国王陛下と衣装係の攻防





「陛下! 久々に採寸するです!」

突然扉を開けて入室してきた衣装係のスプリィに、ワクァは「は?」と動きを止めた。花瓶に花を活けていたヒモトも、驚いた顔をして固まっている。

「……とりあえず、ノックぐらいはしろ」

「すみませんです! それより、採寸させてくださいです!」

全く反省していない様子のスプリィに溜め息を吐き、何故今採寸の必要があるのかと問う。しばらく、衣装を新調する必要があるような儀式や祭典は無かった筈だ。

「たしかに、すぐに新調する必要は無いです。けど、体のサイズが変わっている可能性があるなら、すぐに新しい数値を調べておくのも、衣装係の大切な仕事です!」

増々不可解だ、という顔をワクァはした。前に採寸してから、たしか半年も経っていない。

「そうは言っても、暗殺騒ぎがあってこの一ヶ月近く、仮病で寝ていらっしゃったですから、食事量や運動量がいつもと違っていたです! なら、筋肉や脂肪の増減があってもおかしくないです! なので、改めての採寸を要求するです!」

仮病の話を持ち出されてしまうと、反論が難しい。面倒臭いが、渋々「好きにしろ」と答えた。そして。

「今までの採寸も殆ど変わっていなかったんだし、今回も変わらないと思うんだがな……」

この呟きがスプリィのおかしなやる気に火をつける事になろうとは……発言者のワクァ本人は、まったく思ってもいなかった。





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「有り得ないですーっ!」

キンキンと甲高い声で叫ぶスプリィに顔を顰めながら、ワクァは上着を着直した。横ではヒモトが苦笑している。

「ウエストサイズが一切変わってないって、どういう事です!? おかしいです! 有り得ないです!」

「有り得なくても、実際変わってないだろうが」

言われて、スプリィは「うー……」と唸りながら顔を真っ赤にしている。そして、「隙ありです!」と叫ぶやワクァの腹部に手を伸ばす。しかし、その手は腹を掠めただけで、空を掴んだ。

「……掴めないです……」

「いきなり人の腹を触ろうとして、第一声がそれか」

「だって、陛下の歳なら、そろそろお腹に肉がついてきてもおかしくない頃です! なのに掴める肉が全く無いとか! 相変わらずやせ過ぎです!」

「陛下がやせ気味なのは否定しませんが、毎日トヨと剣の手合わせをしていますし。仮病を使っていた間も、夜中にこっそりと運動していましたから、脂肪が増えていなくてもおかしくはないかと」

苦笑しながら、ヒモトがフォローの言葉をかけてくれる。しかし、それだけではスプリィは納得しない。

「おかしくなくても、おかしいです! 十五年前、最初に採寸した時より食べる量は増えていると聞いているですし、加齢で代謝は悪くなってるはずです! なのに十五年前とサイズが同じ! おかしいです! 私はかなり変わりましたのにです!」

そこか、と、何故か酷く納得した。要は、悔しいのだ。ワクァが一向に体格が変わらないのが。たしかに、十五年前と比べてスプリィは大分丸く……いや、ふくよかに? いや、そうではなく大柄……違う……逞しく……?

「目が口ほどに物を言っているです! 上手くフォローできる言葉を探してる様子が、却ってムカつくです! それだったら、すっぱり太ったと言われた方がずっとマシですー!」

キーキーと騒ぎ、収まりそうにない。ワクァとヒモトは、困ったように顔を見合わせた。

そして、しばらくするとスプリィはぴたりと動きを止め、やや据わった目でワクァを見上げた。

「そうだ……陛下、ちょっとこれを着てみて欲しいです」

そう言って取り出したのは、黒くて少々古い服。それを見て、ワクァは目を丸くした。

「懐かしいな……と言うか、何でお前が持っているんだ」

それは十五年前、ワクァが旅をしていた時に着ていた服だ。ところどころにほつれを直した箇所があり、それを見ると旅をしていた時の事がまるで昨日の事であるかのように蘇ってくる。

「陛下がまだ殿下だった頃、似たようなデザインの服しか着てくれなかった時期があったです。だから、新しい服を作る時の参考にするために、取っておいた物が、今でも残っていたです」

そう言って、ずいっとその服を突き出してくる。思わず受け取り、そしてどうした物かと考えながらヒモトの方を見る。

「たまには、良いのではありませんか? 派手な服でもありませんし、今でもそれほどおかしくはないかと」

楽しそうに言われて、なら……と半ば渋々袖を通してみる。ぴったりだ。どこかが突っ張ったり、引っ掛かったりという事も無い。

「……うー……」

スプリィが、また唸った。ワクァは、思わず身構える。そして。

「やっぱり、有り得ないですー! 三十過ぎて、十八の時の服が着れるなんて! しかも、違和感もゼロです! 有り得ないです! こんなの詐欺ですー!」

「やらせておいて詐欺師呼ばわりか!」

呆れた様子で言えば、相変わらずスプリィは「うーうー」と唸っている。採寸の話から、何故こんな事になってしまったのだろうか。

「父様、母様? どうしたの?」

騒ぎを聞き付け、遂にトヨが顔を覗かせた。そして、ワクァの恰好を見てパッと顔を輝かせる。

「父様、それって、昔父様が旅をしていた時に着てたっていう服?」

「あ、あぁ……」

頷けば、トヨは増々顔を輝かせる。

「すごい! 旅をしてた時の話はヨシやトゥモから何度も聞かせてもらったけど、父様がその恰好をしてるの、初めて見た!」

そう言えば、トヨはヨシやトゥモ、フォルコにウトゥアにヒモトなど、大勢の人間からワクァの昔の話を聞かされているのだった。どうやらトヨは冒険譚が好きらしく、しかも自らの父親であるワクァが主人公である昔話を聞くのが嬉しいようだ。

トヨは、ワクァの元に駆け寄ってくると、少し甘えるような声で言う。

「ねぇ、父様の昔話、たまには父様から聞かせてよ!」

甘える様子は、もう十歳なのにと思うべきなのか、まだ十歳なんだなと思うべきなのか。とても、先日ワクァの病を治すためと言って城を抜け出して旅をし、ホワティアの者達と剣を交えたとは思えない。

ワクァは苦笑し、トヨの頭を撫でる。

「わかった。まだ少し書類が残っているから、その後で良ければな」

「やった!」

喜んで飛び跳ね、トヨは嬉しそうな顔のまま部屋を駆け出ていく。その後ろ姿を眺めながら、スプリィが少々胸を張って言った。

「どうです? たまには、昔の服も着てみるものです! 殿下があんなに喜んでいる姿を見られて、陛下と王妃様も嬉しくないです?」

「お前、絶対最初はただの嫌がらせのつもりだっただろう……?」

呆れて言えば、スプリィは「てへっ! です!」などと言いながらウインクして見せてくる。更に呆れ返り、ヒモトと顔を見合わせて苦笑する。

トヨとの約束を破るわけにはいかない。さっさと書類を片付けてトヨの元へ行こうと考え、ワクァは着替える事もしないまま、机の方へと視線を向けた。










(了)










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