華探し





 ざわざわと、人々が波打っている。波打つように、歩き回っている。

 露店で甘い物を求めたと思えば、広場へ雑技団の芸を観に動き、拍手喝采したかと思えば、喉の渇きを覚えて飲み物を購う。

 あっちへうろうろ、こっちへうろうろと、忙しない。

 まるで祭でも開催されているかのような様子だが、祭ではない。この辺りはいわゆる繁華街で、人の往来が激しい。そして、それを当てにした露店や芸人も多い。

 あまりに人が多いため、すぐ近くに露天商や芸人達が住む長屋ができたという話だ。そして、彼らからの収入を見込んで生活品や食料品を売る店も増える。そして街が拡大する……を、繰り返しているらしい。

 そんな街の中を、少年少女が連れ立って歩いていた。

 少年は粗野な衣装で、顔がどことなく猿のよう。少女は豪奢ではないが小奇麗な着物を纏っている。どちらも、歳の頃は十代半ばといったところか。

 一見、少年はこの辺りを縄張りにしているガキ大将、少女はどこかの屋敷に仕え始めた行儀見習いの侍女といった様子だ。

「ちょっと、皓諷(こうふう)! なによ、ここ!」

 少女が、不機嫌を隠さない声音で叫んだ。その声に、皓諷と呼ばれた少年は肩を竦めて見せる。

「なにって……見りゃわかるだろ。繁華街だよ」

「それは見ればわかるわよ! そうじゃなくって! なんでここに連れてきたのかって訊いてるの!」

 キーキーと叫びながら、少女は両腕を広げて街全体を示して見せる。

「いや、萌藍(ほうらん)の言う条件に当てはまる場所っつったら、ここかなーって」

 皓諷の返事に、少女――萌藍は更に眦を吊り上げた。

「私は皓諷に、こう言ったわよね? 『仙宮に閉じこもりがちな彩玲(さいれい)娘娘(ニャンニャン)に、気分が晴れ晴れとするような、華やかなお話しを聞かせたい。だから、ネタを仕入れる事ができそうな場所に連れていってほしい』って」

「うん、たしかにそう言ってたな」

 力強く頷く皓諷に、萌藍はわなわなと体を震わせる。

「それがどうして、繁華街になるわけ? お祭りをやっているわけでもなし、煌(きら)びやかな装いが見れるわけでもなし! 何も特別感が無いじゃないの。私は、皓諷だけが知ってる秘境とか、絶景が見える場所とか、そういうのを期待してたんだけど」

「煌びやかな衣なんて、仙宮で見飽きてるだろ。絶景を期待してたなら、最初に言ってくれりゃ良いのに」

「言ったら、皓諷の思考が先入観で固まっちゃうでしょ!」

 萌藍の言葉に、皓諷は面倒臭そうに「へいへい」と返す。そして、「ってかさ……」と顔を顰めて言った。

「そもそも、なんで俺なら秘境とか絶景が見える場所とかを知ってるって思ったんだよ?」

「あんた、正体は風を操る妖怪だし。風って、世界中どこへでも行けるでしょ? だったら、世界の色々な姿を知ってるって思うのが道理じゃない」

 萌藍のその言葉に、皓諷は少しだけ申し訳無さそうに肩を竦めた。

「悪いけど、風を操るからって、世界のどこへでも行った事があるわけじゃねぇんだよ。俺、割と出不精で、用事は全部近場で済ませちまうし。旅とかも興味ねぇし」

 そう言う皓諷に、萌藍は呆れた顔を見せる。

「呆れた。子どもの頃から面倒臭がりだったけど、今でもそうなの? 折角どこへでも行ける力があるのに、勿体無い!」

「そういう萌藍こそ、落ち着きが無くて人を振り回すところ、全く変わってねぇじゃねぇか。仙宮に仕えるようになったって言うから、少しは大人しくなったのかと思ったら……」

「余計なお世話よ!」

「元はと言えば俺の台詞だよ、それ! ……と言うか、今更なんだけどよ。お前、俺と一緒にいて良いのか? 幼馴染とは言え、仮にも仙女になろうって奴が妖怪と一緒にいたりしたら、何て言うか……彩玲娘娘にも他の女神とか仙女にも、良い顔はされねぇんじゃねぇのか?」

