ガラクタ道中拾い旅
最終話 ガラクタ人生拾い旅
STEP2 新たな旅を拾う
3
翌日の朝議には、ワクァは姿を現した。まだまだ死ぬような事は無い、心配する事は無いと、そう言いたげだ。
しかし、その後ろには先代の王が渋い顔をして臨時に設けられた席についている。いつワクァがいなくなっても対処をする事ができるようにしている事は、明白だった。
朝議の後、自室に下がる途中でまた倒れたという。当人は、一日二日休めば治ると言っているが、どう見てもそうは見えない。
その後も、何とか朝議には出るものの倒れたり、熱を出して寝込むような事が増えた。以前は毎日のように見えていた外を出歩く姿を、もう何日も、誰も見ていない。どうやら病は本格的に篤いようだと、人々の口の端に上った。
ワクァが身罷れば、先代の王を後見として、まだ十歳のトヨが王位につく事となる。政治は不安定になるのではないかと人々は囁き合い、気の早いものは治安が悪くなる前に、と故郷へ帰っていった。城中でも、逃げるように帰郷した使用人が何人かいるという。
そんな噂から逃げるように、トヨは中庭へと出た。マフにもたれ掛り、いつもワクァと手合わせをする広い場所をぼんやりと眺めた。もう何日も、いつもの手合わせをしていない。ひょっとしたら、今後もう二度とできないかもしれない。そう考えただけで、じわりと涙が湧いて出てくる。
余程、思い詰めた顔をしていたのだろうか。バルコニーからトヨの姿を見付けたヨシが、足早に中庭へとやってきた。ワクァを見舞ってきたところだという。
「食事はちゃんと摂れてるみたいだけど、やっぱり顔色は悪いわね。ヒモトちゃんが付きっきりでいるから、部屋を抜け出して無茶をするような事は無いと思うけど……」
薬を飲んで、今は眠っているという。
「薬……」
トヨは、ぽつりと呟いた。そして、マフの毛皮に顔をうずめながら言う。
「どんな病気でも治す薬って、無いのかなぁ……? 父様の病気を、あっという間に治しちゃうような。そんな薬があるなら、僕……どんなところでも、取りに行くのに……」
「……そうね……」
二人で、暗い顔をしてため息を吐く。その時だ。
「ヨシさん!」
「トヨ様!」
「殿下!」
三色の声が聞こえ、ヨシとトヨは振り向いた。三人の男女が、こちらに向かって歩いてくる。
「あ、ニナンくん。ファルゥちゃんに、シグくんも」
声をかけてきたのは、今やタチジャコウ家当主となったニナン=タチジャコウ。そして未だ嫁にも行かずにマロウ家を陰で取り仕切っているというマロウ家の末娘、ファルゥ=マロウと、その義弟のシグ=マロウだ。シグは成人する際に、正式にマロウ家の養子となり、ファルゥの弟となっている。
「どうしたの? 三人揃って……」
ヨシが問うと、ファルゥは沈んだ面持ちになる。それで、何故ここにいるのかはわかった。
「陛下……ワクァ様がお倒れになったと聞きまして。父の名代として、シグと二人、取る物もとりあえず駆け付けたところですの。我がマロウ家は、以前ワクァ様に救われた事がございます。何か、お力になれる事は無いかと思って……」
「陛下は、僕にとっても恩人です。病と聞いて、居ても立ってもいられなくなってしまい、ファルゥ姉さんに無理を言って連れてきてもらいました」
「言われずとも連れてくるつもりでしたわよ、シグ。お世話になった方がご病気だというのに、見舞いに行こうとも思わないようなら、マロウ家から叩き出すところですわ」
姉弟のやり取りに、横にいたニナンが苦笑する。そして、胸に手を当てて痛ましげに言った。
「陛下は、私にとっては友であり、兄のようなお方です。何度守られたかわからない。医師に話を聞き、薬やその材料……必要な物があれば集めるお手伝いをしようと思いまして」
「必要な物……」
呟き、そしてトヨはニナンを仰ぎ見た。
