アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ

因果応報焼肉定食













――……ん? 何だ、ここは……。

男は、自分を取り囲む人間の気配に、目を覚ました。しかし、目を覚ましたは良いが、辺りは真っ暗で、何者も見る事ができない。

――俺は、何でこんなところに……?

心の中で首を傾げ、ゆっくりと、自分に何があったのか、思い出そうと試みる。そして、それが頭に思い浮かんだ時。男は、ギクリとした。

――確か、病気が悪化して病院に行って、それで……! そうだ……俺は病院に行って、そこで意識が遠くなって……医者がもう手遅れですなんて言ってるのが聞こえて……。

サッと、心臓の辺りが冷たくなったような気がした。

――……じゃあまさか、俺は死んだのか!? だとしたら、ここは……。

「それでは、故人様との最後のご対面です。皆様、どうぞ棺に近寄って、お顔をご覧ください」

どこからか、落ち着いた女の声が聞こえてきた。次いで、ガタガタという音がする。頭上から、いくつもの弱々しい声が降ってきた。

「親父……」

「眠ってるみたいだ……」

「今にも、目を開けそうなのに……」

聞き覚えのあるその声で、男は確信した。

――やっぱり! ここは棺桶の中だ! けど、何でだ? 音は聞こえるのに、何で周りの様子を見る事ができないんだ!?

「そりゃあ、目が開いてないんだし。周りの様子が見れるワケないじゃんか」

「!? 誰だ!?」

突如聞こえてきた覚えのない声に、男は思わず問い掛けた。すると、暗闇のどこかから、無邪気な声が聞こえてくる。幻聴ではなさそうだ。

「僕はグラッジ。ある人々の、とある想いから生み出された……あの世へ行く前の死人の前に現れる存在。死神とも違うし……うーん……精霊みたいな物って言うのが一番近いかなぁ?」

グラッジと名乗るその声は、姿を現さぬまま、声と気配だけで首を捻った。その気配に、男は軽く苛立ちを覚える。

「……それで? その精霊みたいな奴が、俺に何の用だ?」

「あぁ、うん。あなたが現在置かれている立場を説明しにね」

「立場?」

男が訝しげに呟くと、グラッジは明るく朗らかな声で「そう!」と言った。

「例えば、何故あなたは今、自分を取り囲んでいる人達の声を聞く事ができるのか。また、何で声は聞こえるのに、周りの様子を見る事はできないのか。それはね、あなたがとても半端に生き返っているからなんだ」

「俺が……生き返っている、だと?」

思いがけないその言葉に、男はそれ以上の言葉を失った。確かに、男は先ほどから、音は聞こえているにも関わらず、その声の主を誰一人として見ていない。今自分と会話している、グラッジの姿すら見えていないのだ。するとグラッジは、クスクスと楽しそうに笑う。

「うん、半端にね。どういう事かと言うと、今、あなたの魂は一旦離れたはずのあなたの肉体に再度入っている状態なんだ。それに伴い、感覚も復活しているんだ。例えば聴覚とか、視覚、触覚に嗅覚、それに味覚とかね。けど、それだけなんだ。心臓の動きは復活していない。よって、筋肉を動かす事もできない。筋肉を動かす事ができなければ、手足を動かす事は勿論、目を開く事だってできない。それが、あなたが音を聞く事はできるのに周りの様子を見る事ができない理由」

グラッジの言葉を、男は一旦、己の中で整理した。そして、長い説明を、自分なりの言葉に置き換えてみる。

「……って事はつまり……味覚は復活してても、口は動かせねぇから……結局何かを味わう事もできねぇって事か」

「そういう事!」

不満そうな男にグラッジがカラッとした声で頷く。その時、暗闇の中で再び、ガタガタと言う音が聞こえた。

「棺の蓋が閉められたね……この葬式も、もう終わり。あとは棺を所定の場所に運ぶだけ、ってね」

「そのようだな……それで?」

男の問いに、グラッジの気配は首を傾げた。苛立ちながら、男は問いを重ねる。

「結局、何で俺はこんな風に半端に生き返ったりなんかしたんだ? 説明しに来たって事は、お前は理由を知ってるんだろ?」

「うん。まぁ……ね」

意味ありげな声だ。しばらくの間、グラッジは沈黙を貫く。やがて、ガタガタという棺を霊柩車に積み込む音が聞こえた。次いで、車のエンジン音、道路を走行するタイヤの音が耳に入ってくる。

