ガラクタ道中拾い旅
第九話 刀剣の国
STEP2 淡い気持ちを拾う
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「それにしても……ホワティアの王は、今ヘルブ国に囚われて監視されてる筈だっていうのに。何でその状態で、テア国にちょっかいを出してくるのかな?」
「例えば、陽動作戦とかなんじゃないっスか? こっちで騒ぎを起こして、気を引いているうちにホワティア王を取り戻そうとしているとか……」
「考えられない事も無いが、わざわざテア国で騒ぎを起こすというのが解せぬな。陽動であれば、ホワティア国とヘルブ国の国境を侵すだけで充分だと思うが……」
走りながら情報を交換し、意見を交わし合う。いつの間にか、走っているのはワクァ達とフォルコの七人だけになっていた。他のテア国の男達は町人に捕まって何事か問われたり、火事場泥棒をしようとした不逞の輩を成敗しているうちに一人二人と消えていってしまった塩梅だ。当人達も、まさか王族と客人だけが問題の場所へ向かっているような状況になっていようとは思っていないだろう。
簡単な説明を受けただけで、ヒモト達テア国の人間にはどこの事なのかわかったのだろう。他の男達が消えても、迷う事無く走っている。それについて走っていくうちに、一同は開けた場所に出た。
赤い柱を組み合わせて造ったような門があり、子どもでも入れなさそうな小さな木造の家らしき物が一つ。その小さな家の前に、両の手で数え切れないほどの数の男が立っていた。
男達はワクァ達の到着に気付くと、剣を抜き、構えながら殺気を放ってくる。どの男の殺気にも、こちらを圧し潰そうとしてくるような威圧感がある。ただの盗賊とは違うと、それだけでわかった。
男達のうち、十二、三人はワクァ達と同じような衣服を纏い、髪の色も白金色に赤に茶色にと様々だ。ホワティアの者なのだろう。そして、そんな彼らに交じって、四人ほど……。
「……お前ら、何のつもりだ?」
「まさか、ホワティアに手を貸すテア国民がいたとはね」
ホウジ達が顔を今まで以上に険しくする。……そう、男達の中には、テア国のキモノを纏った黒髪の――テア国民が混ざっていた。
「何故ですか? 何故ホワティアに加勢など……」
険しい顔ながら悲しそうな声で問うヒモトに、テア国の男達はやはり悲しそうに顔を歪めた。そして、剣の構えを崩さぬままに言う。
「……申し訳ございません、姫様。ですが、こうしなければ倅の命が……」
そう言われて、気が付いた。小さな家の向こうに、何人かの幼い子どもが震えている。横には、ギラギラと光を放つ刃物を持ったホワティアの男が二人。子ども達は恐怖のあまり、泣く事もできぬ状態のようだ。
「……なるほど。人質を取って、テア国の人達に無理矢理言う事を聞かせてるってわけね」
「いかにも、ホワティアの連中が使いそうな手だな」
ワクァとヨシが、不機嫌な顔をして一歩前に出た。トゥモとフォルコも、その横に並ぶ。その光景に、ホワティアの男達の顔がニヤリと歪んだ。
「これはこれは……テア国の王族やヘルブ国の王子だけではなく、武門の誉れ高いタティ家当主、バトラス族の族長後嗣まで来てくれるとは。ここでまとめて始末できれば、ヘルブ国は軍部も将来も崩壊したも同然だな」
「……俺達の顔を知っているだけならともかく、ヨシの素性まで把握しているとなると……」
「やっぱり、ただのホワティア出身の盗賊ってわけじゃなさそうね。活動ついでに盗賊行為もやったりする諜報工作部員、ってトコかしら?」
その言葉に、ホワティア者達は答えない。剣を振り上げ、走り出した。
「くるっス!」
トゥモが左腕からナイフを一本抜き、投げる。先頭を走っていた男の太ももに刺さり、男はその場に倒れた。
ワクァが、フォルコが、テア国の王族達が、一斉に剣を抜く。ヨシは鞄に手を突っ込んだ。
「いくぞ、リラ!」
「参りましょう、雪舞!」
ワクァとヒモトの声が被って響き、それを合図に皆動き出す。あちらこちらから金属がぶつかり合う音が聞こえ、何人かが地に倒れ伏す音が響いた。
ヨシはその場に落ちていた石ころを踵で蹴って背後に迫っていた男の顎に当てたかと思えば、町中でちゃっかり買っていたらしい小さな包みを投げ付ける。包みが破れて赤い粉がパッと散り、相手が思わず目を瞑ったところで、情け容赦なく急所に遠心力を加えた鞄をクリーンヒットさせた。
「豪快だな……その紅、結構高かっただろ……」
戦いながらもヨシの様子を見て呆れた声を出すホウジに、ヨシは「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」と強い口調で言った。
