皆が笑顔になるために
ある日、ヨシ宛にトゥモから手紙が届いた。
時を同じくして、ユウレン村の若者達にも、トゥモから手紙が届いた。
内容は、どちらも同じ。
ワクァの結婚式が近付いているから、衣装合わせを見に来ないか、という。
そうか、もうすぐなんだな……と、手紙を受け取った一同は所を別にしながら、同じように微笑んだ。
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衣装合わせの部屋に入り、ヨシ達は揃って、ほう……とため息を漏らす。
「これは……想像以上だなぁ」
「綺麗っス」
「本当……ここまで綺麗だと、溜め息出ちゃうわね……」
そう言って、微笑ましい顔をして皆が見詰める先にいるのは、ウェディングドレスを纏った花嫁であるヒモト……ではなく、男性用の婚礼衣装を試着中のワクァである。
「……普通、その言葉は花嫁にかけるものじゃないのか……?」
うんざりした顔で、ワクァが言葉を吐いた。衣装合わせと言っても、相手はテア国の王女。わざわざそのためだけにヘルブ国まで来てもらうわけにもいかない。当然、今この場で衣装合わせをしているのは、ワクァ一人だけである。
白と深みのある青を基調とした上着には金糸や銀糸で繊細な刺繍が施されており、それを纏う当人の容姿も相まって、まるで別世界の人間を見ているかのような気分になってくる。
その様子に、衣装係のスプリィがうんうんと満足気に頷いた。
「作った私と、着る当人である殿下の目だけじゃなくて、客観的な意見がたくさん欲しかったです! 皆さんに褒めて頂ける出来だって事を確認できて、満足です!」
「それだけじゃないっス。当日は、多分自分達は近くで見る事も、ワクァと話す事も難しいっス。だから、ワクァと親しい人を衣装合わせに呼んで、ちゃんと間近で見て貰おうって、スプリィが」
嬉しそうに補足するトゥモに、スプリィも笑って頷く。そして、ヨシとユウレン村の若者達はニヤリと笑った。
「いやぁ、まさかワクァが、こんなに煌びやかな衣装を着ているところを見れる日が来るとは思わなかったわぁ」
「すげぇなぁ。まるで、物語の中から抜け出してきたみたいだぞ?」
「それにしても、ワクァも遂に所帯を持つのかぁ。嫁さんになる王女様、綺麗で趣味も合って、料理も美味いんだろ? 良かったなぁ!」
「お前、苦労してきたもんなぁ。嫌な事もたくさんあったし……。それが、良い嫁さん貰って幸せになれるのかと思うと、俺達も嬉しいよ!」
「俺はこの中じゃ真っ先に結婚したけどさ。良いもんだぞ? まぁ、嫁さんの尻に敷かれちゃってるけどさ。それはそれで、楽しい面もあるし」
冷やかしながらも心から祝ってくれているらしいその様子に、目頭が少しだけ熱くなる。「泣くな泣くな」と、苦笑する声が聞こえた。
「お前、この二年ぐらいの間に、ちょっと涙もろくなったよな」
「そんだけ、隙を見せれるようになったって事だろ。気を許せる相手が増えたし、周りを頼れるようになったって事だよ。良い事じゃねぇか」
「けど、ほどほどにしとけよ? 弱いところを見せ過ぎると、あっという間に尻に敷かれるぞ?」
「大丈夫よ。もう手遅れだから」
ヨシの言葉にワクァはがくりと肩を落とし、男達は楽しそうに笑う。そんな中、スプリィがワクァの周りを未だにちょこちょこと走り回っていた。
「……スプリィ。どうしたんスか?」
トゥモに問われて、スプリィは「あぁ」と顔を向けた。
「色んな角度から見た感じを、再確認しているです。見たところ問題は無さそうですので、次はお化粧をするです!」
「……は?」
一文字だけ声を発して、ワクァは固まった。「男なのに化粧までするなんて聞いてない」という顔だ。
「殿下、甘いです! たしかに殿下は、化粧なんかする必要が無いぐらい綺麗な肌をしてるです! それに、男性ですから、それほど化粧の必要性は感じられないかもしれないです! けど、それとこれとは話は別です!」
「何がどう別なんだ!?」
抗議の声を向ければ、スプリィはち、ち、ち、と指を振って見せてくる。
「綺麗なのは結構です。ですが、化粧をまるでしていないと丸わかりなのは、流石に駄目です! 化粧というひと手間を加える事で、式に参加してくれた人、見守ってくださる神様、全ての人に対して「あなたの目を楽しませるために時間をかけました」というアピールになるです! 化粧が肌に合わないと言うならともかく、そうでないなら薄化粧だけでもするのが参列してくれる人への礼儀ってもんです!」
「それっぽく言ってるけど、多分こじつけだよな、あれ……」
「あぁ。自分が望む最高の状態に持っていきたいだけだよな」
ユウレン村の若者達によるヒソヒソ話など全く気にならない様子で、スプリィは粉と刷毛を取り出して身構える。
「二年前の戦争で、ホワティア陣へ潜入するべく、殿下が化粧までして王妃様に変装した事は知っているです! 化粧が合わないなどとは、言わせないです!」
ワクァは既に、腰が引けている。そして、ヨシ達は助けに入ろうとする姿勢すら見せない。王族の儀礼などは何一つ知らないし、ここは衣装係であるスプリィに任せておくのが一番良いのだろう。多分。
