ガラクタ電波拾い旅






※これは『ガラクタ道中拾い旅』製本版1巻の脚本形式のおまけ書き下ろし「ガラクタ電波拾い旅」をノベライズしたものです。






 穴ぼこだらけの板……否、吸音板の壁がある。ハメ殺しの窓があり、そこから見えるのは外の世界ではなく、この部屋と同じ屋内の様子。天井からはマイクがぶら下がっている。どこからか、幕開けを告げるような音楽が聞こえてくる。

 スタジオである。

 紛れもなく、ラジオなどの音声を収録するためのスタジオである。

 世界観はどこへ行った。

 憮然としながら椅子に腰掛けるワクァの前で、ヨシはメタい世界などどうって事無いと言わんばかりに明るい声を張り上げた。

「はーい、始まったわよ! ラジオ番組、『ガラクタ電波拾い旅』! パーソナリティは私、ヨシと、ワクァの二人でお送りします!」

 あまりに元気の良いヨシの声に少し顔を顰めてから、ワクァは今更だが言っておかねばならない事を口にした。

「……ちょっと待て。何でいきなり脚本風にラジオ番組が始まってるんだ? しかも、何だその変な物を拾っていそうなタイトルは……」

 ラジオ番組とかタイトルとか、彼自身の発言も中々メタい。……が、それも仕方があるまい。これは単行本の巻末に収録する、おまけの読み切りなのだから。そして、本編でありえない事をやっても良いという設定の元に書かれているおまけなのだから。何をやっても構わないのだ。

 だから、地の文がメタメタのメタでも、一向に構わないのである。

 ……と、こんな具合に地の文が流れていく間にも、スタジオでは話が進行していく。ワクァの問いに対し、ヨシがひらひらと手を振って見せた。

「いや、ね。『ガラクタ道中拾い旅』を単行本化する際に余白ページで何をやるか迷った作者が、SNSでネタを募ったのよ。そしたら、『設定を知りたい』『登場人物の関係性がわかる短編を載せて欲しい』って意見が出てきたのよね。で……」

「混ぜたのか……」

 疲れたように呟くワクァに、ヨシは楽しそうに頷いて見せた。

「そ! こうすれば設定を語りつつ私達の関係性も伝えられるでしょ? ついでに脚本風にしちゃえば、地の文を書かずに台詞をどんどん繋げていけるから、少ないページでもたくさん語れるってわけ!」

 そう。これはサイトに載せるためにノベライズしたものであるため、文字数制限は無い。だが、本来は単行本のおまけなのだ。ページ数の制限があったのだ。……いや、個人で勝手に作るものなのでページ数はいくらでも増やせるのだが、増やせば増やすほど製作費が上がるという大人の事情がある。おまけは書きたいが、製作費は抑えたいのだ。

 そんな事情を察したのか、ワクァは呆れ顔をした。

「作者が横着をした結果こうなった、という事はよくわかった。しかし、このタイトルは本当にどうなんだ……」

「細かい事は気にしない!」

「いや、細かくないだろう!」

 ワクァが目の前の机をバン! と叩いた。ノイズが入ったのだろうか。窓ガラスの向こうで、スタッフが「大きな物音を立てないで!」と書いたフリップを掲げている。その文字を確認し、ワクァは大きく深呼吸をした。気持ちを落ち着けてから、ヨシに向き直る。

「推測するに、このコーナーは毎巻余白ができるたびに発生させる気だろう? これから十巻までこのタイトルで通すつもりか!?」

 シリーズ化するのであれば、もうちょっとマシなタイトルがあるんじゃないか? ワクァが言いたいのは、そういう事である。だが、ヨシは目を若干細めて、楽しそうに言う。

「ちなみにこの番組は生放送って設定だから、過去の発言を修正する事はできないわよー」

「……」

 容赦ないヨシの言葉に、ワクァは押し黙った。生放送。つまり、タイトルは既に誰かに聴かれていると思った方が良い。一度聴かれてしまった以上、タイトルの変更は確かに難しい。

 反論できずにいるワクァの様子に、ヨシが「うむ」と頷いた。

「はい、ワクァが黙ったところで、本題に入るわよ! 余談だけど、ページ数の関係上、キャラクターが増えると収拾がつかなくなりそうなのよね。そんなわけで、ラジオ番組風だけど基本的にゲストキャラは呼ぶ事無く二人で淡々と進めるわね!」

