僕と私の魔王生活
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「おい、来たぞ! お嬢と同じ、人間だ! 五人で歩いてくるぞ! 剣やら杖やら持ってるし、間違い無ぇ!」
斥候に出ていたクロが、叫びながら戻ってきた。クロは空中で円を描くように飛んでから高度を下げ、バルコニーに出ていたメトゥスの腕に留まる。
「お疲れ様です、クロ。……あと、どれぐらいで来そうですか?」
「人間の足なら、一時間ってところだな。戦力の程はわからねぇ。ただ、奴らが辿ってきたらしい道には、森に棲む猛獣達がゴロゴロ転がってた。人間の連中が無傷で歩いてくる事を考えると、少なくとも、猛獣達をあっさりと仕留められる程度の戦力は備えてるってぇワケだ」
クロの報告に、メトゥスがごくりと生唾を飲む。その横では、優音が憮然としている。
「娘っ子とかお嬢とか、そういう歳に合わない呼び方はやめてって何日か前に言ったと思うんだけど……」
「ったって、お嬢、メトゥスと同い年なんだろう? メトゥスは俺から見たら、ガキの頃から面倒を見てきた坊ちゃんと同じ。なら、同い年のお嬢も、お嬢で問題無ぇはずだ」
どういう理屈だろうか。
クロの言い分が腑に落ちず、眉間に皺を寄せている優音に、メトゥスはそわそわとした様子で言う。
「……というか、優音。避難しないんですか? 戦えない魔族は、もうみんな避難しましたよ? 人間の勇者の狙いはこの城にいる僕なんですから、ここにいるのは危険なんですが……」
「この城で、私がそれなりにコミュニケーションを取った事があるのは、メトゥスとクロだけ。攻め込んでくるのは人間で、私も人間。……他の魔族と一緒に避難するのと、この城に残るの。どっちの方が危険かしらね?」
「う……」
メトゥスが、言葉に詰まった。そこに、駄目押しのように言葉を重ねる。
「それに私は人間だから……本当に危なくなったら、魔王に連れてこられてしまった人間のフリでもしてやり過ごすわ」
「……それ、本当にできるんですか? 人間の世界で心が死にかけて、だから元の世界には戻りたくないって言ってた人が……。ユーネの言うその連れてこられたフリをした場合、そのまま連れ戻される可能性が高いと思うんですが……」
「……」
黙り込んだ優音に、メトゥスも黙り込む。
説得のために言ったつもりだったが、たしかにメトゥスの言う通り。魔王に連れてこられた人間のフリをすれば、人間の世界に連れ戻されかねない。
優音としては、それだけは避けたい。彼女が心を死なせる事無く生きるためには、人間の世界に戻るわけにはいかない。そして、メトゥスから離れるわけにはいかない。
「……正直に言いますと」
ぽつりと、メトゥスは呟いた。
「ユーネには、僕の目が届くところにいて欲しい、という気持ちがあります。……なんでかは、自分でもわからないんですけど」
顔がほんのりと赤いので、恋と思っているフシがありそうだ。だが、恐らく違うだろうな、と優音は思う。優音がメトゥスから離れるわけにはいかないと思っているのと同じ理由で、目が届く場所にいて欲しいと思っているのだろう。それを言ったところで何がどうなるわけでもないどころか、下手を打てば余計な混乱を招いてしまうので、言いはしないのだけれども。
「ただ、さっきも言った通り、勇者の狙いは僕です。僕の目が届く場所となると、必然的に危険が増します。知っての通り、僕は最弱の魔王で、剣技に優れているとも言い難い。何かあった時、僕では守ってあげられないんです……。ユーネには、……他の臣下や魔族達にも言えますけど、絶対に死んでほしくないのに、僕では守る事すら覚束ない……」
だから、避難してくれないのであれば、せめて見付からない場所に隠れていて欲しい。目が届く場所にいて欲しい気持ちもあるし、無理矢理避難させる事はしない。それが精一杯の譲歩だと、顔を暗くしながらメトゥスは言った。
そこまで言われて、更に言い募る事はできない。優音は渋々頷き、物陰に隠れている事を承諾する。
それにメトゥスがホッとした表情をした時、クロが一声、カァーッと鋭く鳴いた。いつの間にかメトゥスの腕を離れていたクロが、上空を旋回している。
その声に、メトゥスと優音は揃ってハッとクロを見る。クロはもう一声カァーッと鳴くと、いつも以上に険のある声で、言った。
「来たぞ! 勇者達が来た! 戦う準備をしろ! 急げ!」
クロの声が、警報のように辺りに響き渡る。城に残っていた魔族達は、手に手に武器を持ち、バタバタと配置に着き始めた。中には、「遂に戦える!」と喜んでいる者も少なくない。
その様子をメトゥスと優音は、ただジッと見詰めていた。
メトゥスは緊張した表情で。
優音は、盤上遊戯で長考をする時のような、険しい表情で。
ただジッと、見詰めていた。