ガラクタ道中拾い旅
最終話 ガラクタ人生拾い旅(ガラクタドウチュウヒロイタビ)
STEP1 近況を拾う
1
「それにしても、ワクァも大分その場所に慣れてきたわよね。玉座が大きいせいか、ワクァが小柄なせいか、子どもが大人用の椅子に座っているみたいにも見えるけど」
「……ヨシ。わかっていると思うが、基本的に謁見の間で話した内容という物は、全部書記官によって文字化され、資料として後世に残される事になっているんだが……」
頭痛を堪えるような顔でワクァが言うと、ヨシは「うん、知ってる」と頷いた。ワクァは深い溜め息を吐き、書記官に顔を向けて言う。
「バトラス族の族長は、雑談をしにきたようだ。書き記すような話にはならないだろうから、下がって休憩すると良い」
言われて、書記官は苦笑しながら退室していった。ヨシが呼んでもいないのに来た時には、大体いつもこうなる。書記官も慣れてしまったのだろう。
「……で? 本当に今日は何で来たんだ? しかも、わざわざバトラス族の族長として謁見を求めてきた理由は?」
「ワクァの王様ぶりを参観しようかな、と思って。こうしないと、王様じゃなくてワクァとして会う事になるでしょ?」
その返答に、ワクァは大きくため息をついて項垂れた。
「それで謁見の間に来ても、雑談している時点でもうバトラス族族長も王も何も無いだろう。大体、即位してから何年経ったと思ってるんだ?」
「えぇっと……前の王様が引退して譲位して、ワクァが王様になったのが、私が二十四歳の時でしょ? だから……六年?」
指折り数えたヨシに、ワクァは疲れたように頷いた。するとヨシは「六年かぁ……」と呟く。
「もうそんなになるのね。……って事は、私とワクァが会ってからもう十五年? 何かまだつい最近のような気がするのに」
「そうだな。……最初会った時は、まさかお前とこんなに長い付き合いになるとは思わなかった」
「そうよねぇ。……で、そんなに月日が経ったのに、何でアンタの見た目はほとんど変わってないわけ? 変な物でも食べた?」
「知るか! お前こそ、何で十五年も経って中身が変わってないんだ!」
とても、三十代の王と族長の会話とは思えない。今この時は、まるで昔に戻ったようだと、ワクァは思う。
王族に復帰してから二年後……今から十三年前、二十歳の時には、ヒモトと無事に結ばれた。
その七年後には、ワクァの父……この国の先の王が、まだそれほど年老いたわけでもないというのに、引退をし、位をワクァに譲った。自分の目が黒いうちにワクァを王の位につけ、戸惑う事があれば助言できるようにしようと考えたためであるらしい。相変わらずの甘さである。
更にその二年後には、同じ理由でヨシがバトラス族の族長の座に着いた。前々から同じ年頃の者達と連携が取れていた事もあって、引き継ぎも非常にスムーズであったようだ。今のところ、大きな問題は起きていない。
余裕があるためか、ヨシは頻繁にヘルブ街まで遊びに来る。昔働いていた酒場で街の者達と言葉を交わし、旧交を温め。それからふらりと城を訪ねてくるというパターンが多い。
訪ねてくる時も、今回のように門前で名を告げて謁見の間に来る事もあれば、昔滞在していた時のように知り合いの兵士を見付けて入れてもらい、個室や中庭に突然現れる事もある。どちらで来るかは、実際に来るまで全く読めない。
「とりあえず、くだらないが重要な事を訊く。夕飯をどうするつもりだ?」
「作るのは料理人? ヒモトちゃん?」
「特別な日でもないのに突然押しかけてきて、ヒモトの手料理が食べられると思うな」
さらりと惚気られて、ヨシは「はいはい」と手を振った。
「ご一緒させて頂ければ光栄でございますが、食材の手配が間に合わぬという事であれば引き下がらせて頂きます、陛下」
わざとらしい敬礼に、ワクァは再びため息を吐く。
「頼むから、こういう時は素直に食べていくと言ってくれ。その方がこちらも気が楽だ。それに……お前が同席してくれれば、トヨが喜ぶ」
そう言った時だ。
「あ、本当にヨシがいる!」
甲高い声が聞こえ、十歳ほどの少年が謁見の間に飛び込んできた。黒い髪に、やや焼けてはいるが大分白い肌。ワクァにそっくりな少年だ。ただし、丸い目はキラキラと輝き、子どもらしさが溢れている。
「あ、トヨくん、久しぶり」
「トヨ! この部屋には呼ばれていない時は入るなと、いつも言っているだろう!」
ヨシが右手を挙げて声をかけ、その横でワクァが目くじらを立てる。トヨと呼ばれた少年は、「えへへ……」と悪びれず嬉しそうに笑った。
「ごめんなさい、父様。ヨシと早く遊びたかったから」
言われて、ワクァは苦笑した。そして、トヨ――息子の頭を軽く撫でる。
「まだ話が終わってないんだ。終わったらすぐに行くから、先に中庭に行っていると良い」
「はい!」
目を輝かせたまま頷くと、トヨは元気良く謁見の間から出て行った。その後ろ姿を眺めながら、ヨシがしみじみと言う。
「トヨくん、少し見ない間に、また大きくなったわね。今、何歳だっけ?」
「十歳だ。……俺がリラを手に入れた時と、同じぐらいだな」
そう言うワクァに、ヨシは「ふぅん」と呟く。
「何というか……自分のようにならないように最大限の注意を払って育てたって感じがするわね。あの性格のまま、昔のワクァそっくりな姿に成長したら大笑いするかも」
「大好きな遊び相手に大笑いされるなんてトラウマになりそうな事はやめてやってくれ」
「過保護。段々前の王様に似てきたんじゃない?」
そう言われて、ワクァは肩を竦めた。過保護になっている自覚はあるのかもしれない。
その様子を見て、ヨシはニヤリと笑う。嫌な予感を覚えたワクァに、ヨシは楽しそうに言った。
「それにしても、本当に早いわよね。ワクァとヒモトちゃんが結婚して、もう十三年も経つなんて。思えば、あの時既に過保護の兆しは見えていたわよねぇ」
そう言われて、ワクァは苦い物を噛み潰したような顔をした。どうやら、何の事を言われているのか思い当たったようである。
その顔に、ヨシは本当に楽しそうに、ニヤリと笑った。