ガラクタ道中拾い旅×?Another Story〜もしも二つの世界が微妙に繋がっていたら〜





「あ。ねぇワクァ。私、この仕事やってみたい。って言うか、今日はこの仕事にしましょ」

そう言いながら、ヨシは一枚の依頼書を取り上げた。場所はとある小さな町の隅に設立された酒場。ギルドも兼ねたこの店の中で遅めの朝食を摂りながら、ヨシとワクァ、加えてパンダイヌ――パンダのような姿で、犬の顔をした生物。生物学上、イヌ科にもパンダ科にも属さない――のマフはギルドに寄せられた依頼書の束に目を通していた。

この町に着いてから今日で三日目。いつもであれば同じ街に二日といない二人と一匹だが、十回に一回くらいの割合で長期滞在をする事がある。それというのも、たまに長期滞在をして働いておかないと旅の資金が困窮してしまうからだ。

大きな街であればヨシは役所に申請して日雇い仕事に精を出し、仕事が無ければ手伝いと称してワクァに付いていく。ワクァは旅を始めた頃最初に訪れた街でギルドへの登録を済ませている為、ギルドのある町であれば大なり小なり仕事を得る事ができるからだ。勿論、仕事内容を選ばなければ、の話だが。

そして今回、町の規模に加えて時期的なタイミングが悪かったのか、役所の仕事はほぼゼロのような状態だった。祭り等のイベント準備手伝いも無ければ、公共施設での雑務のような仕事も無い。町の清掃活動のような仕事であればあったのだが、マッピングの完了していない町をうろうろして不審者に間違えられるのも困る。

そんなわけで、この町ではワクァとヨシは組んでギルドの仕事をこなす事にしている。戦闘に関しては全く問題は無い。何せ、そこらにある物を即座に武器に変えて戦ってしまう、ルール無用にすればワクァよりも強いであろうヨシの事だ。心強い戦力にこそなれ、足手まといになる事はまず考えられない。

それよりも問題なのは、ヨシの戦闘手段だ。手当たり次第に辺りにある物を武器に変え、曲芸師のような身軽な動きで敵を翻弄していく様は見ていて爽快ですらあるのだが、半面、現場破壊が甚だしい。現場復帰やら何やらを考えると、横で見ていてひやひやする事もしばしばだ。

そんな理由から、ワクァはヨシと共に行動する時は極力戦闘にならなさそうな仕事を選ぶようにしている。……が、戦闘にならなさそうな仕事であれば、初めからギルドではなく役所に持ち込まれるのが普通だ。一般市民では危険で手が出せない仕事が持ち込まれるのが、ワクァの登録しているギルドの特性なのだから。

つまり、戦闘にならなさそうな仕事でもあっても、何か裏があるかもしれない。そんな怪しげな仕事が記載された数少ない依頼書を掻き集め、ワクァとヨシは食事を口に運びつつ仕事探し中……というわけだ。

そんな中、ヨシが選び出した一枚の依頼書。それにはこのように書かれていた。

『実務時間三時間の護衛の仕事。怪盗無限仮面が、町の資産家モーブ氏に予告状を送り付けてきました。モーブ氏邸にて行われる仮装パーティにてお披露目予定の由緒ある宝石が狙われています。仮装パーティ会場に紛れこみ、宝石を怪盗から守って下さる方を募集しています』

「何処からツッ込めば良いんだ? まともな個所が見付からないんだが」

呆れた顔をしながらワクァが呟く。すると、ヨシは目を輝かせながら言った。

「面白そうじゃない。それにほら、ここ見てよ! パーティ会場に紛れこむ際の衣装は向こう持ちって。いつもと違った感じの服を着れる絶好のチャンスじゃない!」

「俺は全く魅力を感じないんだが。……と言うか、仮装という文字が見えているか、ヨシ?」

「もっちろん! 良いからワクァ、依頼書にサイン! 早く!」

言われるがまま、ワクァは渋々依頼書に『ワクァ・グラース』とサインを記した。余談だが、『グラース』と言うのはヨシが適当に付けた偽ファミリーネームだ。この名前を書く度に、ワクァはいつか本当のファミリーネームを知る事ができるのだろうか、と複雑な気分になる。

