね……」

 つい流されて、答えを教えた。すると彼は「すっげぇ!」と目を輝かせて、「じゃあこれは?」「こっちの問題は?」と次々に問題を指差してくる。

 それに答えているうちに、蛍光灯が切れて辺りは真っ暗になった。

 物置から新しい蛍光灯を持ってきて交換して。明るくなった時、彼の姿はまた、消えていた。

 結局、この時も彼が何なのか、聞きそびれてしまった。





  ◆





 高校一年生の秋頃、三年ぶりに蛍光灯が点滅し始めた。

 僕は、来たな、と思って後ろを振り向く。案の定、彼がいた。

「うわ、びっくりしたー。急に振り向くなよー」

「そっちはいつも急に声をかけてくるんだから、お相子でしょ」

 僕がそう言うと、彼は「あ、そっか」と言って頭を掻いた。今なら、訊ける。そんな気がした。

「で、結局君は何なわけ?」

「幽霊だけど?」

 ストレートにも程がある。

「……いや、ね。幽霊なのは何となくわかるんだけど、何でここにいるのか、とか。何で蛍光灯が点滅した時だけ出てくるのか、とか」

 訊いてみると、彼は「えー?」とおかしな物を見たような顔をした。

「何でって、ここ、昔は俺の家だったもん。俺が病気で早く死んじゃってさぁ。お母さんが、この家にいるのが辛いからって、お父さんと一緒に引っ越して行っちゃったんだよね」

 思ったよりもヘビーな理由だったのに、彼があっけらかんとしているからか、あまり空気は重くない。

 でも、そうか。彼はもう死んでいて、でも彼の居場所はここで。だから家族が引っ越してしまっても、彼はついていく事ができなかったんだ。

「で、蛍光灯が点滅した時だけ出てくるって言うけどさ。俺、いつもここにいるよ? ただ、そっちが俺の事を見れるのは、蛍光灯が点滅してる時だけみたい」

「そうなの? 何で?」

 訊くと、彼は「うーん」と少しだけ唸った。難しそうな顔をしている。

「よくわかんないんだけどさー。俺って死んでて幽霊なのに、あの世にいなくてなんかハンパな感じじゃん? そういうのってさ、同じようにハンパな時には、見えたりするんじゃないの?」

 なるほど。蛍光灯が点滅していて、部屋が明るいのか暗いのかわからない、半端な状態。死んでるけど現世に留まっている彼だから、そういうどっちつかずな状態の場なら馴染むのかもしれない。

「ただ、今度蛍光灯が切れたら、次に会えるのはずっと先になるかなー。五年か、十年か。もっと先かも」

「……え、何で?」

 目を丸くした僕に、彼は言った。

「あ、まだ知らないんだ? この家の蛍光灯、LEDに変えるみたいだよ? 昼間に工事の相談してたの、聞こえたからさ。LEDって、今までの蛍光灯よりもずっと長もちするんでしょ?」

 知らなかった。たしかに、LEDは従来の蛍光灯よりも長持ちするらしい。今までの蛍光灯でも三年ぐらいはもってたわけだし、LEDに変われば更に長もちするだろう。

 つまり、それだけ長く、彼に会えなくなるというわけで……。

「それって……君、寂しいんじゃ……」

 思わず、そう言ってしまった。だって、死んでしまって、家族もどこかへ引っ越してしまって。唯一数年に一度話せていた僕と話せる時間も減るとなったら……。

 他の部屋でも蛍光灯が切れそうになった事は何度もあるのに、彼は僕の部屋にしか出てこなかった。それってつまり、最初は歳が近かった僕と話したかったって事なんじゃ……。

 それだけの想いを伝える事ができず。けど、僕の表情からそれを読み取ったのか。彼は、いつもみたいに、ニッと笑った。

「さぁ? どうだって良いじゃん!」

 彼がそう言った時、蛍光灯が切れて、辺り一面真っ暗になった。

 新しい蛍光灯を持ってきて、交換した時。彼の姿はやっぱり、消えていた。





  ◆





 それから、更に二年と数ヶ月。大学生になった僕は、親元を離れて一人暮らしをする事になった。

 僕が住むアパートは綺麗だけど新しくはなくて、備え付けのエアコンやコンロは下手したら実家よりも古い型かもしれない。照明は、勿論LEDではない。

 その照明が、僕が入居して数日でちかちかと点滅し始めた。前の居住者が使った物をそのままにしてあるのだから、数日で切れるのもまぁ、仕方が無い。

 あぁ、ここが実家だったら、彼が出てくるのにな。そう考えながら、念のために買ってきておいた予備の蛍光灯を探していた時だ。

「あっ、調味料とか結構揃ってる。自分で料理するなんて偉いじゃん」

 その声に、僕は驚いて振り向いた。

「なんで……」

 その言葉を、何とか絞り出す。

 もう歳も近くないのに、僕についてきたの? あの家から出る事ができたの?

「……なんで……?」

 もう一度呟いた僕に、彼はニッと笑って言った。

「さぁ? どうだって良いじゃん!」










(了)











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