「ニナン、どんな病気でも治す薬とか、聞いた事は無い?」
「どんな病でも治す薬……ですか?」
困惑気な顔をするニナンに、トヨは力強く頷いた。
「……わかってるよ。そんな都合の良い薬、普通に考えたら無いって。あったら、とっくに誰かが用意して、父様の病気は治ってるはずだから。けどさ、ひょっとしたら……誰も信じていないだけで、本当にどんな病気を治せる薬も、この世のどこかにはあるかもしれないじゃない!」
トヨ以外の四人は、顔を見合わせた。ニナンが、優しくトヨの顔を覗き込む。
「あったら……ご自分で取りに行き……陛下の病気を治すと? そういう事ですか、殿下?」
トヨは、もう一度強く頷いた。
「取りに行くよ。どんな山の上でも、谷の底でも、森の奥でも、海の底でも、どこにだって取りに行く!」
強い言葉に、ヨシ達は揃って困った顔をする。だが、誰も馬鹿にしていない。そんな薬が本当にあるのなら、探し出してワクァの病を治したいというのは、全員が感じているところだ。
「……ファルゥ様、シグ様。そのような薬の話を聞いた事は?」
ニナンの問いに、ファルゥとシグは残念そうに首を振った。
「残念ながら、存じ上げませんわ。不勉強故、私が知らないだけかもしれませんが……」
「僕も、薬にはそれほど知識が無くて……」
二人は、ヨシに視線を向ける。
「私も、傷薬や腹下しの薬はよく知ってるつもりなんだけど、どんな病気でも治す薬となると……」
全員で、唸る。すると、ニナンが「なら……」と口を開いた。
「詳しそうな方に訊いてみた方が早いかもしれませんね」
「薬に詳しい人って?」
トヨの疑問に、ニナンはにこりと笑う。
「いるでしょう? 薬に限らず、何にでも詳しい方々が」
「あ、ウルハ族……!」
そうだ、そう言えばウルハ族は、蓄えた知識はヘルブ国一と言われている民族だ。体は小さく戦闘には向かないが、その知識量に敬意を払っている者は多い。
「聞くとしたら、やっぱショホンさんかしらね? ウルハ族の集落に行けば会えるかしら?」
すると、ニナンは難しそうな顔をする。
「どうでしょう? 私達と同様に、ウルハ族やフーファ族の族長も、陛下を見舞うためにヘルブ街に向かっている可能性もあります。今から行くと、入れ違いになってしまうかも……」
「一旦手紙を送って、その返事を待ってから行った方が良いかもしれませんね」
ニナンの言葉にシグが頷きながら言うと、トヨは「待ってられないよ!」と叫んだ。
「父様、すごく苦しそうなんだよ? 待てば待っただけ、父様が苦しい想いをするんだよ!? 入れ違いでも良いよ。ショホンがいなくても、他にも詳しい人はいるかもしれないじゃない! 僕、今から行く!」
高らかな宣言に、ヨシ達は揃ってギョッとする。
「ちょ……ちょっとトヨくん? 今から!?」
「今から!」
言うや否や、トヨはマフから飛び降り、城内に戻る道を歩き出す。旅の準備をするつもりでいるようだ。
「まさか、一人でウルハ族の集落まで行かれるおつもりですか?」
「勿論。旅に出るからお供をつけて、なんて言っても、母様やフォルコに怒られるだけだし」
慌てて追いついてきたニナンに、トヨは歩きながら答える。ヨシとファルゥ、シグも追い付いた。
「黙ってお城を出るつもりですか?」
「黙って出なきゃ、出してもらえなくなるし」
「危ないですわよ!」
「僕よりちょっと大きいぐらいの時に、木剣一本で盗賊に喧嘩売ったって言うファルゥに言われたくないよ」
「突然いなくなったって聞いたら、ワクァが心配するわよ! 心配のせいで、ワクァの病気が悪くなっちゃっても良いの!?」
ヨシの言葉に、トヨはぴたりと足を止めた。そして、キッとヨシを睨み付ける。
「じゃあ、もしも……もしもだよ? 父様が本当に死んでしまうかもしれないってなった時、ヨシは同じ事を言える? ひょっとしたら助ける事ができるかもしれないのに、その可能性を捨てるの?」