サインされた依頼書をワクァから受け取ったギルドのマスターは、そのまま後の書類棚へと手を伸ばす。何冊も並ぶ分厚い紙束の中から目あての束を引き抜くと綴り紐を解き、その中から更に一枚の紙を取り出した。紙にはワクァの名前と、これまでにこなしたギルドの仕事履歴が記されている。

二枚の紙を交互に見たマスターは、珍しい物を見る顔でワクァを見ながら言った。

「こんな色ものの仕事を選ぶなんて珍しいな。アンタ、いつもはどっちかってーと危険だが真面目な仕事を選んでるだろ?」

「……説明の難しい事情があってな……」

言いながら、ワクァは思わずため息をつく。その様子にそれ以上の詮索はせずマスターは依頼書に受付印を押す。

「ま、アンタの剣技レベルなら、盗賊だか怪盗だかの一人や二人、なんとでもなるだろ。明らかに変人であろう依頼人を怒らせないように気を付けな」

「あぁ……」

力無く返事をしながら、ワクァはマスターから受付印を押印された依頼書の控えとモーブ氏邸とやらの場所が記された地図を受け取った。見れば、モーブ氏邸は地図の中でも多くの面積を占める大邸宅だ。

大邸宅に、変人の依頼人に、怪盗。頭の痛くなる単語の羅列に、ワクァは何度目になるかわからない溜息を盛大に吐き出した。




# # #




「すっごい衣装部屋ねぇ〜! あ、これってキャプテングロッキーのコートじゃない!?」

「……何だ、キャプテングロッキーって?」

テンションを上げてはしゃぐヨシに、ワクァは首を傾げて問うた。すると、ヨシは驚いて目を丸くする。

「知らないの!? 民族や性別を問わず子ども達に大人気の冒険物語よ。愛と正義と姑息な手段で悪代官を地獄へ堕とす! その名もキャプテン! グ〜、ロッキー!」

妙な節回しで叫び、妙なポーズをキメるヨシ。ワクァは、ポリポリと頬を掻きながら呟いた。

「この国の将来は大丈夫か……?」

そんな言葉は意にも介さず、ヨシのテンションはどんどん上がっていく。

「あ! これって『大公記』の猿大公が着てた黄金のべべ? ……あ〜っ! こっちは粉雪姫がラストシーンで着てたドレスじゃないの!?」

ヨシが口にする単語が一つもわからず、ワクァの周囲にはクエスチョンマークがどんどん浮かんでいく。

「……話を聞く限り、ここにある衣装は全て物語の登場人物が着ている服……という事か?」

「その通り!」

「!?」

突如背後に響き渡った無駄に大きな声に、ワクァは思わず振り向いた。するとそこには、身長はワクァより頭一つ分は高く、すらりとした美しい細身の身体にシルクのシャツを纏い、クロワッサンのようにカールした金髪とサファイアのように青い瞳を太陽の光で輝かせ、口元に真紅の薔薇を加えた二十代後半と思われる青年が立っていた。

一言で言い表すなら変人であるその青年に、ワクァは渋い物を口にした時のような顔で言った。

「……モーブさん……この部屋の衣装は一体……?」

「一体も何も……君はたった今自分で答えを出したばかりじゃないか、ワクァくん!」

ビシリと大袈裟に指を突き立てながら、青年――スポトォ・モーブは言った。

「僕はこう見えて物語を読むのが大大大好きでね。屋敷の中には物語の本ばかりを集めた書斎が三つもあるくらいだ。そしてこの部屋にあるのは君が推測した通り、物語に登場する人物達の衣装を模した服ばかりなんだよ」

