駆出し陰陽師と夏に降る紅葉



















「……んで? 何でその葛籠の中身は焼け焦げてたんだって?」

「……こちらが中々お伺いできなかったので、とりあえず見よう見まねで護摩を焚いてみた結果だそうです……」

「……あのじいさん、まぁた素人判断で怪異の現場に手ぇ出したのか」

 忌々しげにため息を吐いた隆善に、季風は思わず肩をすくめた。

「あの……また、と言いますと……?」

 恐る恐る問われて、隆善は一瞬面倒そうな顔をした。……が、話しておかないと更に面倒な事になるとでも思ったのだろう。再びため息を吐き、口を開いた。

「あのじいさんな……常連なんだよ。ここの」

「常連……?」

「若い頃に蹴鞠を通じて人脈広げまくったからか、あのじいさん、無駄に顔が広くてな。おまけに、じいさん自身は色んな奴の事を慮る好人物で人徳があるもんだから、頼られやすいんだよ。しょっちゅう色んな奴が、あのじいさん通じてこっちに依頼を寄越してくるんだ」

 隆善に言わせれば、自分で依頼しに来いと言いたいところだろうが。相手は少しでも早く解決してもらいたい、自分で得体の知れないこの部署に来るのは少々怖い、という理由から、面倒見がよく多くの人脈とそこそこの権力を持つあの邸の主人に仲介を頼むらしい。

 そして、仲介をしたからにはその後の事にも責任を持たねば、と、要らぬ手助けをしようとするとの事である。例えば、こちらが忙しくて中々訪問できないとわかったら、自力で儀式の手順などを調べて、自分達で実践してみる、というように。

 だが、素人判断で、基礎すらなっていない者が自分なりに行った上辺だけの儀式で怪異が解決するかと言われると、勿論するわけがない。本物の怪異であった場合など、むしろ被害が拡大してしまう事もある。

 その結果、隆善達の仕事が増えるわけだ。しかし、邸の主人自身に悪気が無い事はどう見ても明らかで。悪気が無いどころか、こちらにできるだけ手間をかけさせないようにしよう、不安になっている知り合いが早く安心できるようにしてやろう、という善意によるものであって。被害を拡大させてしまったとわかると、即座に真摯に謝罪してきて、払わなくても良い謝礼を弾んでくれるという事もあって。

 とても邪険にする事はできない。そして、とても顔が広く人望のあるあの邸の主人を邪険にしようものなら、誰に何を言われるかわかったものではない。

 重ねて言うが、あの邸の主人自身は、様々な人の事を慮ってくれる好人物なのである。

「……な? 厄介だろ?」

「……厄介、ですね……」

 訪問前に言われた〝厄介なじいさん〟の真の意味を知り、季風は声を絞り出しながら頷いた。

「けど、だったら緊急性があっても無くても、あの方から受けた依頼は早めに片付けた方が良いのでは……」

 待たせた結果、素人判断でおかしな事をしてしまうのだから。早めに片付けて、待たせない事が一番の対応策であるように思う。

「それやると、あのじいさんに仲介してもらえば事が早く片付くって噂が立つだろうが。より面倒が増えるぞ」

 あの邸の主人を仲介しての依頼が増えれば、彼が要らぬ手助けをしてくる案件が増えるわけで。それ以前に、誰の依頼でも関係無く平等に請けるというこの部署の存在意義が揺らいでしまうわけで。

「そうなった場合、ここの創設者が何を言いだすかわかんねぇだろ。……季風、お前ならその面倒さがわかるな?」

「……はい……」

 何しろ、この部署の創設者は季風の姉なのだから。どんな文句を言ってくるか、わかったものではない。

「まぁ、不平不満はこの辺にしておくとして、だ」

 そう言って、隆善は表情を引き締めると、机の上に視線を落とした。そこには、季風が一枚だけ持ち帰ってきたもみじの葉が、紙を敷いた状態で置かれている。

「さっきも言ったが、あのじいさん、人柄は悪くねぇ。人脈こそ多いが、それを利用して主上に取って代わろうなんて気を起こすような奴じゃねぇはずなんだがな……」

「たしかに。そんな人物には見えませんでした」

 季風が頷くと、隆善も頷き返し、もみじの葉を手に取る。呪がかかっていない事は、持ち込んだ際に再度確認済みだ。

「かと言って、誰かがあのじいさんを利用してこれを仕掛けたとも考え難いな。あのじいさん、何かありゃこうして俺達のところにほいほい依頼をしてくるだろう? つまり、あそこで怪異を起こせば、京に広まる前に朝廷に話が届くってわけだ。人心を惑わす前に、対策を取られておしまいだろうな」

 それに……と言いながら、隆善は葉を光に透かして見る。

「この葉からは、主上に取って代わろうだとか、あのじいさんを利用してやろうだとか、そういう薄汚ぇ気配は微塵も感じられねぇ。どっちかってぇと、後ろ暗いところが何も無い、心地良い気配のように思えるんだがな」

 それは、あの邸でこの葉が降り落ちている光景を見た時に、季風も感じていた。あの葉が降り落ちる様子を見ていると、何故だか安心して、眠くなってくる。

 そう伝えると、隆善が葉を机に置き直し、腕を組んで唸った。

「増々、讖緯とは考え難いな。かと言って、放っておくわけにもいかねぇ、季風、お前しばらくあの邸に通え。怪異を何とかする調査をしつつ、あの邸で良くねぇ企てが進行してねぇか、できる範囲で見張っとけ。……できるな?」

 季風が緊張した面持ちで頷き、隆善は頷き返すと、再び机上のもみじ葉に視線を落とす。虫食いで形作られた文字を見て、誰に言うでもなく、呟いた。

「〝慰〟な……。さて、どこの誰が何の慰みにこんな事をやっているんだか……」










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