 その皓諷の言葉に、萌藍は今日一番の不機嫌顔を見せた。ムッとした表情のまま、皓諷の鼻をつまむ。

「ふがっ!」

「本当に今更だし、別に良いのよ! 人間として育って、人を襲う事なんて考えもしない妖怪の幼馴染がいるって事は、仙宮入りした時にちゃーんと伝えてあるんだから!」

「伝えてありゃ良いってもんじゃねぇだろ!」

 鼻をつままれたままに皓諷が反論すると、萌藍は「良いったら良いの!」と返してくる。取りつく島も無い。

「そんな事よりも、話のネタよ! 彩玲娘娘を楽しませる事ができるような話題を手に入れないと!」

「随分な忠誠心だな。その彩玲娘娘って、そんなに良い女神なのか?」

 解き放たれた鼻をさすりながら皓諷が問うと、萌藍は「勿論!」と力んで見せる。

「さっき、皓諷の事を話したって言ったでしょ? その話を聞いて、『優しい妖怪もいるのですね。良いお友達を持ちましたね』って言ってくれたのよ! 皓諷の事を、優しい妖怪って! 良い友達って!」

 力説してから、萌藍はハッと我に返った。そして、「なんでもない!」と慌てて取り繕う。……取り繕ったところで、全て皓諷にしっかりはっきり聞こえているのだが。

「とにかく、素敵な方なのよ、彩玲娘娘は! そんな方が、常に仙宮にあって、何も楽しみが無いような状態なのよ? 何か面白い話をして差し上げたいって思うのは、当たり前じゃない! だから皓諷に良い場所を紹介してもらいたかったのに、なんで繁華街に来るのよ!」

 話が振り出しに戻り、皓諷は困ったように頭を掻いた。そして、「あのなぁ……」と何かを言いかけ、止める。代わりに「ちょっと待ってろ」と言い置いて、その場を離れた。

 萌藍が首を傾げていると、皓諷はすぐ近くの露店で何かを購い、そしてすぐに戻ってきた。

 手に、何か白い物を持っている。

 包子(パオズ)だ。出来立てらしく、白い湯気がほかほかと立ち上っている。皓諷は、あろうことか熱々のそれを、「ほれ」と言いながら萌藍の口に突っ込んだ。

「熱っ! ちょっと、何?」

 すぐに口から包子を離し、萌藍は皓諷を睨み付けた。皓諷は「まぁまぁ」と言いながら、やはり包子を口にしている。香りを嗅ぐに、皓諷が食べている包子の中身は豚肉だ。大蒜(にんにく)と山椒(さんしょう)も入っているかもしれない。