ヒモトほど強くないと言っていたゲンマも、何だかんだ言って強い。ホウジに至っては、惚れ惚れするほどの豪快な剣を見せてくれる。二人とも、一度に二、三人を相手にしているが、まったく引けを取っていない。フォルコも同様だ。ワクァとヒモトに関しては、言わずもがな。
そして、誰かが危なくなった時には少し距離を取っていたトゥモがナイフを投げ、相手に隙を作ってくれる。その隙を突いて、相手の武器を叩き落とし、足を傷付け動きを封じる。
しかし、やはり相手も強い。ヘルブ国で度々相手にしてきた盗賊や奴隷商人達のように、あっさりと倒されてはくれないのが実情だ。
おまけに、テア国の男達はかなり強い。後の方で腰が引けていたというのに、ホワティアの男に「やれ」と言われると、それぞれが一人でホウジやゲンマ、ワクァやヒモトに向かってきた。今まで一人で二、三人を相手にしていた四人が、たった一人を相手に中々勝負を終わらせる事ができない。子どもを人質に取られて、必死になっている……というのもあるのだろう。
「トゥモ、ヨシ、フォルコ! こっちは助けなくて良い! 人質に取られている子ども達を何とか助け出せ!」
ワクァの声に、三人は頷いた。子ども達さえ助け出せれば、テア国の男達は敵から一転、味方になる。
しかし、そう簡単にはいきそうにない。まだ倒されていなかったホワティアの男達が三人の前に立ちはだかり、攻撃を仕掛けてくる。倒されていた者も、何とか邪魔をしようと足を掴んだり石を投げたりと、嫌な具合に根性があった。
子ども達には中々近付く事もできず、ワクァ達も決着がつかず、体力的にもジリ貧状態だ。とにかく、一人だけでも倒さなければ追い詰められてしまう。
このままではまずい、と、顔には出さないままワクァは思った。相手は自分と同じぐらいの体格。つまり、比較的小柄で小回りが利く。素早くリラを繰り出して攻撃しても、全てに反応されてしまう。
そして、相手の攻撃が一々重い。ヒモトの剣を見せてもらった時に感じた事だが、どうやらこの国の剣は全体的に重い物であるようだ。それを、相手は両手で振り上げ、勢いをつけて振り下ろしてくる。受け止める度に、ガツンガツンと大きな衝撃があった。
それでも一瞬の隙を突き、ワクァはリラを相手の足へと突き刺した。手加減をする余裕は無い。相手は足から血を垂れ流し、呻きながらその場に頽れた。
「……済まない」
倒れた男に頭を下げ、ヒモト達の方へ走る。リラを握る右手がビリビリと痺れるが、気にしている場合ではない。男の、それも今までに幾度も修羅場を潜り抜けているワクァでもこれだ。女性であるヒモトや、それより弱いと自称するゲンマに加勢しなければと、気が焦る。
案の定、ヒモトは少し押され気味だ。顔に疲れの色が出ている。それと同様に、ヒモトの相手をしている男の顔にもやや疲れが見えた。彼の場合は、体力的なものよりも、恨みがあるわけでもない王族に刃を向けている事、子どもを人質に取られている事による精神的な疲労だろう。そのせいか、目に少々の狂気が見え始めている。
自棄になったのか、男が剣を振り上げ、横に薙ぐように振り下ろした。剣の軌道は、まっすぐヒモトの首筋に向かっている。
「ヒモト!」
思わず、叫んだ。呼び捨てで呼んだ。両親をクーデルから守ろうとした時のように、必死に走った。ヒモトを押しのけ、割り込んだ。
ヨシに、何度か言われた。突っ走って自分を犠牲にするなと。心配をさせるなと。その言葉の意味を、理解しているつもりだった。守った相手に悲しい思いをさせる事も、頭ではわかっていた。だが結局、この癖は抜けていなかった。
相手の刃が届く前に、ギリギリでリラを構える。重い一撃が襲い掛かってきたが、何とか受け止めた。……はずだった。
ガキン、といつもとは違う鈍い金属音がした。次いで、右肩に薄らと痛みを感じる。
「……え……?」
何が起こったのかわからず、ワクァは一瞬呆けた。そして、すぐに理解する。
構えていたリラから、刃が消えていた。足元から、カランという音が聞こえてくる。
ワクァの介入によって余裕のできたヒモトが、相手の武器を叩き落とし、腕に斬り付けて戦闘不能にする。ほぼ同時に、ホウジとゲンマも片を付けた。少し遅れてヨシ達も相手を減らし、トゥモが投げナイフで男二人を子ども達から引き離す。
全てが終わったところで、全員が、何が起こったのかを知った。ワクァが、膝から頽れる。
「……リラ……?」
呟いても、折れた剣は戻らない。
言葉にならない絶叫が迸った。