 今後キャラクターが増えると言ったも同然である。そしてこの発言によって、誰か他に仕切りの上手い人物が登場して無難にこのコーナーをまとめてくれる事に期待ができなくなった。

 ワクァの顔に、

(ヨシがメインで司会進行をしている時点で、淡々と進めるのは無理な気がするな……)

 という言葉が浮かんでいるように見える。ヨシも、そう感じたらしい。ジトリとした目で、ワクァに突っかかった。

「……何よ、その顔は?」

「……いや、別に」

 ワクァが目を逸らし、ヨシは「ふうん……」と呟いた。

「ま、いいわ。それじゃあ、前置きが済んだところで、今回のお題! お宿!」

 元気良く今回のお題を提示するヨシに、ワクァが首を傾げた。

「……宿?」

「宿」

 頷き返されたところで、「そうか、わかった」とはいかない。

「……宿の、何を語れと?」

 印象的だった宿を語れ、ならまだわかる。だが、ヨシのこの言い方から察するに、これはそんなお題ではない。対象となるのは、これまでに泊まった宿、これから泊まるであろう宿全般だ。あまりにも、範囲が広過ぎる。これでは、何に焦点を当てて語れば良いのか皆目見当がつかない。

 困って顔をしかめたワクァに、ヨシは手をひらひらとさせて見せた。「難しく考えるな」と言っているようだ。

「まぁ、色々あると思うけど……ひとまず、本編に出てきた事だし、お風呂がどうなってるのか気になってる人は結構いるんじゃないかしらね? ちなみに、ベッドが一つしかない部屋しか取れなかった時は、交替で床に寝てるわね」

 流石に、いくら互いを異性と意識していないとしても、同じベッドで寝る事には抵抗があるらしい。

 しかし、床で寝れば体が痛そうだし、かと言ってベッドで寝れば罪悪感に苛まれそうだ。

「最初は何と言うか……ベッドの譲り合いというか、押し付け合いで不毛な言い争いが起きたからな……」

 そう言って、ワクァは小さくため息をついた。それに呼応するように、ヨシも小さなため息を吐く。不毛な言い争いとやらを思い出したようだ。

「俺は板場で寝る事も慣れてる。ベッドはお前が使え」

「いやいや、そんなほっそい体なのに板場で寝たら、慣れてても痛いでしょ。私だって野宿には慣れてるんだし」

「細いとか言うな。この状況でベッドを譲られても、罪悪感で寝付けない。お前が使え」

「あのね。何であんたは罪悪感を抱いて、私はベッドを譲られても抱かないと思うのよ? 私だって人を板場に寝かせておいて自分だけベッドで寝たりしたら抱くわよ、罪悪感」

 思い返してみても、やはり不毛だった。ヨシは、再度ため息を吐く。

「そうだったわね……。あと、語るとしたら……そうね。宿での過ごし方とか?」

 話を振られ、ワクァは少し考え込む仕草をした。

「宿での過ごし方……ヨシは、意外と本を読んでいる事が多いような気がするな」

「意外って何よ、失礼ねぇ。でも、たしかに本を読んでる事は多いかも」

 むっとしながらも頷き、ぱらぱらと本をめくるジェスチャーをして見せた。その様子に、ワクァが少しだけ顔を強張らせる。

「……流石に、本を持ち歩いているわけじゃないよな?」

「流石にそれは無いわね。大きい街なら図書館、小さい町でも結構貸本屋とかあったりするのよ。雨の日は二冊、晴れの日は一冊借りるようにしてるわ」

 言われて、ワクァは「なるほど」と言うように頷いた。

「一冊は夜に読むため、晴れの場合は外を出歩くからもう一冊は必要無し、という事か」

「そうそう、そういう事。……で、私が何をしているかはわかったろうけど、ワクァはと言うと……」

 ヨシが最後まで言う前に、ワクァは再び頷き、淡々と言った。

「晴れている時は、夕方庭で素振りをして夜に剣の手入れ。雨の日は念入りに剣の手入れだな」

 あっという間に、ヨシの顔が呆れたものとなる。

「……あんた、本当にブレないわよね……」

「悪いか」

「いや、悪くはないけど……」

 悪くはないが、あまりにも趣味が偏り過ぎてはいないか。……いや、彼の生い立ちを考えれば、趣味があるだけでも奇跡に近いのだが。……そもそも、これは趣味なのか?

