さいごに認めてくれたのは
暗い、暗い場所を、気付けば彼は一人歩いていた。
何も無い。何も見えない。
すぐにわかった。ここは、死後の世界なのだろう、と。
己は病気で弱りきっていたはずで、こんなに元気良く歩けるわけがない。それに、意識を失う寸前に、妻子や友人達が己を必死に呼ぶ声が聞こえた気がする。
つまり己は死んでしまって。ここは死後の世界であると考えるのが一番妥当な線だろう。
大切な人達に囲まれたまま最期を迎えるとは、随分良い死に方をしたものだな、と我ながら驚く。
そんな事を考えながら歩いていると、やがて目の前に、二人の人物が現れた。一人は十歳ぐらいの少年。もう一人は十七か十八歳ぐらいの少年だ。
二人の顔を見て、彼は目を大きく見開いた。
「トヨ!?」
思わず長男の名を叫んでから、彼は「いや……」と首を横に振った。
目の前の二人は、たしかに彼の息子の、十歳の時と十八歳の時に酷く似ている。だが、明るい性格の息子とは、明らかに雰囲気が違う。それに、着ている服に見覚えがあり、懐かしさまで感じる。
「……昔の俺、か……」
溜め息を吐くように呟いた。
目の前にいるのは、若かった頃の己。自由を知らず、家族も友人もおらず。いつも緊張していた、あの頃の。
緊張を強いられ続けた生活のためだろう。二人とも、眉間に皺が寄っている。そう思ってから、彼はそっと、己の顔を撫でてみた。
眉間の皺は、ほとんど無い。それどころか、目元や口元に薄らとだが、笑い皺が感じられるような気がする。
それに気付いた時。目の前の二人が、不意に微笑んだ。眉間の皺が消え、彼に近寄ってくる。思わず、彼は二人に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
すると二人はにっこりと笑い、手を差し出して彼の頭をぐしゃりと撫でる。撫でながら、口々に言った。
「頑張った」
「頑張ったな」
言われて、目を瞬き。そしてこれまでの人生を思い返すと、彼もまた、ふっと微笑み、頷き。そして、二人を抱き寄せ、強く抱きしめながら呟いた。
「あぁ……頑張った」
(了)