そして、結構な距離を走ったと男が感じた時。再び、グラッジの声が聞こえてきた。

「さっきも言った通り、僕はある人々の、とある想いから生み出された、あの世へ行く前の死人の前に現れる存在なんだ。その〝とある想い〟とは……恨み」

「……恨み?」

物騒な単語に対する男の呟きに、グラッジの気配は頷いた。その声は、相変わらず明るくて、無邪気だ。

「そう、僕は恨みの化身みたいな物なんだ。そして、誰の恨みかと言うと……殺され、理不尽に命を奪われた人々の恨み」

「!」

男は、ハッとした。もし体が動くのであれば、息を呑んでいたかもしれない。グラッジの声が、楽しそうに笑った。

「その反応を見ると、理解したみたいだね。……そう、あなたは二十三年前、ある男性を私怨から殺した。それも、ガソリンをかけ、生きたまま焼き殺すと言う残酷な手段でね。そしてあなたは、まんまと警察の捜査の網から逃れ、罪を問われぬまま一生を終えてしまった。……それを悔しく思う被害者の思いが、僕をあなたの元へ派遣したんだ。……僕の仕事はね、人を殺しておきながらのうのうと生きてきた人間を、あの世へ向かう前に苦しめる事。……もうわかるよね? あなたを半端に生き返らせたのは、僕の力によるものだよ」

楽しそうなグラッジに対し、男は平静ではいられない。体は動かない筈なのに、声が震えた。

「……っ! 俺を……俺をどうするつもりだ!?」

すると、グラッジはそこで初めて、スッと気配を冷やした。声から今までの明るさが消え、笑いが冷笑へと変わる。

「どうするつもりも無いよ。僕がするべき事は、もうとっくに終わってる。強いて言うなら、あとはあなたの末路を見届けるだけだ」

「な……何を……」

その時、キッという音が聞こえ、車が停止した。男の入った棺が揺れ、ガラガラという音が聞こえてくる。どうやら、棺は霊柩車から降ろされてもまだ、どこかへ運ばれているらしい。

「……ど、どこへ行くんだ……?」

「決まってるじゃないか。葬式が終わった後の棺が、車に乗せられて向かう場所なんて一つしか無いでしょ?」

グラッジがそう言った瞬間、棺が動きを止めた。棺の周りに、人の気配がある。男の声が、聞こえてきた。

「それでは、これより故人様の火葬を始めさせて頂きます。皆様、合掌……礼拝」

合掌の気配があり、棺が三度動き出した。ガラガラという、重い金属音が聞こえる。男は、体が死んでいるにも関わらず、全身から血の気が引いていくのを感じた。

「かっ……火葬!? ま、待て……待ってくれ! 俺はまだ生きている! 動けないだけで、生きているんだ! ここから出してくれ! 頼む!」

「無駄だよ。いくら魂が叫んだところで、動かない口じゃあ生きている人達に言葉を伝える事なんてできやしない」

まだ、グラッジの声が聞こえてくる。ガチャンという、焼却炉の扉が閉ざされる音がした。轟々と、棺が燃え始める音が聞こえる。それはすぐに、事実であると男の皮膚で確認する事となる。

「あっ……あぁっ! 熱い! 熱いぃぃぃっ! 何でだ……何でこんな……うわぁぁぁぁっ!」

「言ったでしょ。魂が再び身体に入った事で、感覚は復活してるんだ。触覚に……勿論、痛覚もね」

クスクスと、さも楽しそうにグラッジが笑う。男には、もうそれを聞いている事もできない。

「あ、あが……うぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

絶叫と共に、肉の焼ける音が焼却炉の中に響く。どの音も、グラッジ以外の者には聞こえない。グラッジの顔が、冷たく微笑んだ。

「そう言えば、あなたは相手にガソリンをかけて、生きたまま焼き殺したんだったね。そんなあなたが、今こうして生きたまま焼かれている……こういうのを、因果応報って言うのかな?」





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「へい、コロッケ定食お待ちどう!」

「すみませーん、みそ汁のお代わりくださーい!」

「あいよっ!」

「おっちゃん、天丼大盛りで頼む!」

「おう、ちょっと待ってな!」

昼時の定食屋。忙しく立ち回る店主の耳に、ガラガラと引き戸を開ける音が聞こえた。

「いらっしゃい! ……お、グラッジ君。今日は、仕事の帰りかい?」

気さくに声をかける店主に、グラッジはカウンター席に腰掛けながら笑顔で頷いた。

「うん、そう。久しぶりにしっかり働いたからさ、お腹空いちゃったよ」

すると店主は、うんうんと満足気に頷いた。若者がたくさん食べているところを見るのが好きなタイプなのだろう。

「じゃあ、今日はガッツリと、肉系でいっとくかい?」

するとグラッジは、壁に貼り出されたお品書きをしばらく眺め、迷うように唸った。

「そうだなぁ……」

そして、十数秒唸ると、「よしっ!」と顔を綻ばせる。

「決めた! おじさん、焼肉定食一つ! 大盛りでね!」
















(了)











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