ガラクタ道中拾い旅
第四話 民族を識る民族
STEP4 再び心の内を拾う
1
涼しい風が吹き始めた。日が傾き始め、夕方になろうとしている。影が伸びていく様を無感動に眺めつつ、ヨシは言葉を結んだ。
「正直、ショックだったわよ。バトラス族を馬鹿にしたその言葉も、そこで酒場の人達が「そんな事は無い」ってハッキリ言ってくれなかった事も。それにショックを受けた自分も」
「それで、俺が最初に気付かなかった事を幸いに、バトラス族である事を隠そうとしたという事か」
ワクァの言葉に、ヨシはばつが悪そうな顔をして肩をすくめた。
「そう。せめて、まともっていうのがどういう事なのかわかるまでは、ってね。けど、未だにわからないまま……だからワクァにもトゥモ君達にも、常識外れなんて思われちゃうのよね、きっと」
そこでワクァは、罪悪感のような物を覚えた。トゥモ達の住む村を出てから暫くヨシの機嫌が悪かった。思えば、村の中でアーク達が何度か言ったのだ。
「あぁ、あの話に出ていた」
「歯止めの利かない拾い癖があるって言う……」
「行動基準や常識が規格外の……」
「あいつの顔に投げ付けたのって、まさか食い物か? あんなべた付いたモン、戦闘中には食えねぇよ……」
「ワクァが言ってた通りだな。マジで行動基準や常識が規格外だ……」
ヨシがまともではないと暗に言ったようなものだ。そして、アーク達がそう感じたのは、ワクァがアーク達と打ち解ける過程で話したヨシの前情報があったというのもあるだろう。
知らないうちに、ヨシのトラウマをえぐっていたのだ。
「……すまない」
思わず口をついて出たワクァの言葉に、ヨシはきょとんとした。
「俺がトゥモ達に余計な軽口をたたいたせいだ。トゥモ達と打ち解ける事ができて、調子に乗っていたんだと思う……本当にすまない」
そう言って、ワクァは頭を下げた。すると、今度はヨシが慌て始める。
「え!? いやちょっと、やめてよそういうの! そりゃ確かにちょっとムカついたりもしたけど、ワクァは私がバトラス族なんじゃないか、って薄々感づいてもそれまで通りに接してくれてたじゃない? だから、良いわよ別に、そこまで深刻に考えなくても!」
そう言って、ヨシはブンブンと首を横に振った。それから、ふと気付いてワクァに問う。
「ワクァはさ……何で今まで通りに接してくれるのよ? 私がバトラス族だってわかったのに……」
「? 接し方を変える意味が無い。ヨシはヨシだろう? 大体、俺はバトラス族だからお前が常識外れなんだと思った事は無い。バトラス族が常識外れなんじゃなくて、お前が常識外れなんだ」
「だーかーらー! その常識とかまともとかって何よ!?」
ヨシの言葉に、ワクァは暫し考えた。そして、歯切れの悪い言葉で言う。
「……改めて訊かれると答え難いが……。一般的な考え方でいけば、誰もが知っている事、多くの人間が「こうするべきだ、これが正しい」と思っている事、だと思う」
そう言った後、ワクァは更に考えて「例えば」と言葉を足した。
「ヨシ、お前を含めて十人の人間がいたとする。その十人全員に……そうだな。スプーンとカップ、ソーサーにポットを加えた紛う事無きティーセットを手渡して、それを使って熊と戦えと言ってみたとする」
「それだけあれば楽勝じゃない」
あっけらかんとしてヨシは言う。その態度に疲れたように溜息をつきながら、ワクァは言った。
「お前はな。だが、バトラス族としての訓練を受けていない人間はティーセットで熊と戦うなんて芸当はまずできない。そこで、お前以外の九人は思うわけだ。「ティーセットで戦うなんてできるわけがない」「常識外れな事を言うんじゃない」「こんな事を言うなんて、こいつはまともじゃない」とな」
「あ……」
