ガラクタ道中拾い旅~想像と発想で戦う少女
「じゃあ、この辺りにある物を私が持ち上げるから、それをどうやって使えば戦えるか、答えてみてね!」
そう元気良くヨシが言うと、子ども達は負けじと元気な声で「はーい!」と答えた。
所は、森の中。幌馬車が一台停まっている。
幌馬車の主は行商人だ。家族揃って大事な商談のために旅に出たところ、途中で盗賊に襲われてしまったとの事である。あわや、荷物も命も奪われるかと思ったその時、たまたま通りかかり一家を助けた旅人。それが、ワクァとヨシの二人だった。
戦い慣れしている二人はあっという間に盗賊達を地に下し、てきぱきと動いて近隣の村の役人にお縄にした盗賊達を引き渡す。
その後、礼に食事をご馳走させて欲しいと行商人が言い、こうして幌馬車の横で食事をしているという次第である。
その食事を始めたばかりの時だ。行商人の妻が、子ども達に戦闘方法を伝授して欲しいとヨシに頼み始めた。
何故剣士のワクァではなくヨシなのかと言えば、彼女が武器を一切使わずに戦うからである。……否、武器を一切使わないと言っても、徒手空拳で戦うわけではない。道具は使う。
ヨシは、辺りにある物を何でも武器に変えてしまう。食器でも、ぬいぐるみでも、鞄でも、本でも。その物の特性を利用し、武器としてしまうのだ。どのように使えばそれを武器として使えるか想像し、その身体能力を持って実現してしまう、とでも言おうか。
その戦い方が、行商人の妻はいたく気に入ったらしい。いつまた今回のような事が起こるかわからないから、子ども達には護身術を身に着けさせたい。しかし、武器は危ないし、荷物になる。その点ヨシの戦い方であれば荷物は増えないし、武器の手入れもいらず、危なくない。子ども達の護身術に最適だと、考えたのだろう。
いくら何でも、考えが安直過ぎやしないだろうか。……と言うか、ヨシの戦い方を真似させるのは、止めた方が良いんじゃないのか。
そう考えたワクァだが、止めようとした時にはもう既に遅かった。ヨシは「触りぐらいなら良いわよー」と安請け合いし、そのまま少し離れた場所で早速授業を始めてしまったのである。
「じゃあ、まずは簡単なところで、これ! 茹で卵! これをどう使えば良いと思う?」
いきなり攻めてきたな、とぼんやり考えるワクァの前で、子ども達は真剣に考える。
「ぶつけるとか?」
「あんまり効かなさそう……」
難しそうな顔をして言う子ども達に、ヨシは「そうねー」と笑いながら言った。
「直接攻撃以外の方法もあるわよ。例えばこう……こうしてこうしてこうすると、一瞬で殻が剥けるでしょ?」
速過ぎて何が起こっているのか誰にも見えなかった。
「それで、ひょいっと懐に潜り込んで、相手が少しでも口を開けたらこう……隙間から一気に、この茹で卵をねじ込むわけよ」
口の中に物が詰まっていると、自然と動きは鈍くなる。大きな物なら、飲み込むのに時間がかかる。固ゆでのゆで卵であれば黄味がパサついている事も多いから、口中の水分が奪われ、更に飲み込むのに時間がかかる。結果、相手は動きが鈍くなっている時間が長引き、大きな隙ができる。
「その隙ができたところを、ガツン! とやるわけよ」
まず、ひょいっと懐に潜り込んで、相手の口に茹で卵を突っ込む時点で至難の業だと思うのだが。
そんなツッコミを口にする者が無いまま、授業は続く。
「じゃあ次! このランプはどうやって使う?」
「それで殴る?」
「中の火で……うーん、わかんない!」
子ども達は困り顔だ。困惑しているとも言う。子どもすら、困惑している。
「えぇー? もうちょっと想像してみましょうよ! 例えば、これは前に私がやった方法なんだけどね。こうやって中に布きれを詰めるでしょ? そうすると、ランプの中の火は酸素が足りなくなって、一旦消えるのよ。……で、そうなったところでこのランプを投げ付けてガラスが割れると、消えたように見せかけて実は完全に消えてなかった火が大量の酸素を一気に取り込んで、あっという間に大きくなるの」
あっという間に火炎武器の出来上がり! とでも言いたげなヨシに、ワクァは頭を抱えた。
たしかに、ヨシは以前その方法でランプを武器にした事がある。そして、その時窮地に陥っていたワクァはそれで助かった。……が、あの時は多勢に無勢の状況だったわけで。護身術として教えるには、明らかに度が過ぎている。
そろそろ注意すべきだろうかとワクァが考え始めたところで、子どもの一人が手を挙げた。
「ねぇ! じゃあこれだったら、どんな武器にできる?」
そう言って示したのは、皿の中に唯一残ったままになっている緑色の野菜だ。苦手なのだろうか。武器にできれば、食べずに済むかもしれないという期待が多少なりとも見てとれる。
「それはちゃんと食べなきゃ」
苦笑しながら言い、しかしヨシは「そうね……」と考え始めた。野菜を、油と少量の塩コショウで炒めた物だ。先程のゆで卵とは違い、口に突っ込んだところでそれほど時間は稼げそうにない。
「そう言う油っぽくてベタベタした物があるならね……目を狙うと良いわ」
「目」
子どもが反芻すると、ヨシはこくりと頷いた。
「目の前にいきなり物が飛んできたら隙ができるのは、わかるわよね? それにベタベタした物は目にくっついて中々取れないし……加えて、塩コショウが目に染みてくれれば儲けもの。更に油が目に入りでもすれば、相手はしばらく視界がぼやけたまま。その隙に攻撃するなり逃げるなりできるわけよ」
その解説に、子ども達は「なるほどー」と頷いている。これは……よろしくない奴だ。
あと、野菜炒めを相手の目を正確に狙ってぶつけるのは相当なスキルが必要であるような気がする。
ちらりと、ワクァは行商人の妻を見た。顔が引き攣っている。今後苦手な食べ物を出される度に顔にぶつけて逃げようとするかもしれない……とでも思ったか。
行商人は行商人で、困惑ここに極まれり、という顔をしている。気持ちはわかる。己も最初はそうだった、と、ワクァはため息を吐いた。
「……そろそろ、止めますか」
そう言って立ち上がる彼を、行商人もその妻も、止める事はしない。つまり、「止めてくれ」という意味だ。
「おい、ヨシ! あまり物騒な事ばかり子どもに教えるな! そもそもお前の戦い方は、お前の身体能力あってのものだろうが!」
強い言葉をかけながら近寄るワクァの姿を認めた途端、ヨシがニヤリと笑った。その顔に、ワクァはハッと顔を強張らせ、思わず身構える。
「じゃあ、ちょっとあのお兄ちゃん相手に実戦訓練してみましょうか!」
「してみましょうか、じゃない! いい加減にしろ!」
怒鳴るワクァと、冗談めかして笑うヨシ。そして実践訓練を指示された子ども達はと言えば、いきなり言われてもどうしたら良いのかわからず、ついでにいきなり人に攻撃して良いのかもわからず、ぽかんとしながら二人の様子を眺めている。
頼むから、こいつの影響は受けないでくれ。あの想像力と発想力豊か過ぎる戦い方を真似できるようになんてならないでくれ。そう、願わずにはいられない。
そんな二人の様子を眺めながら。それでいて、この騒ぎに自分は関係無いだろうと言う様子で。
二人の旅のお供であるパンダイヌのマフが、まふぅ、と大きな欠伸をした。
(了)