「本って結構高いわよね? それを三部屋分も集めた上に衣装まで作るなんて、流石に金持ちの道楽は一般人とは一線を画してるわね〜」

衣装を眺めながらズケズケと言うヨシに、モーブは気を悪くした様子も無い。笑顔で「そうだね!」と言ってから再び自分の話を続けた。

「それにしても、見ただけでどれが何の衣装かわかるなんて、ヨシちゃんはよく本を読んでいるんだね! 逆にワクァくんは、読んでそうで案外本は読まないタイプと見た!」

「……物語の本を読む事は殆ど無い、という事は否定しません」

ワクァが首をすくめて言うと、モーブは少しだけ困ったような顔をして笑って見せた。

「あー……それはちょっと、困ったかもしれないなぁ」

「?」

ワクァが首を傾げると、モーブは苦笑しながら言う。

「ほら、今日のパーティってさ、仮装パーティだって書いておいただろう?」

「……えぇ」

ワクァが肯定すると、モーブは苦笑を収める事無く言った。

「仮装って言うのはさ、今回に限って言うなら、物語の登場人物の服を着る事なんだ。何しろ、今回のパーティに来るのは物語の愛好家ばかりなんだからね」

「え……」

モーブの言葉に、ワクァは石化した。それと同時に、何故屋敷に着いた途端にこんな衣装部屋に通されたのか、という謎が解けた。つまり、今回の仕事をこなすには物語の登場人物に見た目だけでもなりきらなければならないという事だ。

「参加者は皆物語を読むのが好きな人達だからねぇ……。適当な衣装を着て参加して、もしその物語のファンに話しかけられたりしたら困る事になると思うよ?」

「……」

ワクァは渋面を作って黙り込んだ。今からでもこの仕事を断ろうかどうしようか、悩むところだ。

「ワクァくんさ、何か一つでも読んだ事は無いの? 大抵の物語の衣装は用意してあるから、よっぽどマイナーな話でなければ何とかなるんだけどな……」

「物語……」

呟きながら、ワクァは思考を巡らせた。そして、一分ほど考えた後、頭に一つのタイトルが思い出された。

「確か……「Another Story」というタイトルだったと思うのですが……。それなら読んだ事があります」

「あぁ、アナストね。あれだったら衣装は粗方揃ってるよ」

あっさりと言い、モーブは衣装棚を漁り始めた。その様子を眺めながら、ワクァはヨシに問う。

「ヨシ……あの本は、あの時の町の図書館にいつの頃からかある謎の本じゃなかったのか?」

「いつの頃からかある謎の本とは言ったけど、複写が何処にも無いとは言ってないわよ」

「……」

身も蓋も無いヨシの返答に、ワクァは苦虫を噛み潰したような顔をして押し黙った。そんなワクァ達に、空気を読まずにモーブが声をかけてくる。

「あぁ、あったあった。この棚にかかっているのは全てアナストの登場人物の衣装だよ。何なら、試着してみるかい?」

その声に、ヨシがパッと顔を明るくする。

「良いの!? じゃあ私、アルミラの衣装を着てみたい!」

そう言いながら、足は既に衣装棚の前に立っている。衣装を次々と手に取り、鏡の前で合わせる姿は年相応の娘のようだ。ただし、「う〜ん……魔女の衣装を着るには顔が優し過ぎるかな?」などという声が聞こえてこなければ、の話だが。

