ガラクタ道中拾い旅
第四話 民族を識る民族
STEP3 心の内を拾う
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「ヨシちゃんは探しに行かないのかい? 宝物探しの冒険の旅とか好きそうに見えるけどな」
「んー……面白そうではあるけどね。今はこの酒場で働いてるのが楽しいから、こっちの方が良いわ」
「嬉しい事を言ってくれるじゃないか」
「くあーっ! 泣けるねぇ!」
男達はヨシの言葉で勝手に盛り上がり、陽気に歌を口ずさみ始める。その歌にほぼかき消されてはしまったが、ヨシはカランコロンというドアベルの音を耳にした。新たな客が来たようだ。
「いらっしゃいませ!」
明るい顔で見ると、二人の男が入ってくるところだった。痩せていて、動きから初老と思われる男。比較的がっちりとした体格の四十代半ばぐらいの男。どちらも初めて見る顔だ。……というか、痩せている方の男は帽子を目深に被っていて顔がよく見えない。
二人の男は黙ったまま隅の席に座ると、注文もせずに話し込み始めた。一向に注文をする様子が無い男達に痺れを切らし、ヨシは自ら注文を聞きに向かった。
そして、彼らに近付いた時、そのひそひそとした話し声が耳を掠めた。
「――の方はどうだった?」
「相変――ずですね。――て、――は辛酸を舐め――ですよ」
「そうだろうなぁ」
「それ――ても、何――すか、あの――って」
「お――知る必要――無い。あえて言――、――はいずれ良い道具と――。それだけだ」
どうにもきな臭い雰囲気だ。聞こえてくる言葉の断片だけで、良からぬ事を考えている事がひしひしと伝わってくる。元よりこのような雰囲気が好きではないヨシは、密談をぶち壊してやろうといつも以上に明るい声で言った。
「ご注文はお決まりですか〜?」
その声に、二人の男はハッとこちらを見た。その顔を見ただけで、良からぬ事を企んでいそうだという勘が正しかった事をヨシは確信した。
「まだ決まっていない。あっちへ行け」
帽子の男が、ヨシを睨みながら言った。それにムッとしながらも、ヨシは一旦退いた。一応、相手は客だ。そう思って、何とか自分を宥める。
その時だ。ヨシの背後から、ワッという声が聞こえた。振り向けば、酒の上での口論が発展したのか……取っ組み合いの喧嘩を始めてしまっている男が見える。
「ちょっとちょっと! どうしちゃったのよ!?」
「いや、それがさ。こないだ奢る約束をした、しない、って口論し始めたのが、ヒートアップしちゃったみたいなんだよ」
ヨシが駆け寄ると、近くにいた男が苦笑しながら言った。日常茶飯事なのだろう。他の客も主人夫婦も、困った顔をしながらも笑っている。どうせそのうち頭が冷えるだろうから、それまでは放っておこう、という方針だ。
だが、何分経っても喧嘩は収まらず、それどころか周りの客を巻き込む事態に発展し始めた。
「ちょっと……これ、やばくない?」
「そうだな。怪我人が出るとまずいし、そろそろ止めよう」
そう言って、マスターは二人の間に割って入った。
「ほらほら、そこまで! 喧嘩はやめときな!」
「うるせぇ!」
「すっこんでろ!」
二人の男は喧嘩をやめようとはせず、それどころか勢いでマスターを突き飛ばしてしまった。そこで、ヨシの堪忍袋の緒が切れた。
「おかみさん、ちょっとアレ止めてくるわ」
「危ないわよ、ヨシちゃん! さがってなさい!」
「そうだよ! 怪我したらどうするんだ!?」
座った目で袖を捲りながら一歩踏み出すヨシを、周りは必死に止めようとする。だが、ヨシはにっこりと笑って言った。
「私よりも、あの二人を心配した方が良いわよ?」
「……?」
その言葉に、周りの者は首を傾げた。その隙に、ヨシは周りの手を振り解いて騒ぎの中心へと駆け寄っていく。
そして、駆け寄りざまにテーブルに置かれた飲み掛けのジョッキを手に取ると、二人の頭にザバーッと中身の酒をぶちまけた。
「俺の酒!」
元々そのジョッキで酒を飲んでいたらしい男が悲鳴を上げる。だが、それは完全に無視だ。
「何すんだ!」
酒を浴びせられた男達の矛先が、ヨシに向く。
「はいはい、二人とも飲み過ぎ。お酒は今頭から被ったので最後にして、支払いして帰って頂戴!」
