平安の夢の迷い姫











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『これはまた、随分と派手な物をお出しになりましたなぁ。加夜姫様は……』

隆善の後方で小さな妖を弾き飛ばしながら、暮亀が半ば感心した声音で呟いた。

京中に、妖達は勿論、巨大な極彩色の木々も所狭しと生い茂っている。華やかな文化を築いた古の唐の都ですら、ここまで派手ではなかっただろうと思わずにはいられない。

京人達は、逃げれば良いのか気を失えば良いのか祈れば良いのかと、困難極まっている様子。

妖が出ただけであれば、まだどう動けば良いのかわかる。……が、あまりにも風景が現とかけ離れ過ぎていて、奇怪な事に慣れていない人々は思考を停止させてしまう他無いようだ。

「それだけ、加夜の心が混乱しちまったって事なんだろう。派手で、少しは危ねぇかもしれねぇが楽しそうな、現じゃ有り得ねぇ京。夢みてぇな場所を作り、その中に逃げ込む事で、自分の見た物を全て夢と考えようとした……ってとこか」

『たかよし様のお邸から帰られる際、加夜姫様は気を失われていたとか……』

改めて言われると、厳しく感じる。隆善は、走りながら悔しそうな顔をした。

「推測だが……夢の中に逃げたい。その一心で、本当に夢と現を混同しちまったんだ。……これまでは、どんなにおかしな物が出てきても、加夜が夢と現を混同しちまう事なんて無かった。こんな事は初めてだ」

ぎり……と歯噛みする。走る足が、止まった。

「それだけ……俺が加夜の事を不安にさせちまったって事なんだろうな……」

『たかよし様……』

三式神も足を止め、痛ましげに隆善を見詰める。やがて、三人を代表するように、明藤が口を開いた。

『……たかよし様。お訊きしてもよろしゅうございますか?』

ゆっくりと、視線を明藤へと移す。明藤は、少しだけ困ったように首を傾げた。

『たかよし様が加夜姫様と出会われたのは、惟幸様が京を出奔した前後と伺っております。それ故、私達式神は勿論、たかよし様と付き合いの長い惟幸様ですら、たかよし様と加夜姫様の馴れ初めは知らぬままとなってございます』

「そうだろうな。あいつにも、話した覚えは無ぇ」

惚気た覚えならあるが、と言っても、明藤達は曖昧に微笑むだけだ。今この状況で惚気た時の話をしても、空しさしか感じないな、と隆善はため息を吐く。

『惟幸様が、常々不思議がっておられました。たかよし様は、どちらかと言えば人付き合いを淡々とこなすお方だと思っていたが、加夜姫様の事はこの上なく大事に思い、入れ込んでいるようだと。たかよし様に大切なお方ができるのは大変喜ばしい事だが、一体何があって、たかよし様はあそこまで加夜姫様に惚れ込んでいるのだろう……と』

「あいつ……そんな事言ってたのか……」

複雑そうな表情で唸る。そして、再び足を進め、歩み始めた。走る気力が湧かないほど、隆善も気落ちしている。だが、歩いてでも、少しずつでも加夜の邸に近付きたい。その想いだけで、重い足を一歩ずつ動かした。

『言いたくなければ、聞かせて頂かなくとも構いません。ですが……連日の騒動に、惟幸様の気力も流石に限界に近付いておられます。せめて、たかよし様の加夜姫様への本当の想い、その源となっているもの……それらをお聞かせ頂ければ……』

「惟幸のやる気が上がって、気力も戻るかもしれねぇ、か。主想いな式神達だな」

心の内側に遠慮無く踏み込んでくる式神に嫌味のつもりで言ってみるも、明藤は言葉通りに受け取ってしまったのか、にこりと微笑んだ。

「……ったく、主が主なら、式神も式神だ。揃って、良い性格してやがる」

歩みながら、深くため息を吐く。

「まぁ、良い。今回は、世話になったからな。惟幸にも、お前ら式神にも。特別に聞かせてやるよ。……ただし」

声を低くする隆善に、式神達は顔を見合わせた。あまり脅しが効かない式神達に向かって、隆善は凄む。

「今からする話を、葵や、他の奴らに絶対話すな。お前らが話して良いのは惟幸だけだし、惟幸が他の奴に更に話すのは論外だ。もし他の誰かにこの話が伝わっているような事になったら、真偽問わずに惟幸が漏らしたものとして、あいつの庵に加夜の描いた現化していない妖の絵を十枚ばかり持っていく。良いな?」

『それは……今までの中で、最も嫌な脅し文句でございますな』

『まことに。呪い殺すだ何だと脅されるよりも、よっぽど効き目がございましょう』

『惟幸様の庵に妖が出れば、その分りつ様が危のうございます。そのような事になる恐れがあるとすれば、惟幸様は必ずや、貝の如く口を閉ざされるかと……』

昨夜散々振り回されたばかりだ。流石の式神達も、主の庵で同じような騒ぎを味わうのは御免であるらしい。

その様子に少しだけ気分が復調したのか、隆善は「よし」と頷いた。少しだけ、足が早まる。歩きながら、口を開いた。

「知っての通り、俺と加夜が出会ったのは、今から二十年前。丁度、惟幸が京を出奔した直後で……俺は、陰陽寮の学生として、学び始めたばかりの時だったな」

がらがらと、牛車の音が隆善の耳に響く。大路を行き交う人々の、賑やかな声も。

どちらも、今、この場で聞こえる音ではない。二十年前、当時十五歳だった隆善が聞いていた音だ。

やがて、音以外の物も隆善の脳裏に蘇り始める。

色、風、臭い。

様々な懐かしい物を思い起こしながら、隆善の意識は次第に、二十年前の京へと歩んでいった。











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