嬉々として衣装を選ぶヨシをワクァがぼんやりと眺めていると、モーブがまたも声をかけてくる。

「ワクァくんは選ばないのかい? 大抵の衣装は揃っているから、好きな登場人物の衣装を選ぶと良いよ!」

「……じゃあ、ヒイロで」

「却下」

ヨシとモーブが声を揃えて言った。迷いの無いその声に、ワクァは少々ムッとする。

「……何でだ」

「似合わない」

またも声を揃えて言うヨシとモーブ。性格的にも兄妹なのではないかと疑いたくなるほど息がぴったりだ。

「……じゃあ、何だったら合うと言うんだ?」

「クレス」

「ポピーちゃん」

ここで初めて息が乱れた。その言葉にモーブは「え?」という顔をし、ワクァは露骨に嫌そうな顔をする。

「……ヨシ。何でそこでポピーなんだ?」

「や、何となく。かつらを被ってドレスを着たら、案外ワクァ、似合いそうだと思って。ほら、ワクァって黒髪だし、女顔だし。そこらの女の子より美人だし」

すると、納得したようでやっぱり納得がいかない、という顔でモーブが口を開いた。

「そうかなぁ? 確かに見た目だけで言ったらワクァくんはポピーの衣装も似合いそうだけど、けど、ワクァくんは男の子だし……。それに、性格的にはやっぱりクレスじゃないのかな? ほら、この口調は微妙に伝法なのに堅物でくそ真面目なところなんか特にさ」

「合い過ぎてるのよ。衣装も何処となくワクァの普段着と似たような感じだし。これじゃあワクァが金髪のかつらを被っただけじゃないの。仮装もへったくれも無いわ。もし怪盗が外でワクァを見かけた事があったとしたら、絶対にすぐに見抜かれるわ。それじゃあパーティ会場に潜り込んで宝石を守るって依頼が達成できないじゃない!」

一応、これが仕事だという事は覚えていたようだ。すると、その言葉にモーブが一応の納得をしたような顔を見せる。

「……成程ねぇ……」

その様子に、このままだと女装が確定しそうだと確信したのだろう。ワクァは慌てて反論を始めた。

「……ヨシ、よく考えろ。俺の戦闘スタイルは剣だぞ? ポピーは槍と魔法だろう? 武器も違うし、第一ドレスじゃ戦い難い。そう考えれば、剣士のジャックかクレスが妥当じゃないのか? クレスが合わないなら、ジャックでも……」

「最初にヒイロ先生を選ぼうとしたクセによく言うわ。大体ワクァ、前にマロウ領で強盗と戦う事になった時女装して潜入してロングスカートのまま剣で戦うなんて芸当見せてるじゃない。ドレスじゃ戦えないなんて言わせないわよ。あと、ジャックくんの衣装は私が着るから駄目」

「さらりと自分の都合を優先させるな」

「ワクァだって自分の都合を優先させようとしてるじゃない」

そう言いながらヨシはいそいそとジャックの衣装を手に取り、着替えの為に宛がわれた部屋へと入ってしまった。

後には、茫然と立ち尽くすワクァと、それを生温かい微笑みを浮かべて見詰めるモーブだけが残された。




# # #




「ほぉーっ。アナストのクレスですか。何と言いますか……少々イメージとは違いますが、中々お似合いですな」

「……どうも」

「しかし……失礼ですが、男装してクレスの衣装を着るよりも、ポピーの衣装の方が似合ったのではないですか? 折角綺麗なお顔をしていらっしゃるのですし……あぁ、その顔立ちでしたら、アルミラも似合ったかもしれませんなぁ……」

「……俺は男だ」

「しっ……失礼! 勘違いでした! クレスの衣装がよくお似合いですなぁ! 美形の衣装が似合うとは、実に羨ましい。はっはっは!」

いつもよりやや感情を抑え気味ではあるがそれ故にいつもよりも恐ろしく感じるワクァの怒気に触れ、何も知らずに話し掛けてきた客は冷や汗を掻きながら退散していった。空笑いが苛立ちを増幅させる。

「だから言っただろ? クレスよりポピーの衣装の方が似合うってさ」

「喋り方までなりきる必要があるのか、ヨシ?」

げんなりとした声で問いかけながら、ワクァは声のした方へと振り向いた。そこにはみつあみを解いて尻尾のように結い直し、ジャックの衣装を身に纏ったヨシが立っていた。背は足りていないが、配色的にはそこそこ似合っているかもしれない。

