ガラクタ道中拾い旅
第七話 闘技場の謀
STEP4 変化を拾う
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「よっ……ヨシさん。これ……どうすれば良いんスか!? このままじゃ、ワクァが……!」
「わかってるわ! けど……今私達がここで暴れれば、観客席の奴らが何をやるかわからない。例えワクァが助かっても、誰かが死んだりしたら……」
それはワクァの、悪評に繋がりかねない。王子を助けるために民衆を犠牲にした、などという展開には持っていきたくない。それ以前に、誰かが死ぬかもしれないとなれば、迂闊に行動はできない。
「せめて……観客席に賊と同じぐらい、兵士がいれば良かったんスけど……」
「兵士……」
トゥモの呟きに、ヨシはハッと気付いた。先ほど、リオンから聞かされたばかりではないか。
「観客席には、バトラス族の仲間が大勢いる……!」
その小さな呟きに、トゥモもハッと顔を上げた。
「そ……そうっス! 最強の戦闘民族であるバトラス族が動けば、観客席の賊も……」
「けど、賊を取り押さえるためには、バトラス族が一斉に動く必要があるわ。バラバラに動けば、出遅れた場所で誰かが殺されるかもしれないし。誰かが、合図をしないと……!」
「合図って……それは……」
困惑気に、トゥモはゲスト席の方へと視線を向けた。合図を出すのであれば、それはやはり、族長であるリオンだろう。
しかし、賊もその辺りは読んでいたようだ。ゲスト席近くにも賊の姿があり、リオンの動きを見張っている。
「あれじゃあ、ほんの少し動いただけでも賊が動いてしまうっス……!」
悲鳴のようなトゥモの声に、ヨシは拳を握った。
今、自分が何をすれば良いのか。何となくだが、それはわかっている。だが……。
悔しげに顔を歪めて、ヨシは石舞台の上を見上げた。剣を降ろしたワクァは、相変わらずリュークを睨んでいる。
その唇が、微かに動いた。誰にも聞こえぬ小さな声で、何事かを呟いたのだ。
そこから読み取れた言葉に、ヨシはハッと目を見張った。声は、聞こえない。だが、その口は確かに言っている。「簡単に手放してたまるか」と。
ヨシは、たすき掛けにした己の鞄をギュッと握った。そう言えば、二つある鞄のうちの一つは、ワクァとの旅の途中に拾った物だ。あの時は、拾う拾わないで、ちょっとした口論になった。たしか、ヨシが鞄を持ったまま逃げ出し、勝ち逃げをしたんだったか。
「あの時はまだまだ壁があって……何でもかんでも捨てろって言ってたのにね。いつの間に、手放したくない、なんて言うようになったんだか……」
苦笑し、そしてヨシは辺りに視線を巡らせた。ヨシ達の周辺にも賊はいるが、それほどヨシ達へ警戒を向けてはいない。賊達が特に警戒しているのは、強い上に武器を持つワクァと、バトラス族を一斉に動かす事ができるリオンだけのようだ。
武器らしい武器を持たず、女で、子どもで、しかも群れから離れて一人行動しているような、孤立しているバトラス族まで警戒するつもりは無いのだろう。
ヨシは、フッと笑った。
「……トゥモくん」
「はいっス!」
待ってましたと言わんばかりのトゥモに、ヨシは声を抑えて問う。
「今、投げナイフ……持ってるわよね?」
「勿論っス!」
「ちょっと聞きたいんだけど……トゥモくんって、よく転ぶわよね?」
「え? あ、はい……転ぶっスけど……」
訝しげな顔をするトゥモに、ヨシは更に問いを重ねた。
「……で、変な事聞くんだけど……倒れそうになりながら、ナイフを投げる事ってできる?」
「へ? ……できなくはないっスけど……」
「それで、例えば。倒れざまに、同時に四方に向かってナイフを投げたりとか、そんな芸当は?」
ヨシの問いに、トゥモは目を白黒させている。
「し……四方っスか? ……それは流石に、やった事が無いっス。三方までなら、辛うじてやった事があるっスけど……」
「そう……」
思案気に呟くと、次の瞬間、ヨシはバッとトゥモに体を向けた。
「ごめん、トゥモくん! この場はヨロシク!」
言うや、トゥモの体をドン! と力強く押す。
「ひえっ!? うわぁぁぁっ!?」
体のバランスを崩したトゥモが、思わず素っ頓狂な叫び声を発する。賊達や観客達の視線が、トゥモに向かった。
その隙に、ヨシは石舞台へと向かって走り出す。それに気付いた、近くの賊達がヨシを追おうとするが、その前にトゥモの投げナイフによって足止めされた。
走りながら、ヨシは鞄を漁る。たしか、あれはあの後回収した。まだ手元に持っていたはずだ。
「ワクァ、伏せて!」
突然のヨシの叫び声に、ワクァは反射的に身を伏せる。その瞬間、ヨシの手から何かが放たれた。
それはヒュンヒュンと空を飛び、リューグの剣を持つ右手を絡め取って地へと引き倒す。
二つの石ころを縄で結び付けた、錘だ。以前拾った石と縄が、今再び役に立っている。
これが初めて役に立った時の事を思い出しながら、ヨシは石舞台の上へと登る。そして、ワクァの隣へと並び立った。