ガラクタ道中拾い旅
第七話 闘技場の謀
STEP4 変化を拾う
6
バタバタと慌ただしい音がして、兵士達が駆け付けてくる。遅くなった事を詫びるようにワクァに頭を下げると、彼らは賊達や石舞台上のリューグに次々と縄をかけていく。
見上げれば、観客席でも同様の捕り物が行われていた。賊は全て、観客席にいたバトラス族達によって叩きのめされ、兵士達に縄打たれている。
「……終わったようだな」
呟くワクァに、ヨシは頷いた。どことなく、寂しそうな顔をしている。
「そうね。……それに、私達が責任も持たずに好き勝手できる時間もね……」
「……そうだな」
言葉の意味に気付き、ワクァも心の片隅に寂しさを覚えた。互いに、この騒ぎで己の立場をはっきりと口にしたのだ。責任を考えずに好き勝手できる子どもの時代は、終わりを迎えた。
「ほら、キリキリ歩け!」
兵士達が、賊達を引き立てて行く。それを見送りながら、ヨシはニッと笑った。
「……けど、まぁ。自分で始めた事を最後までやり通すのも責任だしね。とりあえず、闘技大会の続きはさっきまでみたいに楽しめば?」
「簡単に言ってくれるな。……が、そうだな。折角の機会だ。今は……」
「く、くくくくく……」
「おい、何を笑っているんだ!」
ワクァ達の会話を遮るような笑い声が、突如聞こえてきた。リューグだ。
リューグの笑い声は次第に大きくなっていき、終いには闘技場全体に響き渡る。不吉を思わせる声音に、人々はざわめいた。
ワクァも、ヨシも。トゥモもゲスト席の王族や側近、大部族の族長達も訝しげにリューグを見る。
「甘ぇ……甘ぇなぁ! どいつもこいつも、安心しきった顔しやがって。本当に、これで終わったとでも思ってんのかぁ?」
「……どういう事だ?」
顔に緊張を走らせ、ワクァは眉を寄せた。だが、リューグはそれ以上語らない。ただ、いかにも楽しげにクツクツと嗤っている。
「陛下! 国境より早馬が!」
一人の兵士が、息せき切って駆け込んできた。観客席を突っ切り、王の元へと一直線に駆けていく。
「何事だ、騒々しい!」
王の叱責に、兵士は一旦畏まる。だが、すぐに視線を上げると、険しい顔で声を発した。
「北西の国境に、ホワティアが侵入いたしました!」
「何……?」
辺りが、シンと静まり返った。時折、ごくりと息を呑む音が聞こえてくる。
「ホワティアって……」
「北西にある隣国だ。ここ十数年で急激に力をつけてきて、今でも領土拡大を狙っているという話は聞いた事がある……」
ヨシの呟きに、ワクァが素早く答える。「それだけじゃないっス」と、横からトゥモが口を挟んだ。
「ホワティアは強い軍隊を所持している国っスけど、戦闘よりも陰謀の方で有名っス。何でも、狙った国に内通者を作って、事を起こす時はその国を内側から崩壊させ、相手が弱ったところに軍隊で攻め寄せるとか……」
「……内通者を作って……?」
「内側から……?」
ワクァとヨシは、眉を寄せながらトゥモの言葉を反芻した。そして同時に、「あっ!」と叫ぶ。
「そういう事か……!」
「つまり、その……あの宰相だったクーデルって、ひょっとしなくても……」
ホワティアと繋がっていた。幼いワクァを連れ去りタチジャコウ領に隠したのも、ヘルブ国を内部から崩壊させるための布石だった。
「おっと、気付いたか」
ニヤニヤと嗤いながら、リューグが言った。
「王子の行方不明に因って王族の後進は未だ未成熟。クーデル様の反乱の影響で王の目は国内へと向けられた。王子への不敬罪問題に端を発し、タチジャコウ領を初めとする大貴族達は、王に睨まれる事を恐れて軍備を縮小。お陰で国境への侵入は楽にこなせたようだ。お前達にとっては、お気の毒な事になぁ!」
闘技場内のざわめきが大きくなっていく。そこかしこから、悲鳴も聞こえ始めた。
「おい、どういう事だよ、これって……」
「聞いたまんまだよ。隣国が……ホワティアが、ヘルブ国に攻め込んできたんだ!」
「ホワティアって相手を、内通者を使って内部崩壊させたところで戦争を仕掛けてくるんでしょ? 王子様の行方不明がその計画の一端だとしたら……ヘルブ国は十六年前からホワティアに狙われていたって事!?」
「ヘルブ国は、ホワティアよりもずっと大きいし、防備も他国に比べてしっかりしているからな……時間をかけて少しずつ壊していくつもりだったんだな……!」
「賊の残党が、まだヘルブ街に残っていたら!?」
「残党がもし見付かっても、奴らは痛くも痒くもないんだろうな。逃げて国境を越えて、ホワティアに駆け込めば良いんだから……」
「一体、これからどうなるんだ……!?」
「決まってるだろ。隣国が攻めてきたんだ……降伏するんじゃなきゃ、防衛のために戦うしかない。戦争になるんだよ……!」
ざわめきは闘技場を埋め尽くし、自棄になったような怒号までもが飛び交い始める。
「戦争……」
現実味の無いその言葉に、ワクァは呆然と呟いた。ヨシも、あまりの展開に言葉を失っている。
ゲスト席の方では、王が慌ただしく指示を出し始めた。王だけではない。リオンも、ショホンも、フォウィーも。族長達は、それぞれの族民達に指示を与え、忙しく立ち回り始めている。
「……俺達も、陛下のところへ行くぞ。ヨシ、トゥモ」
「……えぇ……」
「……はいっス」
力無く言い、力無く呟き。三人は王の元へと歩き出す。背後では、リューグが狂ったように、不吉な笑い声をあげ続けていた。
(第七話 了)