ヨシはパーティで出された果物――輪切りのバナナ――をつまみつつ、肩をすくめて笑って見せる。

「そこまでする必要は無いって言われたけど、こういうのは楽しんだ者勝ちじゃない? 中身までなりきっちゃった方が楽しいし、恥ずかしくないわよ?」

「……そういうものか?」

「そうそう。だからワクァも、思い切ってクレスになりきった方が良いよ。あ、これクレスの分の料理。あっちにまだ沢山あったから、足りなかったら貰いに行くと良いよ」

そう言いながら、ジャックになりきったつもりのヨシは皿をワクァに差し出してくる。そして、ワクァが皿を受け取るのと同時に自分は次の食べ物を求めて会場内をうろつきに行ってしまった。

立食パーティだからって、ここまで会場内をふらふらしてて良い物なのだろうか。そんな事を考えつつ、ワクァはヨシに手渡された皿を見た。そして、固まる。

「……っ!」

そこには、黄金色に輝く蜂の子と、飴色に輝く蝗のつくだ煮が山のように盛られていた。確か、どちらもヘルブ国では無く隣国であるテア国の料理だ。こんな趣味のパーティに他国の料理まで用意してしまうとは、流石は資産家と言ったところか。……ではなくて。

「……確かに、カラスだから虫を食べると言う描写はあったが……」

怖気を誤魔化すように呟いてみるが、それでも目の前の皿に虫が山のように盛られているという事実は変わらない。横に申し訳程度に盛られている唐揚げの肉は本当に鶏だろうか? ネズミではないだろうか?

嫌がらせとしか思えない皿を手にワクァが茫然としていると、何やら会場内がざわめき始めた。とりあえず皿を近くのテーブルに置き、少しだけ背伸びをして辺りを見渡す。すると、中央のテーブルにモーブが宝石箱と思わしき立派な箱を大事そうに置いている。

そう言えば今は仕事中で、今回の仕事はこのパーティでお披露目される宝石を怪盗とやらから守る事だった。一連の馬鹿馬鹿しい出来事にすっかり忘れていた現実を思い出し、ワクァは表情を引き締める。

本当に怪盗が狙っているのなら、既に会場内に紛れこんでいてもおかしくない。そう言えば、怪盗は無限仮面≠ニ名乗っているらしい。……と言う事は、変装の名人である可能性もあり、逃走時に姿を変えると言う事も考えられる。ひょっとしたら、追い詰めたら同じ顔が二人、なんて事態になる事も予想される。

そこまで考えて、ワクァは頭を振った。いくら物語の愛好家達が集まるパーティとは言え、そんな出来事が起こるとは流石に考え難い。そう思いながら、ワクァはモーブが宝石を取り出す様を見守った。蓋が開けられ、黒いビロードで作られた台座に雫のような形をした薄青い宝石が鎮座しているのが見える。大きさは乳飲み子の手の平ぐらいだろうか。かなりの大きさだ。

そこまでワクァが視認した時、突如会場内が大量の煙に包まれた。辺り一面が真っ白になり、視界が悪くなる。

「しまった!」

ワクァは舌打ちをすると、即座にモーブの元へと駆け始めた。と、その時だ。室内に、大きな笑い声が響き渡った。

「はははははっははははゲホッゴホッ……ははははははは! 怪盗無限仮面、ただ今参上! 予告通り、高名なる宝石堕天使の涙≠ヘ頂いたぞ!」

咽るくらいなら初めから笑うな。何でわざわざ自分が登場した事を盛大にアピールするのか。宝石の名前なんぞ初めて聞いた……というか、そんな有難味の無い名前なのか、あの宝石は。

あまりのツッコミどころの多さに、ワクァは一瞬唖然とした。だが、すぐに気持ちを切り替えて辺りを見渡す。こんな大きな声が聞こえるくらいなのだ。まだ遠くへは行っていない筈だ。そもそも、宝石が盗られてから一分と経っていない筈なのだから。