「それと、化粧だけでは終わらないです! 勲章を初めとして、身に付けるべきアクセサリーもそれなりにあるです! シンプルな衣装で結婚式を挙げれるなんて、夢にも思わない事です!」
スプリィは非常に嬉しそうで、楽しそうだ。目が爛々と輝いている。怖い。
「あー……スプリィちゃん? 流石に、ワクァ泣きそうだから。追い詰めるのはほどほどにして、そろそろトドメ」
「ひでぇ!」
同じく楽しそうに言うヨシに、男達が同情の叫び声を上げる。すると、スプリィがキッと目を剥いた。
「酷くないです! 飾り付けに関して、私は一切妥協する気は無いです! 儀式における王族の役割は、人々の標であり、憧れです! それは、結婚式でも同じ事です! 当然、人々が見て憧れを抱くような見た目であるべきなんです! だから当日、殿下には立派な見世物になって頂くです!」
「見世物……」
「今、見世物って言った……」
「あぁ。たしかに言った……」
ワクァが呆然として呟き、他の男達もひそひそと囁き合う。その様子を眺めながら、ただヨシとスプリィの二人だけが、楽しそうに笑っていた。
# # #
「……お疲れ」
衣装合わせが終わり、全員に茶器が配られたところで、ユウレン村の若者達はワクァの肩を軽く叩いた。
ワクァは普段着に着替え、化粧も落としたためか、酷くホッとした顔をしている。そんな彼に茶菓子を勧めながら、アークが問うた。
「そういや、トゥモからちょっとだけ聞いた話なんだけどよ。衣装以外にも頭を悩ませるような事が起きてるんだって?」
すると、ワクァは頷き、難しい顔をする。
「ヒモトの父親……テア国のクウロ王が、絶対に式には来ないと言っているんだ。体面的にも個人的にも、できれば来て頂きたいんだが……王が国を留守にするわけにはいかないと言われればな……」
後継ぎであるセンが国を守るから行ってこいと言われても、折角招待してくれているのだから末娘の花嫁姿を拝んでこいと息子と家臣達総出で言われても、梃子でも動かないつもりらしい。
「見たいけど、溺愛してた娘がよその男の物になるための式なんか見たくないってとこかしらね? あとは、感極まったところを他国の人間に見られたくないとか」
「テア国じゃ、やっぱり娘を嫁に出したくないと言って、式の最中にワクァに斬りかかったりしたらいけないから、なんて説まで出てるみたいっスね」
物騒な説を口にするトゥモに、全員が「縁起でもない!」と目を剥いた。
「……で、その件に関しては、「じゃあ、テア国でも結婚式をあげちゃえば解決じゃない」ってウトゥアさんが言ってたわね」
「……は?」
ワクァが、茶を飲みかけていたままの姿で、固まった。
「……待て。何の話だ?」
「あれ? 聞いてないの? 国を守らなきゃいけないから式に来ないと言ってるなら、テア国内で式を挙げちゃえば来ざるを得ないだろう、って話。ワクァがヒモトちゃんを迎えに行く形でテア国に行って、国境沿い辺りでまずは略式で良いからテア国風の式を挙げて、その後改めてヘルブ国で正式にヘルブ国風の式を挙げたらどうだって……」
「あ、それ殿下に言ったら多分二の足踏むだろうから、決まってからの事後承諾にしとこうってウトゥア様が言ってたです」
スプリィが小物の手入れをしながら、あっさりと言い放った。曰く、ヘルブ国の衣装打ち合わせだけでも目が半ば遠くを見ているのに、ここでテア国風の衣装打ち合わせまでやる事になるなどと言ったら絶対に逃げ腰になるだろう、との事だ。
「……否定はできないな……」
「いや、そこは否定しましょうよ。己の名誉のためにも、ヒモトちゃんのためにも」
ヨシに言われて、ワクァは難しそうに唸る。己の名誉はこの際どうでも良いが、ヒモトのため、というのは考え込んでしまう、といったところか。父親に嫁に行く姿を見せる事ができれば、きっとヒモトは嬉しいだろうから。
「向こうが承諾したら、やれば良いと思うです。たしかに、半分は政略結婚です。けど、ちゃんと好き合っての、幸せな結婚でもあるです。幸せな結婚は、たくさんの人のお祝いの笑顔で、もっと幸せになれるです」
スプリィが言えば、トゥモも頷いて見せる。
「そうっスね。クウロ様が笑顔で祝ってくだされば、きっとワクァもヒモト様も、もっと幸せになれるっス」
その言葉に、周りも頷く。そして、スプリィがうずうずとし出した。
「テア国での結婚式もする事になれば、テア国風の婚礼衣装も作る事ができるです。腕が鳴るです!」
「結局それが目的か!」
思わず叫べば、スプリィは「てへっ、です」などと言って誤魔化そうとする。そして、その様子に周りは笑う。
その様子に、ワクァはふと、まぁ良いか、と思った。
たしかに、二回分も衣装の打ち合わせや衣装合わせをするのは、躊躇いがある。そんな物、理由を付けて着せ替え人形にされるオチになるのが目に見えているからだ。
だが……酷い実害があるわけでなし。それで笑顔になる人が増えるなら……ヒモトがより幸せになってくれるのなら。
そこまで考えたところで、それ以上の思考を茶と一緒に飲み下す。
あとは、成り行きに任せよう。そう結論付けて、ワクァはただ、友人達に向けて苦笑いをして見せるのだった。
(了)