アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ

ラビュリントスの街




























「良哉!」

大通りまで走り出て。そこで聡一は、足を止めた。……いや、止めたのではない。止まったのだ。

そこでは、ミノタウロスが地面に座り込み、肉を喰らっていた。クチャクチャという音が、辺りに響いている。

「良……哉?」

ミノタウロスが喰らっている、その肉の、皮膚の色に。聡一は見覚えがあった。

「良哉……」

ミノタウロスの横に、首の部分で引き千切られたと見受けられる生首が転がっている。その髪の色にも、既に生気を失った目にも、聡一は見覚えがあった。

「良哉……良哉ぁぁぁっ!」

半狂乱になって、聡一はマシンガンを連射した。大量の弾が飛び出し、肉を削り、ミノタウロスが苦しげな雄叫びをあげる。だが、それでも聡一は攻撃の手を緩めない。

「てめぇ……よくも弟を……良哉をっ!」

連射、連射、更に連射。弾は飛び出し続け、聡一の足下には空薬莢の山が築かれていく。

「グォ……ガァァァァァァッ!」

断末魔に近い、ミノタウロスの雄叫び。それに異常な興奮を覚え、聡一は叫びながら更にマシンガンの弾を撃ち込んだ。

「死ねぇっ! 化け物がっ!!」

それが、決定打となったのだろう。遂にミノタウロスは絶叫し、その場に倒れ伏した。

「……くそっ!」

肩で息をしながら悔しさと憎しみを込めて、聡一は叫んだ。その眼前で、ミノタウロスがビクリと動く。

「グ……グォォ……」

そのうめき声に、聡一は舌打ちをした。そして、マシンガンを構え直す。

「まだ生きてやがったか、この……」

その先の言葉は、口から出る事が無かった。その前に、ミノタウロスが再び口を開けたからだ。

「グ……オァオ……ソー、イチ……リョウ、ヤ……」

「……え?」

一瞬、憎しみも何もかもを忘れた。唖然とする聡一の前でミノタウロスは更に呻き、もがき。そしてやがて、息絶える。

その様子を見ても、聡一には達成感も喪失感も無い。それ以上の感情が、頭の中を占拠している。

「今……え? 何で……? 何でこいつが、俺達の名前を……?」

呆然と、呟く。思考が上手く働かない。たくさんの言葉が次から次へと、胸中に湧いては消え、湧いては消えていく。

「何だ? 何が起こったんだ? どうしてこうなったんだ? どうして良哉が死んだ? どうしてミノタウロスが俺達の名前を知っているんだ? どうして……どうして……どうして……どうして……」

聡一の体に、変化が現れ始めた。一つ呟くごとに、体は大きくなり、爪や歯は鋭くなり、顔が毛深くなっていく。体の巨大化に耐え切れずに服は破れ、それまでの聡一からは想像もできない逞しい体が露出する。

「どうして……どうして!? 身体が……変わっていく!? どうして!? ア……ア……グアァァッ!」

叫び。そして、その余韻が消えた時。聡一の全身は、人間のそれではなくなっていた。その姿は、どう見ても先ほど息絶えたこの街の化け物、ミノタウロスそのもので。

「どうしてって……この街が、変わらない街だからですよ。ちゃんとヒントをあげたでしょう?」

どこに隠れていたのか。スレッドが姿を現し、微笑みを顔に浮かべて淡々と言う。それを、聡一は睨み付けた。

「スレッド! これは一体、どういう事だ!?」

ミノタウロスと化した聡一の叫びにも、スレッドは怖じる様子が無い。どこか慣れている様子すらある。

「ミノタウロスは私と同じく、この街の一部。そしてこの街は、変わらない街。変わらないから、私は死ぬという事が無い。なのに、ミノタウロスは倒す事ができる。……この話、矛盾があると思いませんか? 矛盾を解消できるとしたら、その方法はただ一つ。ミノタウロスが死ねば、新しいミノタウロスが生まれる。これなら、この街からミノタウロスが消える事はありません」

「何……だと?」

唖然とする聡一に、スレッドはにっこりと笑って見せた。とても朗らかな、吐き気や寒気を覚えそうな程の笑みだ。

「この街ではね、ミノタウロスを倒すと、倒した者が新たなミノタウロスになるようになっているんですよ。まぁ、聞かれなかったのでお教えしなかったのですが。そして聡一さん、あなたはミノタウロスを見事倒してしまった。そのため、あなたが新しいミノタウロスとなってしまったんですよ」