 旨そうにハフハフと言いながらそれを食べている皓諷の様子に、萌藍の腹が鳴った。それが恥ずかしかったのか、萌藍は顔を赤らめながら、自分の包子を割ってみる。

 萌藍の包子の中身は、胡桃などの木の実で作った餡のようだ。これなら、仙宮に仕える萌藍でも口にできる。一応、その辺りは気遣ってくれたらしい。

 まだ熱いであろう餡を吹き冷まし、萌藍は包子に齧りつく。甘くて、美味い。

 その美味さに目を輝かせて、萌藍は夢中で包子を食べ始めた。その様子に、皓諷は思わず笑った。

「……何よ」

「いや? 仙宮にいると言っても、包子一つで機嫌を直して、夢中になって食ってるようじゃ、まだまだ修行が足りねぇな、って」

 その言葉に、萌藍はムッとして見せる。だが、食べかけの包子を捨てるつもりは無いらしく、ムッとした表情のまま食べ続けている。

 その様子がおかしくて、皓諷はまたくすりと笑った。そして、更に顔を顰めた萌藍に、「見ろよ」と言って街のあちらこちらを示して見せる。

 萌藍は、包子を齧りながらも、素直にその手が示す先に視線を動かした。

 活気のある露店がいくつも立ち並び、人々に声をかけて喧騒を生み出している。

 芸人が、ささやかながらも芸を見せ、それを取り囲んでいた人々が驚いたり笑ったりしている。

 酔っ払いが、ご機嫌麗しく歌っている。

 どこぞの風流人が、窓からその様子を眺めて、何やら紙に書き付けている。詩をしたためているのかもしれない。

「良い風景だと思わねぇか? みんなの顔が明るくて、商売に精を出したり、食ったり飲んだり、歌ったり。これが、今日だけじゃなくて、毎日の事なんだぜ。すごいよな!」

 だって、人間だって、妖怪だって、仙女だって女神だって、常に明るい顔ばかりしていられるわけではない。疲れたり、怒ったり、悩んだり。顔が曇る事など、いくらでもある。

 萌藍が彩玲娘娘に華やかな話を、と考えたのも、恐らく彩玲娘娘の顔が明るくなかったからだろう。

「なのにこの場所は、この明るさが毎日の事なんだ。それって、すごい事だと思うんだよ」

 皓諷は再び、「すごい」という言葉を使った。

 ……たしかに、すごい事なのかもしれない。萌藍は頷き、そう言った。すると、皓諷は「だろ?」と言って笑う。

「俺はこれが……こういう人々が毎日明るく生活している様子が、『華』なんじゃねぇかって思うんだよな。こういう場所で育った記憶がまだ新しいお前には、実感が湧かねぇかもしれねぇけど。風に乗って秘境や絶景の見える場所に行ったところで見えるものではないし、絶対に、仙宮では見られない華だと思う」

 何て言ったって、繁「華」街って言うぐらいだし。

 そう言って笑う皓諷に、萌藍は曖昧な顔をして頷いた。皓諷が言っている事がわかるような、わからないような。そんな顔付きだ。

 そんな萌藍をからかうように、皓諷は笑って言う。

「納得いかねぇってんなら、もっと良い話題があるじゃねぇか」

「え? そんなのあるの? 何?」

 あるならもっと早く言ってよ、と言いたげな萌藍に、皓諷はおかしさを堪えきれない。笑いを継続させながら、言った。

「恋の話。好きだろ? 仙女様でも女神様でも、このテの話」

 そう言った途端、萌藍の目がスッと細められた。顔が、明らかにがっかりしている。

「そりゃ、恋の話が好きな方は多いわよ? けど、どうやって調達するのよ、そんな話」

「手っ取り早く、俺とお前で恋仲になってみるとか?」

 おどけて言う皓諷に、萌藍は「馬鹿!」と怒鳴った。

「仙宮に仕える者に恋愛してみろって言うの? それも、皓諷と? 私は本気で話題探しをしてるんだから、冗談はやめて!」

 そう言って踵を返し、歩き出した。……と思ったら立ち止まり、青果を商う露店の前で足を止めると、何かを購った。赤くて丸い……林檎(りんご)だ。

 萌藍は林檎を持ったままつかつかと戻ってきたかと思うと、それをやや乱暴に、皓諷に手渡してくる。

「とりあえず、皓諷の言う事には一理あると思うし、この繁華街をぐるっと歩き回ってみる事にするわ。ずっと付き合わせるのも悪いから、今日はここで解散!」

 そして、ありがとね、などと言ってくる。

 どうやら、林檎は礼のつもりらしい。

「あ、あぁ……うん」

 どう返事したものかと皓諷が迷っているうちに、萌藍は既に歩き始めてしまっている。歩きながら一度振り返り、今度は怒っていない、笑うような口調で言った。

「けど、私と皓諷で恋仲なんて冗談は、もう言わないでよ! 皓諷にはもっと良い子がいるだろうに、こんな冗談を誰かに聞かれたりしたら、実る恋も実らなくなっちゃうから!」

 そう言って、もう振り向く事は無く、萌藍は雑踏の中へと消えてしまった。

 萌藍の姿が見えなくなった後も、皓諷はしばらくの間、その行き先を眺めていた。

 そして、諦めたような顔で、手渡された林檎を見る。顔の前まで持ち上げてみれば、甘く爽やかな香りが漂ってくる。

「……冗談なんかじゃねぇよ」

 ぽつりと、皓諷は呟いた。萌藍がいる時は言わなかった……否、言えなかった。

 皓諷は、人の姿をして人のように暮らしているとはいえ、妖怪。

 萌藍は人間で、今は仙宮に仕える身。

 それぞれの立場を考えれば、例え幼馴染とは言え、言えるわけがなかった。

 萌藍が消えた先にくるりと背を向け、雑踏を抜ける。誰もいない道を歩きながら、皓諷は萌藍から貰った林檎を齧る。しゃくりと、新鮮な音がした。

 蜜をたっぷり含んでいるのか。爽やかで、それでいてとても甘い林檎だ。だが。

「……酸っぱい……」

 そう、誰に聞かせるともなく呟いて。あとはただ、黙って林檎を食べ続ける。

 しゃくしゃくと、林檎を咀嚼する音だけが、皓諷の耳に聞こえ続けた。





(了)











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