そして子猫はニャーと鳴く
「知ってる? 猫って、ニャーって言ってやると、ニャーって返してくれるのよ」
街の中を歩きながら、不意にヨシがそう言った。
「……は?」
怪訝な顔をしてワクァが首を傾げると、ヨシは「可愛いと思わない?」と言葉を重ねる。
「ニャーって呼びかけたら、ニャーって返事をしてくれるのよ? 可愛いじゃない!」
「……いや、ただの偶然だろう。猫だろうが犬だろうが、呼びかけただけで必ず返事をするわけが……」
「信じないなら、それで良いわよ? けど、勿体無いわねぇ。可愛い返事を、ただの偶然で済まそうとするなんて」
言葉を被せてそう言うと、ヨシはくるりと体と視線の方角を変えた。目の前には広場。横道に入れば、いくつもの商店が立ち並ぶ路地に行く事ができる。
「じゃあ、それぞれ必要な物を買って、揃い次第またここで待ち合わせという事で!」
どんどん話を進め、ヨシはさっさと路地へと向かってしまう。いつもながらのマイペースに、ワクァは隠さずため息を吐いた。
# # #
買い出しを済ませて待ち合わせ場所へ戻ってみれば、ヨシはまだ来ていなかった。
彼女の事だから、いつも通り店の者と喋ったり、見た目が可愛い菓子でも見付けて買おうか悩んだりしているのだろう。
そうやって買い物を楽しめるのは、効率は悪そうだが楽しそうで、少し羨ましい気がしないでもない。
……こんな事を考えてしまうのは、恐らく自分が暇を持て余しているからだろう。さて、ヨシが戻ってくるまで、どう時間を潰そうか。
何となく辺りを見渡してみると、一匹の子猫が目に留まった。小さくて、黒い。目は空の色のようで、毛並は少し汚れているが、ぼろぼろではない。黒いが、光が当たっている場所がうっすら青く見える。
首輪の類を何も着けていないから、野良猫だろうか。
ぼんやりと眺めていると、恐れを知らない子猫はテトテトとワクァの傍に近寄ってきた。
これまた何となく、しゃがみ込んでその顔を覗きこんでみる。空色の瞳が、ジッとワクァを見詰めてきた。
そこでふと、先ほどヨシに言われた言葉を思い出す。
ワクァは暫く迷う様子を見せたが、やがて辺りをきょろきょろと見渡すと、再び子猫に顔を向けた。
そして、ぼそりと小さい声で言ってみる。
「……にゃあ」
猫は、空色の丸い瞳を開いたまま、カリカリと後足で首を掻いた。
途端に、顔が赤くなる。
やはり、嘘だった。
そして、この件でヨシに詰め寄れば、今自分が何をやったのかがバレてしまうわけで。
それは避けたいわけで。
怒りを誰かに向けるわけにもいかず、ワクァは思わず頭を抱えた。
その様子を、陰で笑いを堪えながら眺めているヨシがいる事を、彼はまだ知らない。
苦悶するワクァの足下で、子猫が今更、にゃおうと鳴いた。
(了)