「あと、マフは寝ているか転がっている事が多いな」

 ヨシがぐるぐると考えている間に、ワクァが話を進めた。その様子に、ヨシは少しだけ目を見開いて密かに驚く。まさかワクァが、話を繋げるとは思わなかったのだろう。答えやすい話題であれば、ワクァも番組に協力する気はあるらしい。

 少しだけ頬を緩めながら頷き、ヨシはワクァの言葉に続いた。

「それと、私かワクァにじゃれついたりしてるわね。あ、因みにマフは基本的に自分で毛づくろいをするから、お風呂は無し。たまに汚れが酷い時は私かワクァが井戸で洗ってるわね」

「朝、井戸で身支度をしている時に結構寄ってくるぞ?」

 少し不思議そうな顔をするワクァに、ヨシは「うーん……」と唸った。

「あれはお風呂よりも洗顔に近い気がするわね。まぁ、マフはそれで良いとして、人間のお風呂についても話しておきましょうか」

 ワクァは少し思い出す仕草をした。机の端をトントンと叩き、ハッと手を止める。こういった物音がNGになる事を思い出したようだ。

 誤魔化すように、話を繋げた。

「風呂……というと、ある宿と無い宿があるな」

「まぁ、無い宿は我慢するか、物陰に隠れて湿らせた布で拭くしか無いとして。……あ、ワクァは時々横着して、井戸で頭から水被ってるわよね」

「服がすぐ乾く時期だけだけどな」

 そう言ってワクァが頷くと、ヨシは羨むような呆れるような顔をして、軽くため息を吐いた。

「あれ、男の子はそういう事ができて楽で良いなーって思いと、水垢離みたいで目立ってるなーっていうのと、周りで残念そうに項垂れてる男が何人かいるなーっていうのとですっごく複雑な気持ちになるから、できればやめて欲しいんだけど……」

「……と言われたから、できる限り風呂のある宿を選ぶようにしたんだったな……」

 恐らく、ヨシから話を聞いて、自分自身も複雑な気持ちになったのだろう。ワクァの顔が、納得いかないとでも言うように歪む。その顔に、ヨシが吹き出した。

「そうだった、そうだった。それで、お風呂ありと言っても大きく分けで二種類あるのよね」

「共同浴場がある宿か、個室にそれぞれ風呂がある宿か、だな」

 気持ちを持ち直して情報を口にしたワクァに、ヨシは満足そうに頷いた。

「共同浴場は、温泉地にあってお湯を引っ張ってきて作られてるところと、大きなお風呂を作って沸かしてるところがあるわね。前者は掃除の時間を除けばいつでも入れるけど、後者は決まった時間にしか入る事ができないわ」

「個室の場合は、沸かした湯を大量に運んできて湯船を作ってくれる宿と、頼んだ時間に竈に火を入れて沸かしてくれる宿があるな。どちらも比較的料金が高額な宿だから、泊まるのは懐に余裕がある時か、他に泊まれる宿が無い時だ」

「沸かしてもらうのは別料金だから、お風呂を頼まなければそこまで高額にならずに済むけどね。宿によっては、他のお客用に沸かした余りのぬるま湯で良ければ無料で提供してくれる事もあるから、その辺は交渉次第かしらね。……あ、それと気になるのはお風呂の順番かしら?」

 互いに意識していないといっても、異性だ。流石に同時に入る事は無い。……が、そうなるとどっちが先に入るのか、という話になる。互いの不公平感を少なくするためにも、ある程度のルールは必要だろう。

 これに関しては、ワクァがすぐに解を出した。

「共同浴場を利用する場合は、俺とヨシのどちらかが必ず部屋にいるようにして、荷物番をするようにしている。便所の場合も同様だ」

 そしてその発言が終わった瞬間、ハメ殺しの窓の向こうにフリップが現れた。『美形に便所を語らせるな』と書かれている。フリップは、ヨシが気付いて頷いた途端に、消えた。お陰で、ワクァはフリップを見ていない。

 ……が、すぐに話を変えるのも不自然だし、中々難しいな……とヨシは思う。思いながら、軌道修正を狙いつつ話題を繋げる。

「禁断のお手洗い情報をさらっと出したわね……。あ、ついでに言っておくと、お手洗いはどこの街でどこの宿でも、大抵共同よ。個室に洗面室やお手洗いがついてる宿の方が珍しいと思うわ」