そこで、ワクァは「ん?」と首を傾げた。煙が噴き出し、宝石を盗ったと思われる怪盗の声が聞こえて、会場内はざわついている。だが、ざわめきしか&キこえてこないのはどういう事だろうか? 宝石を盗られたのであれば持ち主であるモーブが大きな声を出すだろうし、声が出なくなるような大怪我をモーブが負わされたのであればざわめきどころか悲鳴が聞こえてきそうなものだ。だが、会場内にはざわめきしか聞こえない。

妙に思ったワクァは見渡すのを止め、モーブの姿を探した。怪我を負った様子は無く、しゃんとした姿で立っている。手にした宝石箱から宝石は確かに消えているが、取り乱した様子は無い。それどころか、顔には余裕の笑みすら見える。

「ふ……ふふふ……」

突如、モーブの口から笑い声が漏れた。由緒ある宝石を盗まれ、気が触れたのだろうか? 招待客達が心配そうにモーブの顔を覗き込む。だが、そんな心配をよそにモーブは声を張り上げて笑い出した。

「ふふふふふ……あーっはっはっはっはっはっはっは!」

狂ったように爆笑するモーブを、一同はぽかんとして見詰めている。一しきり笑うと、モーブは会場内のどこかにいるのであろう怪盗に向かって叫んだ。

「引っかかったな! それは本物の堕天使の涙≠カゃない! あんな予告があったんだからね! 本物は別の場所に隠してあるよ!」

何でそれをわざわざ怪盗に言ってしまうのか。そのままお引き取り頂いておけば良い物を。ワクァは呆れ果てた顔でモーブを見た。

その時だ。パリンというガラスが砕ける音がした。見れば、そこには顔を怒りで真っ赤にしている男の姿がある。男の足元には、粉々に砕けたガラスが散乱している。色は薄青色。先ほど見た堕天使の涙≠フ偽物と同じ色だ。……と言う事は。

「あいつが、怪盗無限仮面、という奴か」

ワクァが呟くのとほぼ同時に、血気盛んらしい何人かの男が、怪盗に掴みかかった。このパーティの性質上、彼らが普段から冒険小説等を読み漁っていて正義感溢れる主人公に憧れているであろう事は想像に難くない。だが、所詮は戦いに関しては素人の集団。ドタンバタンと暴れてはいるが、怪盗を取り押さえるには至らない。そのうちに、飛びかかった男の一人が素っ頓狂な声を上げた。

「あれ、怪盗は?」

「え? あんた、双子だったのか?」

大勢でもみ合っているうちに、いつの間にか肝心の怪盗が人ごみに紛れてしまったらしい。……いや、それならまだ良い。どうやら怪盗は、飛びかかった男のうちの一人に変装したらしい。同じ顔をした男が、その場に二人もいる状況になってしまった。

ワクァは溜息をつき、いっそ二人とも昏倒させて役人に突き出すか、と大雑把な事を考えながら二人に増えた男の顔をよく見た。そこで、ワクァは「あ」と短く声を漏らした。二人に増えた男の顔は、先ほどワクァに声をかけてきた男と同じ顔だった。

