お母さんは変身ヒーロー!
◇8◇
随分長い間、私はリビングで智尋と睨み合っていた。一応、まだ夫婦喧嘩までは発展していない。だが、私にはいつそうなってもおかしくないように思われた。
「確かに、智尋の言う事は尤もだ。前線は危険で、いつ死ぬかわからない」
そう私が言うと、物凄い勢いで智尋が頷いた。張り子の虎かと突っ込みたくなるほどの勢いだ。
「そうだよ。それに、言っちゃ悪いけど理貴、もう二十代も折り返しだろ? もう体力も衰えていくばっかりなんだからさ、前線は無理だって!」
「本当に言っちゃ悪い事だな」
智尋の正論だがあまりな言い分に、私の声は無意識のうちに一オクターブ低くなった。それに気圧されつつも、智尋は尚も言う。
「けど、事実じゃないか……」
普段はここまで食い下がる事のない智尋の必死の姿勢に、私は少しだけ考えを変えてみた。そして、智尋に提案してみる事にする。
「確かにな……なら、こうしたらどうだ?」
「?」
首を傾げる智尋に、私は言った。
「私が今でも戦っているのは、尋貴に危険な思いをさせたくないからだ。だから、街が平和になったら特殊守護戦隊を辞める。それでどうだ?」
「どうだ、って……それじゃあ、いつ辞めれるのか……」
智尋が不満そうに顔を歪めた。それを宥めるように、私は苦笑しながら言った。
「勿論、期限は定める。そうだな……今は尋貴が保育園に行く時送り迎えができるが、小学生になると子どもだけの集団登下校になる。その前に街を平和にして、特殊守護戦隊を辞めようと思う」
そう言うと、智尋はかなり長い間考えた。そして、仕方無いと言うように頷くと、私の眼を真っ直ぐに見て言った。
「…………わかった。その代わり、街が平和になったら本当に辞めろよ? 例え敵組織が滅びた後に、戦隊が凶悪犯罪対策の特殊警備隊に姿を変えても、だ」
この発言には、正直なところかなり驚かされた。確かに、敵組織が滅びた後には特殊守護戦隊を特殊警備隊に、という話はある。そして、私にその隊長に就任しないかとの話もきている。だが、何故智尋がそれを知っているのだろう? 智尋と仲の良い美菜あたりがバラしたのだろうか?
まぁ、良い。どうせ隊長就任の話は断るつもりでいた。代わりにサポート部隊に転属させてもらうつもりではいたが。仕事を辞めるか、転属するかはもう少し考えてみよう。
「……わかった。約束だ」
そう言って、私は苦笑した。すると、智尋は年甲斐も無く右手の小指を差し出してきた。指きり拳万、という奴だ。私も右手の小指を差し出し、智尋の小指に絡ませた。それから二人で顔を見合わせ、笑い合った。
勿論、年齢の事を言われた事に関して、その後智尋を張り倒すのは忘れなかった。
# # #
「……だって」
智尋と仲の良い美菜が智尋から聞いた話を語り終わると、一同は納得したように頷いた。
「そうか……。理貴さんは、尋貴君が小学校に上がるまでにこの戦いに決着をつけるつもりでいるんですね……」
「なるほどねぇ……あ、ところで。尋貴君って、今何歳なの?」
善太郎に問われて、美菜は少しだけ思い出す仕草をした。
「うーんとね……確か、六歳」
その言葉に、一瞬美菜と理貴を除く四人の動きが止まった。
「六歳って……じゃあ、小学校に入るまであと半年も無いじゃないの!」
「あ、そう言えばそうだね」
吉野の叫びに、美菜が今気付いたと言うように言った。すると、優介と善太郎も顔を引き攣らせて言う。
「まだ敵の主力がどれだけ残っているかもわからないんですよ!? なのに、それを半年足らずで倒すつもりでいるんですか!?」
「無理じゃん、それぇっ! 無理無理! 絶対無理だよぉっ!」
すると、それを宥めるように達也が口を開いた。その顔は、心なしか楽しそうだ。
「ま、良いんじゃねぇの? 早さ母さんがそうしたいって言ってんならさ。それに、期限っていう目標があった方が気が引き締まって良いんじゃねぇ? 街を早く平和にするに越した事はないんだしさ。な?」
その言に、一同は顔を見合せて軽く笑い合った。すると、その様子に気付いた理貴が怪人と戦いつつも、一同を睨み付けて叫ぶように言った。
「おかしな呼び方をするなと、何度言ったらわかるんだ! ……と言うか、何、無駄口を叩いている! 真面目に戦え!」
「わかってるよ! よし、皆! 目標達成の為にも、気合い入れていくぞ!」
苦笑しながら達也が言い、一同は頷き合った。理貴もそれに頷き、軽く微笑んだ。
そして一同は、気合いを入れるように「おう!」と叫んだ。いつかこの叫び声の代わりに、子ども達の歓声がこの街に響き渡るように……。
(了)