平安の夢の迷い姫











32











ふと目を開けて、まずは薄暗いなと思った。足元が見える程度の光はあるが、まるで逢魔ヶ刻のような薄暗さだ。

「っつーか、陽も無ぇのに、何でこれだけ周りが見えるんだ」

思わず、呟いた。上を見上げても、どこにも陽の姿は見当たらない。雲がかかっている様子も無い。曇り特有の湿った空気や、逢魔ヶ刻の涼しげな空気も感じられない。

「……つまり、俺は無事、夢の中に入れたって事か」

納得したように頷いたところで、腰を据えて辺りを見渡す。狭い範囲を妙に高さのある築地でぐるりと囲まれていて、築地の内側には何も見当たらない。

築地は一箇所だけ切れていて、そこには大内裏への入り口である朱雀門と同じか、それよりも一回り小さい門が築かれている。

築地の内に何も無いとなれば、ここに留まっていても仕方が無い。何が起こるかは不明だが、隆善はとりあえず門の外へと足を踏み出した。

そして、目を瞠る。

門の外には、内と同じく築地が続いていた。それも、最初にいた場所とは違い、どこかを囲っている様子は無い。門の先に、延々と一本の道が続いている。築地に遮られて、道の両側に何があるのかは全くわからない。

仕方なしに真っ直ぐと道を行けば、道が丁の字のように分かれている。適当に右へ折れれば、十字路が。今度も適当に右へ折れれば鉤のように曲がった道に行きあたり、先へ進めばまた丁字路。右へ折れれば袋小路になっていて先へ進めない。ならばと元の場所に戻って左へ折れれば、そこにはまた十字路だ。

「……なるほどな。夢の迷い路ってのは、こういう事か……?」

うんざりし始めた顔で、呟いた。これでは、加夜を見付け出すだけで一苦労だ。更にその後には、加夜の誤解を解き、説得し、現に連れ戻すという仕事が待っている。

「……これで、更に妖なんかが出てきたりしたら最悪だな……」

苦笑しながら、呟いた。そして、恐らくそれがまずかった。

突如地面が黒くなり、泥のようにゆるくなった。ぼこぼこと音がして土が泡立ち、泡と泡の狭間から黒くぬめぬめとした長い手があちらでもこちらでも生え始める。手達はぬちゃぬちゃと嫌な音を立てて地を這いずり回り、隆善の足にぶつかった手はそのまま袴や狩衣の裾に取り縋り始めた。

それだけでは済まない。けたけたと笑いながら二足で走る、単を纏った化け犬が目の前を横切った。何かしらの木の精や、付喪神の姿も現れ始める。道端で、うねうねとうねる極彩色の木も生えだした。

「……どこかで見た覚えのあるやつばかりだな……」

覚えも何も、黒い手以外は全て、加夜が現にしてしまった事のあるものばかりである。どうやら、隆善が思い描いた物、思い出した物が、次々に現れているらしい。

「……流石は夢の中。ここじゃ、加夜でなくとも、思い描いた物をこうして出せちまうってわけだ……」

苦りきった声で言い、そしてふと、顔を曇らせた。

「加夜は、起きている時も……こうなんだよな。それも、昨日今日の話じゃなく、二十六年もの間、ずっと……」

苦労していると、わかっているつもりだった。さとりとの戦いでは考える事で苦戦して、更に深くわかるようになったつもりだった。つもりになっていただけだった。

「ずっと一緒にいて、世話焼いて……わかったつもりになっていて、全然わかってなかったんだな。俺は……」

項垂れ、そしてすぐに顔を上げる。

「やっぱり、一刻も早く加夜を見付けねぇといけねぇな。見付けて、話す。あいつが心に抱え込んでいる事を、全て訊き出して……わかるようになる。少しずつでも、本当に加夜の事を……」

自分に言い聞かせるように、敢えて全てを言葉にして口から出す。そうしている間にも、黒い手達は次々と隆善に縋り付いてくる。妖達は、腹立たしさを覚えるほど楽しげに走り回り、踊り狂っている。

それらを冷めた目で見据え、隆善は懐に手を突っ込んだ。そして、再び引き出されたその手には幾枚もの符。それらをびしりと構えて、隆善は妖達を睨み付けた。

「だらだらとお前らの相手をしている暇ぁ無ぇんだよ。消えたくなけりゃあ、とっとと退きやがれ!」












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