そう言われて、ヨシは黙り込んだ。捨てる事はきっと、できない。
「なら……こうしましょう」
しばし考えた末、ヨシは口を開いた。
「私が、トヨくんと一緒に行くわ。私の顔はウルハ族の誰もが知ってるから、話を通すのも速いだろうし。ニナンくん達、しばらくお城にいるわよね?」
ニナン達が頷き、ヨシも頷いた。
「もしトヨくんの姿が消えた事で誰かに何かを訊かれたら、私が一緒だから心配しないように言ってあげて。連れ戻されるといけないから、できるだけ、私達がヘルブ街を離れた頃までは、誰にも知られないように……」
「……となると、タイムリミットは今日の夕飯時までですわね」
そう言って、ファルゥは「ふむ」と唸った。
「では、シグ。貴方もついておいきなさい」
「僕が、ですか?」
目を丸くするシグに、ファルゥは頷いた。
「今こそ、ワクァ様に受けた恩をお返しする時ですわ。トヨ様もお強いと伺ってはいますが、そこに元々強い上にワクァ様から直々に剣の手ほどきを受けた貴方が加われば、向かうところ敵無しでしょう」
「ファルゥ……」
驚いた顔をするトヨに、ファルゥはにこりと笑った。
「行く事で、何かを得る事ができるかもしれませんし、できないかもしれませんわ。ですけど……何もやらずにああすれば良かったと後から悔やむよりも、全力を尽くして動かれた方が……何があっても、トヨ様も納得できますでしょう?」
ファルゥの言葉の意味をしばし考え、トヨはこくりと頷いた。ヨシが、パンと掌を打つ。
「そうと決まったら、早速準備をしないと! 私は急いで、宿を引き払ってくるわ。トヨくんとシグくんは、荷物をまとめたらヘルブ街を出る門の前で集合! 良いわね?」
「あの……殿下をどのようにお城の外へ連れ出せば……?」
困ったように問うシグに、ファルゥが「少しはお考えなさい」と叱り付けた。
「父君のご病気が篤く意気消沈なさっている殿下を慰めるために、街を見物に連れてまいります、とでも言えば済む話ですわ。何なら、私から話を通しておきます。貴方は細かい事を気にせず、殿下をお守りする事だけを思えば良いのですわ」
「……わかりました!」
強く頷き、シグはトヨに視線を向ける。
「それでは、殿下。急いで準備を」
「わかってる」
頷き合い、シグとトヨは走り出した。ヨシも宿へ向かうために走り出す。
後に残されたニナンとファルゥは、微かにため息を吐いた。
「これで……本当に薬が見付かって、ワクァ様が快癒なされば良いのですけれど……」
「そうですね……」
何かを考えながら頷くニナンに、ファルゥは眉を顰めた。
「どうかされまして?」
その問いに、ニナンは「いえ……」と遠慮がちに口を開く。
「何かちょっと……おかしいな、と思いまして」
「……おかしい、とは?」
訝しげな顔をするファルゥに、ニナンは少し迷ったような顔をすると、思い切ったように口を開いた。
「陛下がご病気になられたのは、ここ数日の事ですよね?」
「えぇ。それが、どうかされまして?」
「聞いた話によると、最初に倒れた日の昼までは、とてもお元気だったとの事です。多少違和感はあったものの、トヨ殿下と剣の手合わせをするほどだった、と。それが、たった数日で何度も倒れ、熱を出して寝込むほどになった……これでは、とても三年もつようには思えません」
ニナンの言わんとする事が、ファルゥにもわかった。
「病気の進行が、速過ぎる……と?」
ニナンは頷いた。その顔は、険しい。
「そんな病気が、無いわけではないです。ですが、やっぱり違和感がある。ひょっとしたら……」
そこで、ニナンは一度言葉を切った。その先を言おうか言うまいか、迷っている様子だ。だが、一人で胸の裡に仕舞っておくには重過ぎたのだろう。恐れるように、ゆっくりと口を開いた。
「ひょっとしたら……誰かが、毒を盛ったのかもしれません……」