ガラクタ道中拾い旅













STEP5 周りの気持ちを拾う































「ヒモト……」

「また、随分と無茶をなさいましたね……」

呆れた様子でヒモトに言われ、ワクァは肩を竦めた。ヒモトの目は、どこかワクァを睨んでいるようにも見える。

「雪舞をお預けした際、私はこう言いました。私が雪舞をお預けする意味と、りらが今まで何を守ってきたのかをお考えください、と。後者は答えが出たようですが、前者はわからぬままだったようですね?」

「いや……」

そう呟いて、ワクァは視線を落とした。前者の答えも、出ていないわけではない。

「ヒモトの分身のようなものだと言っていた大切な剣で、無茶をするな、と。自ら死にに行くような事をして、剣を敵の手に渡したり、野晒しにするような事をするな、と。そう言われたのかと思った……」

「そう思われたのであれば、何故……!」

ヒモトに詰め寄られ、ワクァは俯いたまま口を開いた。

「……誰かの重荷になりたくなかった……のかもしれない……」

「重荷……ですか?」

ヒモトが怪訝な顔で問うと、ワクァは力無く頷いた。空腹の為だろうか。また、力が入らなくなってきている。

「お前は邪魔だと……お前のせいで厄介事が増えると……言われたり、思われたりしたくなかったのかもしれない。俺が原因の厄介事は、全部自分で解決したかった……」

「それは、貴方様が……そうするべき場所で育ってきたから……?」

ワクァは、「恐らく」と頷いた。すると、ヒモトは増々呆れた顔をする。

「ならば、もうそのような心配は無いと、先ほどの皆様とのやり取りでおわかりになられましたね? 皆様、ワクァ様を心より心配し、落ち込んでいる様子に不安を覚えておいででした。貴方様の事を重荷だと思うような人間は、少なくとも今この場には、誰一人としておりませぬ!」

ぴしゃりと言い放ち、ヒモトはワクァから雪舞と鞘を取り上げた。

「答えが出たようですので、雪舞はお返し頂きます」

「あ……あぁ……」

気圧されて頷くワクァに、ヒモトは少しだけ表情を和らげると、傍らにいた男に目配せした。この男も、先日ホワティア国の者に子どもを人質に取られていた男だ。よく見れば、ここにいる男四人、全員がそうだ。

ヒモトは男から細長い布包みを受け取り、ワクァに差し出した。

「代わりに、これを」

差し出されたそれを受け取り、ワクァはそれを恐る恐る解く。すると、中から白銀色の美しい剣が姿を現した。

「これは……」

唖然とするワクァに、ヒモトはにこりと微笑む。

「まずは、遅くなってしまいましたが、お礼を。三日前のあの時、私の事を助けて下さいました。まことに、ありがとうございます」

たしかに、あの時ワクァはヒモトを助け、そしてその結果、リラが折れた。しかし、何故今その礼を?

表情に出ていたのか、ヒモトは言う。

「礼の言葉は、ちゃんと相手に届くように言わねば、意味がありませんでしょう?」

あの時は、ワクァの心が折れて何を言っても言葉が伝わらぬ状態だった。持ち直した今なら、伝わる。だから、今言うのだとヒモトは言った。

少し申し訳無さを覚えながら、ワクァは剣の柄に手をかけた。すると、妙に手に馴染む。ワクァは目を丸くして、すらりと刃を鞘から引き抜いた。この感覚も、非常に覚えがある。

「……リラ……?」

思わず呟くと、ヒモトは頷いた。どこか、済まなそうな顔をしている。

「供養すると言いながら、勝手な事をしました」

そう言って頭を下げる。

「りらの刃を溶かし、新たに鋼を加えて打ち直しました。ヘルブ国の剣を打ったのは初めてですが、以前よりも強い攻撃にも耐えうるようになったかと。鞘も、急ごしらえの割にはよくできておりますでしょう?」

たしかに、鞘も見事なできだった。刃と同じく白銀色に輝き、美しい。

「姫様が、珍しく職人に急げ、と無理を仰いましてな」

「拙者達にも、先日の失態の罰として、手伝えと。容赦無くこき使われ申した」

男達の苦笑を余所に、ワクァはジッと新たな剣を見詰める。以前のリラよりも、少しだけ刃に厚みがある。そのためか、やや重い。だが、それを気にさせぬほど、よく手に馴染む。ひょっとしたら、前よりも馴染んでいるかもしれない。

「……この剣の、名は……?」

新しく打ったのであれば、新しい銘があるはずだ。その問いにヒモトは頷き、そして言った。

「僭越ながら、私が付けさせて頂きました。この剣に守られた貴方様が今後、これまでのような苦労をなさらず、楽に生きる事ができますように。そして、皆様と共に楽しい生を歩む事ができますようにと願いを込めて……。そして、りらから一文字を受け継ぎ、らく、と」

「ラク……」

呟くように名を呼ぶと、ラクの刃が陽の光を受けてきらりと輝いた。

あの時と同じだ、とワクァは思う。

初めてリラを目にした時、初めてリラを振るった時、初めての仕事でリラに勇気を与えられた時。あの時と同じ輝きを、この剣は持っている。

「大切に、使わせてもらう。……ありがとう……」

礼を言って頭を下げるワクァに、ヒモトはどこか嬉しそうに微笑んだ。そして、キュッと表情を引き締めるとワクァの横を通り、表へと出て行こうとする。その前に、一度足を止めてワクァ達を振り返った。

「セン兄上か父上が軍を率いてくるまで、まだしばしかかるでしょう。それまで、私もあちらに加勢します。皆の者、ワクァ様の事を頼みますよ」

「はっ!」

命じられた男達は、一斉に応じて跪いた。それを確認するとヒモトはそのまま踵を返して歩き出そうとする。

「……待ってくれ!」

ワクァが声をかけ、ヒモトはぴたりと足を止めた。その隙に、ワクァはヒモトの横に並ぶ。

「俺も、行く」

その言葉に、ヒモトは不機嫌そうに顔を歪めた。キッと、強くワクァを睨み付けてくる。

「何を仰っているのですか? 今のご自分の体がどのような状態か、よもやお忘れになったわけではないでしょう? 三日間飲まず食わずで、そのお顔ですと睡眠も取っていらっしゃいませんね? おまけに、先ほどまで七十人以上のホワティア者を相手に、一人で暴れておいででした。今から更に戦って、まともな働きができるとお思いですか?」

耳に痛い言葉が続くが、ここで引くわけにはいかない。ワクァは、ラクを目の前に掲げると、挑戦的な笑みを浮かべて言った。

「こんなに良い剣を打ってもらっておきながら、指を銜えて人が戦う姿を見ていろと?」

ヒモトの目が、丸くなった。顔が緩み、苦笑する。

「たしかに……私でも耐え難いかもしれません」

ワクァは「だろう?」と言うと、ラクを鞘に収め、腰の剣帯に取り付ける。心地よい重さに、調子が上向いてきたような気になってくる。

「無茶はしない。誰かを守るために我が身を犠牲にするような事もしないよう心掛ける。……それで良いか?」

「今以上の違和感を覚えたら、すぐに退却する……も付け加えておいてください」

間髪入れずに釘を刺されて、ワクァは苦笑した。「約束する」と頷くと、ヒモトが厳しい顔をしながらも頷いた。

「それでは……参りましょう」

「あぁ」

頷き合い、そして二人は物陰から飛び出した。

祠の前では、今も大乱闘が繰り広げられている。












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