努めた彼に誉の花を
華奢で、色白で、吹けば倒れそうな容姿で。
そのくせ、頑固で、何もかも自分一人で抱え込んで、無茶をして。
いつもどこか不機嫌そうで、耐え切れないほど弱ると、どこか儚げで。
こいつはいつ死んでもおかしくない、と。傍で見ていて、何度冷や冷やしたかわかったものじゃない。
それが気付けば、よく笑うようになって、恋愛して、成人して結婚して。子どもまで授かり、幸せな家庭を築いていて。
本当に、よくもまぁ……。
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「よくもまぁ、ここまで這い上がれたものよね」
呟きながら、彼女は目の前の墓石に軽く触れた。ざらりとした感触が伝わり、目を細める。思えば、この石の下に眠る彼と出会ってから、早四十年。若かった手も、すっかり皺が刻み込まれてしまったな、と苦笑した。
「流石に六十歳は無理だったけど、早死にしそうな事ばっかりしてた割には長持ちしたんじゃない?」
結構酷い事をさらりと言いながら、彼女はからからと笑う。こうして笑っていると、今にも彼が「おい、ろくでもない事ばかり言うんじゃない!」などと怒りの言葉を隣からかけてきそうで。
臨終の場面には自分も居合わせたはずなのに、数年経った今でもその実感が湧かない。それで、ついついその場に彼がいるような口をたたいてしまう。
「何だかんだで、あんたとの旅、面白かったわよ。たった数ヶ月だったけど」
そう言ってから、「そうだ」と楽しそうに呟いた。
「何十年後になるかわからないけど、私がそっちに行ったら、また旅をしましょうよ。トゥモくんや、ヒモトちゃんも一緒に。前の旅の時は、一から十まで私があんたに教えてあげたけど……今度は、あんたの方が先輩になるんだから。色々と教えてよね」
また、彼の声が隣から聞こえてきそうな気がした。「何歳まで生きる気だ」と呆れているような気がする。
「さぁねぇ?」
からかうように、宙に向かって答える。そんな彼女に、甲高い声がかかった。
「ばあちゃん、いつまでじいちゃんの墓と話をしてんのさ? もう帰ろうよー」
「こら、じいちゃんじゃなくて、先王陛下だろ!」
「けど、俺の母ちゃんの方のじいちゃんじゃん!」
そんな彼女の息子と孫息子のやり取りに、彼女は思わず噴き出した。
「良いわよ良いわよ、じいちゃんで。元々気取ってるのが苦手な奴だったんだし。って言うか、孫に先王陛下とか堅っ苦しい呼び方されたら、逆に拗ねるわよ、きっと」
そして、ちょっと待ってね、と孫に断ってから、再び墓石に向き直る。
「信じられないわよね。あんたと私が、おじいちゃんとおばあちゃんだなんて。……孫の成長した姿を見せにわざわざ連れてきてやったんだから、ちゃんと感謝しなさいよ?」
少しだけ凄んで言う。すると風が吹き、辺りの草がざわざわと揺れた。その音が、まるで笑いさざめいているようで。あ、今笑ったな、と感じた。
「……本当に、よくやったわよ。どん底みたいな立場から這い上がって、家族を取り戻して、好きな人と結婚して、幸せな家庭を築いて、王様になって。おまけに、きな臭かったホワティア国とも友好関係を築いちゃったんだから」
そう言って、もう一度墓石に触れる。そして、ふっと微笑むと、優しい声音で言った。
「本当に……よく頑張ったわね」
墓石を撫でた。頑張った子の頭を、母親が撫でるような優しい手つきで。頑張った、頑張った、と。
頑張り続けた彼に、誉の花を授けるように。
何度も何度も、繰り返し撫で続けた。
(了)