それにワクァが気付いたのと、ヨシが気付いたのがほぼ同時だったらしい。ワクァが何か言う前に、ヨシが声をあげた。

「あ。この人、さっきアナストの話をしていた人だよ。アナストの話題を振ってみれば、どっちが本物かわかるんじゃないかな?」

この状況でまだジャックになりきるつもりか。呆れながらも、ワクァはヨシに声をかける。

「それは、本物しか物語を読んでいなければ、の話だろう。偽者も読んだ事があったらどう判断するんだ?」

ワクァが問うと、ヨシはニヤリと笑って見せた。その笑顔にワクァが嫌な予感を覚えると、ヨシは笑顔のまま男に問うた。

「この人に本当に似合うアナストの衣装は何だと思う?」

そう言いながら、ヨシはワクァを指差した。男達は目を白黒させたが、ヨシの勢いに圧されて思わず答えた。

「う〜ん……クレスも良いが、本当に似合うのはポピーかな?」

「ぽ……いや、クレスだね。うん」

「先に答えた左の方が偽者! 一度ワクァを女と間違えた奴がワクァに女の衣装が似合うなんて言うわけがないわ!」

じゃあお前はどうなんだ、とヨシに言いたいが、それを抑えてワクァは左の男に飛びかかった。素早くリラを抜き放ち、ズボンのベルトだけを器用に斬り捨てる。品の無い雰囲気にはなるが、相手の素早さを確実に下げる事ができる手段でもある。何しろ、素早さを取り戻すためにはズボンを脱ぎ捨てなければいけないのだから。

「卑劣な手段だよね、相変わらず」

口調だけなりきりジャックに戻したヨシに、ワクァは溜息をつきながら言う。

「怪我人を出すよりはマシだろ。それよりも、さっさと捕まえて役人に突き出すぞ」

そう言ってヨシの相手をしたのが隙となったのか。偽者と見破られた男はずり落ちたズボンのポケットから何かを取り出したかと思うと、それを思い切り床に叩き付けた。床に叩き付けられた何かは破裂し、強烈な光を放つ。

「しまった……!」

強烈な光の所為でまだ視界がちかちかする。だが、この人ごみだ。今の一瞬だけで怪盗が逃げ出したとは思えない。そう考えながら視力の回復を待ち、ほぼ回復したところでワクァは呆れ果てた。何しろ、そこにはヨシが二人いたのだから。

先ほどの男に変装した時もそうだったが、一瞬で衣装を調達して着替え、身長まで何とかしてしまう技量は物凄いと思う。だが……

「閉鎖された空間というわけでもないのに、何故着替える時間を使って逃げようと考えない……?」

呆れながらも、ワクァは二人に増えたヨシを見た。まぁ、不幸中の幸い、ヨシはこの会場ではほぼジャックになりきっているつもりで口調を変えていた。この会場内で普段のヨシの口調を把握しているのはワクァとモーブだけの筈だ。元の口調で喋らせればすぐにどちらが本物か判別がつくだろう。

「え、僕が二人?」

「僕が本物だよ。わかるよね、クレス?」

何故そこで頑なになりきろうとする? この状況を楽しんでいるのか? ワクァは思わず頭を抱えた。そして、何とかヨシを見分ける方法は無いかと考える。マフがいればにおいで判別がつくかもしれないが、生憎今は宿屋で昼寝中だ。こんな事になるのであれば、多少の現場復帰作業は覚悟して戦闘がメインになる仕事を受けておくんだった……。

そこまで考えて、ワクァはハッと思い付いた。そして、おもむろに辺りを見渡す。辺りにあるのは、テーブルクロスのかかったテーブルに、料理の載った皿、そして空になった皿、燭台にフォークやスプーンといった道具類だ。そこでワクァは、二人のヨシに向かって言った。

「相手が死なない程度に戦ってみろ。ただし、武器の使用は不可。使って良いのは、この室内にある食器・家具類だけだ」

言われた途端、片方のヨシは「え?」という戸惑いの表情を見せた。そして、もう片方のヨシはすぐさま空の皿に飛びつき、フリスビーのように投げ飛ばして相手の鳩尾に直撃させる。その様を見て、ワクァは言った。