腑に落ちたのか、ヨシは目を丸くした。そこで、畳み掛けるようにワクァは言う。
「自分にできる事、自分が知っている事、自分が正しいと思っている事が、相手にとってもできる事、知っている事、正しい事であるとは限らないんだ。結果、多数決で人数の多い方が「常識」であり、「まとも」であるという事になる。ティーセットで熊と戦うのだって、お前を含む十人中九人ができるのであればまともな行為という事になる。「できない奴がおかしい」と言う奴も出てくるだろうな」
「つまり、私は特別な人間だから、周りの人間には理解され難い、と」
ヨシの言葉で、ワクァは大きく前につんのめった。
「……今の話で何故そうなる」
「え。ワクァの例え話で言うなら、私は十人に一人の存在なんでしょ? これを特別と言わずして何て言うのよ?」
「……」
その言い草に、ワクァは思わず黙り込んだ。その性格上ヨシが自分の事を特別な人間だと思い込んだところで今までと何かが変わるわけでも無し。気に病まれるよりもずっと良いから、このままにしておくか、というのが現在の心境だ。
「……なーんか、馬鹿みたい。隠さなくても良い相手にまで隠そうと必死になってたなんて。何だかすっごい損した気分……」
「これからはバラしたいだけバラせば良いだろう。……相手にもよるだろうが」
憑きものが落ちたように言うヨシに、ワクァは言った。すると、ヨシはニヤリと笑って見せる。
「そうね。特にワクァは私がバトラス族だとわかってて、尚且つ私は私だって思ってくれてるわけだし。今まで以上に色々拾ったり、今まで以上に所構わず大暴れしたり……もう遠慮は要らないわけよね?」
「いや、遠慮はしろ」
ワクァがすかさず言うと、ヨシは苦笑しながら「冗談よ」と言った。
「多少ハメを外し易くはなるかもしれないけど、基本的には今まで通りよ、きっと。元々ワクァにはあんまり遠慮してなかったしね」
「だろうな。……と言うか、良いのか?」
「? 何が?」
ワクァの問いに、ヨシは首を傾げた。そんなヨシに、ワクァは困ったように言う。
「折角父親や同郷の友人に会ったんだぞ? その……旅を終わりにして、家に帰ろうとか思わないのか?」
「え。何で帰らなきゃいけないの?」
不機嫌そうにヨシは問い返した。どうやら、家出は続行する気のようだ。ワクァとしてはせめてリオンに一言でも言ってから出発してほしいところである。黙って出発すれば、ヨシの父親であるリオンの事だ。娘がワクァに誑かされて連れて行かれたと思い込むかもしれない。下手にバトラス族の族長――ひいてはバトラス族を敵に回したくはないところだ。
「そりゃママには一度会いたいなーとか思うわよ? あと、弟にも。けど、帰ってまた後継ぎだ何だとか言われたら鬱陶しいもの。だから、まだ当分の間帰らない。バトラス族族長の継子じゃなくて、ただの旅人としての暮らしを満喫するんだから。何か問題ある?」
「……もう良い、好きにしろ。だが、行く前に他のバトラス族に挨拶だけはして行けよ? 娘を誘拐されたと思いこまれるのは嫌だからな!」
「はいはい。……あ、そう言えばマフは?」
「? ずっと一緒じゃなかったのか?」
ヨシの問いに、ワクァは首を傾げた。そう言えば、族長のテントを出て以来姿を見ていない気がする。
「託児テントに入るまでは一緒だったんだけど……マフー?」
「まふー! まふー!」
ヨシの声に応えるように、マフの鳴き声が聞こえてきた。だが、その声はいつものようなのんびりとした物ではなく、焦って援けを求めるような声だ。
「……マフ?」
ヨシの顔色がサッと変わった。ワクァは、マフの声がどこから聞こえてくるのか定めようと耳を澄ます。そして、ワクァの顔色も変わった。
鳴き声は、託児テントの中から聞こえてくる……。