「正直な話、風呂や便所のために荷物番をしている時が一番『二人旅をしていて良かった』と思う」

 中々軌道修正ができない。……が、ヨシは諦めない。ワクァの性格上、この話題を引き伸ばしたいわけではない。ただ、流れに従って喋っているだけだ。……となれば、そろそろ別の話題に転換しても無理に引き戻す事はあるまい。

「言えてるわ……。一人旅だと、どうしても貴重品の管理が心配なのよねぇ。そういう理由で、一人旅の人は個室にお風呂がついてる宿を選ぶ事が多いかもしれないわね」

「個室なら、風呂に入っていても内側から鍵をかけた場所に荷物を置いておけるからな」

 話題を風呂に戻す事に成功し、ヨシは内心ガッツポーズをした。そして、また便所の話に戻らないよう、風呂の話を広げようと試みる。

「二人で個室風呂の宿に泊まると、今度はお風呂の順番で問題が出てくるわけだけど……」

 さっきの風呂の順番は、共同浴場に行く順番。次は、部屋の内風呂を使う順番の話題だ。似てるようで、これが中々異なる。

 ……が、ワクァはあっさりと言い放った。

「俺達の場合、風呂の順番はヨシに全権を委任したな。俺が選ぶと、先でも後でも問題が起きそうな気がする」

 どんな問題が起こるというのか。その辺りは危惧している本人にしかわからない事だが、訊いたら訊いたで怒りだしそうだ。

 その様子を想像したのか、ヨシは苦笑した。

「私はありがたいけど、そういうのを気にするあたり、本当に真面目よねぇ。……ちなみに、風呂を覗き覗かれはまだ発生した事が無いわね」

「今後も永遠に発生する事は無いから安心しろ」

 呆れたように言うワクァに、ヨシは首を傾げた。

「……それ、アンタが覗かれる可能性も想定して言ってる?」

「ちょっと待て」

 想定していなかったらしい。ヨシならふざけて覗きかねないと思ったのか、声に険が籠る。

 からかい過ぎたか、と、ヨシは心の中で舌を出した。ちらりと横に視線をやれば、「進行を大幅に狂わせそうなからかい厳禁!」などと書かれたフリップが出ている。今回はワクァもフリップを見たのだろう。顔が、「そら見ろ」と言っている。

 二人がフリップを確認したのが伝わったのか。新たなフリップが現れた。「そろそろまとめて」と書かれている。

 二人は頷くと、ここまで続いた風呂の話をまとめに入った。

「まぁ、とにかく。個室にお風呂がついてる宿の場合は、大抵私が先に入らせてもらって、後にワクァが入ってるわね。湯の汚れがどうとかよりも、私の方が熱いお湯に入りたがるからって理由で決めたんだけど。あと、ワクァは宿で剣の手入れをするから、研ぎ油で汚れたりもするのよね。せっかく綺麗になっても、また汚れたりしたら意味無いもの。ワクァが剣の手入れをしている間に私が入って、その後入れ替わるようにする事が多いわね」

「実際、効率的だからな。この順番にして貰って助かったと思っている」

 ヨシは、ちらりと窓を見た。スタッフが頷いている。このまま締めて良いという事だろう。

「こんな感じで、割と上手く回ってるわね。……と何となく綺麗にまとまったところで、『ガラクタ電波拾い旅』、今回はここまで!」

 ヨシがまとめの言葉を言ったところで、ワクァは机の上に置かれていた紙を持ち上げた。軽く目を通し、内容を伝える。

「次回のお題は『荷物』の予定だそうだ。……今から嫌な予感しかしないんだが……」

 途中からワクァの顔が引き攣っていく。そんな様子の彼を、ヨシは手をひらひらとさせながら宥める。

「気のせい、気のせい! それじゃあ、二巻での放送をお楽しみに!」

 ヨシの言葉が終わる事から流れ始めた閉幕の音楽が次第に大きくなり、そしてまた段々小さくなっていく。

 スタッフの「お疲れ様でした!」という声が響き、番組の終了を告げる。

 そこで二人はホッと息を吐き、椅子に座り直す。

 これまで、どれだけ動いても音を立てなかった椅子が、緊張を解いたかのように、ギシリと音を立てた。












(了)










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