「決まりだな。こんなに道具類が溢れかえっている部屋にいて、ヨシが戦えないわけがない」

言いながら、ワクァは屋敷の人間に持って来させた縄で怪盗を縛り上げた。すると、モーブが拍手をしながら駆け寄って来る。

「凄いよ、ワクァくん、ヨシちゃん! あんな変装をあっという間に見抜いちゃうなんて!」

その様子にがっくりと肩を落としながら、ワクァは疲れた声で言った。

「良いから……もしまたこんな事があったら、今度はちゃんと警備の人数を増やして下さい……」

それだけ言ってから、ワクァはふとある事に気付き、モーブに問うた。

「そう言えば、モーブさん……。結局、本物の宝石はどこに……?」

すると、モーブはきょとんとした顔で首を傾げた。

「え? ワクァくんが持っててくれてるんじゃないの?」

「え?」

ワクァは、思わず聞き返した。宝石を預けられた覚えなぞ、欠片も無い。

「だって、ヨシちゃんが本物はワクァくんに預けておくって……」

その言葉に、ワクァはヨシの方に振り向いた。すると、当の本人は騒ぎは既に終わった物としたのか、料理に手を伸ばして再び食べ始めている。

「……ヨシ、俺に宝石を預けたとはどういう事だ?」

すると、相変わらず口調だけなりきっているつもりになりながらヨシは言う。

「え? ちゃんとクレスに渡したじゃない。そのまま渡して見られるとまずいから、料理の中に埋め込んでさ」

「……料理?」

言われて、ワクァはテーブルの上を見た。そこには、先ほどヨシに手渡された料理の皿。上には、大量の蜂の子と蝗のつくだ煮、申し訳程度の唐揚げが盛り付けられている。

「料理とはまさか……あれの事、か……?」

「そうだよ」

頷き、ヨシは再び料理を食べ始めた。そして、食べる手を少しだけ止めると思い出したように言う。

「あ、料理は残さずに食べなきゃ駄目だよ? 好き嫌いは駄目だからね」

絶望的なヨシの言葉に、ワクァは再び視線を皿に落とした。蜂の子と蝗のつくだ煮は、それだけで腹が膨れそうなほどの量が盛られている。




# # #




「ほらよ、今回の報酬だ」

ギルドのマスターから報酬を受け取り、ワクァはホッと息を吐いた。とにかく今回は疲れる仕事だった。明日はヨシを留守番にしてでもいつも通りの仕事をしよう。そう決意するワクァに、マスターは苦笑しながら言う。

「大変だったみてぇだな。ま、何事も経験って言うし、たまには良いだろ。こういうパーティの余興を手伝うってのもな」

「……余興?」

マスターの言葉に、ワクァは怪訝な顔をした。その顔にマスターは「ん?」という顔をして問うてくる。

「阿呆な怪盗が出てくるわ、由緒ある宝石が狙われてるのに警備の人数を増やさないわ、あっさりと怪盗が捕まるわ……どう考えても余興だろ? 物語の愛好家が集まるパーティって事を考えてもな。っつーか、依頼書の分類、ちゃんと見たか?」

そう言いながら、マスターはワクァがサインした依頼書を取り出し、紙の左上を指差して見せた。分類の欄がそこにはあり、小さな文字で「イベントスタッフ」と記されている。因みに、ワクァがいつもこなしている仕事の分類は「護衛」だ。

「な……」

ワクァは、開いた口が塞がらない。その様子に、マスターは呆れた様子で言った。

「気付いてなかったのか? 連れの嬢ちゃんはちゃんとわかってたみたいだぞ?」

そう言えば、この依頼書を見付けだしてきたのはヨシだった。つまり、ヨシは最初からわかっていたのだ。この依頼が一から十まで全て作り話である事を。

「……っ!」

蜂の子と蝗のつくだ煮の味を強制的に思い出しつつ、ワクァは未達成の依頼書の束を手に取った。そして、ザッと目を通すと一枚の依頼書にサインをし、マスターに提出する。内容は、山賊退治。ワクァにしては珍しく、討伐系の仕事である。

「こりゃ、明日の山賊討伐は荒れそうだな……」

ぼそりと呟き、心の中で山賊達に同情を寄せつつ、マスターは依頼書に受付印を押した。





(了)









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