スレッドの言葉に、聡一は愕然とした。膝を折り、体をわななかせる。

「そんな……そんな馬鹿な事が……じゃあ、街を出るための糸はどこに……」

「糸? 最初から目の前にあるじゃないですか」

楽しそうに言うスレッドに、聡一は首を巡らせた。顔が人間のままであれば、眉をひそめたような顔をしていたかもしれない。

「私の名は、スレッド。スレッドとは、糸の事。つまり、私に聞けば良かったんです。帰り道を教えて欲しい、と」

「な……何だと……?」

あまりにも簡潔な答に、聡一は言葉を失った。そんな聡一を、スレッドは呆れたような顔で見詰めている。

「何度も申し上げたじゃないですか。私はラビュリントスの案内人だと。なのに私の話を聞かず、糸はどこかにあると思い込み、ミノタウロスを倒せば良いと言い出し、私の事を信用しなかった……。その結果が、今のあなたですよ」

「信用……」

スレッドを見ながら、聡一は呟いた。肩が、怒りで震え始める。

「信用……信用なんてできるわけがあるか! あんな……ミノタウロスと話し合ってみれば良いなんて言い出す奴を!」

「あぁ、そうそう」

天気の話でもするような気軽さで、スレッドが口を開いた。ぽん、と手を打つその姿からは、緊張感は微塵も感じられない。それどころか、非常に楽しそうだ。

「話は変わりますが、これはお話ししておいた方が良いでしょう。聡一さん、あなた方のお父様が、先ほどお亡くなりになりました。この度は、ご愁傷様です」

ぺこりと頭を下げるスレッドに、聡一は目を見開いた。口がパクパクと開閉し、言葉を探す。

「何だと? 親父が……!? 何で、お前がそんな事……」

「だって、私はこの街の案内人ですから」

スレッドは、事も無げに言う。さも当然と言わんばかりに、疑問に思っている空気を醸し出す聡一に向かい合った。

「あなた方のお父様は、滑落事故で意識を失い、ずっと生死の境をさ迷っていた……そうですね?」

「あ、あぁ。……! まさか……!」

頷き、そして聡一は全身に稲妻が走ったような衝撃を覚えた。脳裏に閃いた答が、正解であって欲しくないと、思う。

しかし、そんな聡一を見放すように、スレッドは微笑みを浮かべて頷いた。

「お察しの通り。あなた方のお父様も、この街に迷いこんでいたのですよ。そして、先ほどのあなたと同じように……ミノタウロスを倒してしまった」

「じゃあ……じゃあ、まさかアレは……!」

震える聡一の声に、スレッドはアッサリと頷いた。

「そう、先ほどあなたが倒したミノタウロス。あれは、あなたのお父様ですよ。さぞや無念だった事でしょうねぇ……自らの手で息子を殺し、自らの息子に殺されるなんて……」

正解であって欲しくないと思った答は、正解だった。その残酷な結末に、聡一の体は震え、言葉にならない声が口から漏れだす。

「な……な……ア……」

その様子をしばらく眺めてから、スレッドは微笑みを崩さぬまま、しかしどこか残念そうな顔で、言う。

「まぁ、仕方がありませんよね。あんな化け物になってしまったんですから。……おっと、失礼。それは今のあなたにも言える事でしたね」

それが、トドメだった。スレッドの言葉に、聡一の理性の糸がブツリと切れる。

「ウアァァワァァガァァォォァァァアオアォアア!!」

言葉にならぬ声を発し、喚きながら、聡一は走り出す。走って、やがて街のどこかへと姿を消してしまう。

そんな様子を眺めながら、スレッドは詰まらなそうに呟いた。

「……壊れたか。まぁ、いつもの事です。壊れた心を抱えたままこの街をさ迷い、人を襲って食らい、そして時折自我を取り戻す。前も、その前も、更にその前も……歴代のミノタウロスは、ずっとそうでした」

そこでスレッドは、はぁ、と一つため息をつく。

「本当に、この街はいつまで経っても変わらない……」

その時だ。スレッドはふと上を見上げ、臭いを嗅ぐように鼻を鳴らす。そして、少しだけ機嫌を持ち直したような声で、呟いた。

「おや……また誰かが迷い込んだようですね。生と死の狭間、この世の出口とも、あの世への入り口とも言われる、ラビュリントスの街に」

そう言ってから、スレッドは遠くに目を遣った。聡一の駆け去っていった方角を見詰めながら、言う。

「……それじゃあ、頑張って生き延びてくださいね? 聡一さん……いえ、ミノタウロスさん?」














(了)












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