強いのはどっち?
「そう言えば、ワクァとヨシさんって、どっちの方が強いんスか?」
訓練の合間の、休憩時間。ちゃっかりと混ざって剣の稽古をしていたワクァに、トゥモが何気なく問うた。
「……は?」
問われた意味がわからず、ワクァは怪訝な顔をする。どちらが強いと言われても、二人の戦闘スタイルは全然違う。何を基準にして考えろと言うのか。
「例えばっスよ? 有り得ない話っスけど、ワクァとヨシさんが真正面から対立して戦う……なんて事になったら、どうなっちゃうんスか?」
「あぁ……」
やっと、どういう答を期待されているのかがわかった。ふと周りを見れば、同じく休憩中の兵士達がこちらをちらちらと気にしている。皆、そんなに己とヨシの強さが気になるのか。
……いや、気にされているのは、ヨシの実力か。何しろ、バトラス族については〝最強の戦闘民族〟という言葉が一人歩きしている状態だ。どのように戦い、どれほど強いのか、正確に理解している者は国内でも少ない。
逆に、ワクァは戦い方が普通であり、使用する武器もリラのみ。戦い方がわかりやすく、強さも測りやすい。
そして現状、城内にワクァより強い兵士はいない。武門の家で生まれ育った武官ですら、敵う者がいるのかどうか……。
ヨシは、ワクァよりも強いのか、弱いのか。それがわかれば、多少はヨシの強さを……延いては、バトラス族の強さを知る事ができる。そういう考えなのだろう。
「そうだな……」
ワクァは考え、そして、少々顔を顰めた。思い至った結論は、少々癪に障るものだったからだ。
「正直に言うと、ヨシには勝てる気がしない」
ざわりと、空気がざわめいた。トゥモを初め、兵士達が皆目を丸くしている。そこでワクァは、少々慌てて補足した。
「勿論、剣で戦えば、負ける気は無い。だが……それは、戦いの場で使用できる武器は剣のみ、試合のルールに則って……という前提があればの話になるな……」
「……どういう意味っスか?」
問うてはいるが、ユウレン村でヨシの戦い方を目撃しているトゥモにはもう答はわかっているだろう。今問うているのは、あくまで他の兵士達の代弁だ。
「ヨシ……バトラス族は、辺りにある物を何でも知恵と工夫で武器に変えてしまう。あいつらにかかれば、そこに咲いている花でも、さっきトゥモが水を飲むのに使った水筒でも、何でも凶器に変わりかねない」
兵士達が、驚いて辺りの花を摘んで振り回してみている。勿論、ただ振り回すだけでは花が凶器になるなど有り得ない。だが、それを可能にしてしまうのが、バトラス族だ。
「おまけに、戦いに関しては本当に容赦をしないからな。必要とあれば遠慮無く急所を狙うし、どんな体勢からでも、どんな動きも可能にしてしまう運動神経も持っている。それに何より、何を考えているか読めないから、先回りしての対処もできない。ガチガチにルールを決めないと、本当に勝てる気がしないな……。味方の時は頼もしいが、もし敵に回ったらと思うと、怖過ぎる。ヨシとは、絶対に戦いたくない」
そう言って、軽くため息を吐く。その時だ。
「お褒めの言葉をどうも」
背後から聞こえてきた声に、ワクァはびくりと固まった。見れば、横に座るトゥモなどは石化したようになっている。
恐る恐る振り返ってみれば、案の定。何やら楽しげな笑顔を浮かべたヨシが、そこに立っていた。
「よ、ヨシ……いつからそこにいた……?」
「そうねぇ。「正直に言うと、ヨシには勝てる気がしない」ぐらいからかしらね?」
ほぼ最初からだ。ひくりと口角を引き攣らせたワクァに、ヨシは楽しそうに言う。
「それにしても、ワクァがそこまで私の事を買ってくれていたとは思わなかったわぁ。けど、机上の空論、論より証拠って言葉もあるものね。……というわけでっ!」
言うや否やヨシは鞄に手を突っ込み、中から何かを取り出した。
これは、まずい。一瞬でそう判断したワクァは立ち上がり、一息に後ろへと跳ぶ。
「おい、何のつもりだ、ヨシ!?」
「え? グダグダ言葉を並べるよりも、実際に戦ってみた方が早いしわかりやすいでしょ?」
「それはそうかもしれないが、いきなり始める奴があるか! と言うか、話を聞いていたか? 俺は、お前とは、絶対に、戦いたくない!」
短く切れ切れになった言葉が、ワクァの本気度を思わせる。本気で、ヨシとは戦いたくないのだ。
「何か、お前とは戦いたくないって言われると、物語のヒロインか、主人公の親友ポジションにでも収まったような気分になるわねぇ。まぁ、この場合戦いを回避できるパターンなんて殆ど無いけど」
「誰がヒロインだ? 必要となれば森を焼くわ、人を肥溜めに突き落とすわ、無差別攻撃を仕掛けるわ……。どう見てもヒロインじゃなくて、森の中で人に悪さをする悪魔だろうが!」
「ワクァ、その発言はまずいっス!」
トゥモが悲鳴をあげるように忠告を発するが、もう遅い。一度口から飛び出た言葉は、引っ込む事が無い。
ワクァはハッと我に返って、ヨシの様子を窺う。俯いている。言い過ぎた事で、泣かせてしまったか? ……いや、ヨシはそんなガラじゃない。むしろ……。
「ふ、ふふふ……」
怪しげな笑い声が、ヨシから漏れた。やはりそうか、と、ワクァは迂闊な発言をした己を恨む。
「上等じゃないの。ならば、今この場で、人々を惑わす森の悪魔を退治してみせるが良い、美しき聖騎士よ!」
怒りと悪ノリが綯交ぜになっている。これは、非常に面倒臭い事になったな、とワクァは後悔を禁じ得ない。溜め息を吐きながら、リラに手を遣った。
「勝てる気はしないが、せめて無様な負け方は回避したい。頼むぞ、リラ……」
力無く呟き、刃を抜き放つ。兵士達から、「おぉっ!」というどよめきが起こった。その間にも、ヨシは先ほど鞄から取り出したガラクタを手先で器用に組み合わせている。自分は、一体これから何をされようとしているのだろうか……。
その十数分後、勝負はワクァの予想通り、ヨシの勝利で幕を下ろした。健闘したワクァは、辛うじて無様な負け方だけは回避できたが、後ほどトゥモに
「だから、嫌だと言ったんだ……」
と、こぼしたという。
(了)