呆れたようにヨシが言うと、男達は顔を真っ赤にして互いを指差した。
「その支払いで揉めてんだよ! こいつが今回は払ってくれる筈なんだ!」
「そんな約束してねぇよ! むしろ、こんな事になっちまった責任取って、お前が俺の分も払えよ!」
「何だと!?」
「やるか!?」
「望むところだ!」
そうしてまた取っ組み合いを始める二人に、ヨシは本当に堪忍袋の緒を切断した。近くにあった皿やフォークを手に取ると、バックステップで一旦距離を取る。そして、遠慮なく二人に向かって投げ付けた。フォークは二人の顔スレスレで宙を真っ直ぐ飛び、奥の壁に突き刺さる。木製の皿は、綺麗に回転しながら飛んだかと思えば宙を舞ったフォークに驚き隙を作った二人の鳩尾にクリーンヒットした。
「ぐえっ!」
「げぇっ!」
蛙の鳴き声のような声を発して、二人は床に座り込む。その二人の正面に仁王立ちで立ち、ヨシは言った。
「元気なのは良い事だけど、もう少し周りも見た方が良いわよ? じゃないと、誰かを怪我させたり物を壊しちゃったりして、誰かに奢る以上の損をする事になっちゃうわよ?」
「う……」
ヨシの言葉に二人の男はたじろぎ、ばつの悪そうな顔で互いの顔を見た。
「お見合いしてる場合? 何か言うべき事があるんじゃないの?」
「すっ……すまねぇ、マスター!」
「皆も、悪かった!」
二人の男は揃って周りに頭を下げた。すると、その真剣な表情が面白かったのか……周りにいた客達は思わず笑い出す。それで、全ては水に流れた。……筈だった。
「危ねぇな! 何しやがるんだ!」
突如酒場の隅からあがった怒鳴り声に、ヨシ達は一斉にそちらを見た。そこにいたのは、先ほど何やら密談めいた話をしていた、あの二人組だ。見れば、帽子の男が座っている近くの壁に、フォークが一本刺さっている。先ほどヨシが投げたフォークのうちの一本だ。
怒鳴った四十代と思われる方の男はマスターに近付くと、唾を飛ばさんばかりの勢いで捲し立ててくる。
「この店では、客にフォークを投げ付けるような従業員を雇ってんのか? それとも、あれか? 俺達の注文が遅いから、当てつけてんのか?」
「いえ、そのような事は……」
「お客様にフォークが当たりそうになってしまった事は大変申し訳ございません。ただ、この子は喧嘩を止める為に已む無く……」
主人夫婦が、ヨシを庇うように前に進み出る。客達も、それとなく前に足を踏み出した。すると、今まで黙って事の成り行きを見ていた帽子の男がおもむろに口を開いた。
「武器として作られた訳でもないフォークや皿を武器のように使いこなすあの身の捌き……その娘、バトラス族だな?」
「……バトラス族?」
帽子の男の言葉に、辺りは水を打ったように静まり返った。そこで空気を我が物とした帽子の男は、淡々と言葉を紡ぎ続ける。
「バトラス族……どんな物でも武器に変えてその場で使いこなしてしまう戦闘センスを持つ、戦闘民族だ。普段は遊牧民族として厳しい環境を渡り歩いているからだろうな。その性質は、実力主義で野蛮と聞く。店主、お前はそんな危険な民族の娘を従業員として雇っていて、大丈夫なのか?」
「いえ、ヨシちゃんは良い子で……」
「だが、今は喧嘩を止めるためとはいえ、客に皿やフォークを投げ付けた。一歩間違えば大怪我をする者が出たかもしれない。まともな感覚を持っていたら、絶対にできない芸当だ。もう一度訊くぞ。そのような危険な感覚を持った娘を雇っていて、この店の将来は本当に大丈夫か?」
「……」
帽子の男の言葉に、マスターは黙り込んだ。反論したいが、反論する為の言葉が見付からない。そんな顔だ。
「よ……ヨシちゃん、何か言ってやれよ」
「そうだよ。いつもみたいにさ。私はそんな危険な民族の人間じゃない、とか、何か言いようがあるだろ?」
重い空気に耐え切れなくなったのか、客の何人かがひそひそとヨシに耳打ちし始めた。だが、ヨシにも反論の言葉は出てこない。事実バトラス族なのだから、バトラス族ではないと言うのは言語道断。自分の感覚がまともではないという言葉に反論しようにも、そもそも、まともというのがどういう状態なのかがわからない。
「……」
黙り込むヨシに、客達も不安そうに息を呑む。すると、その状態に痺れを切らしたらしい帽子の男の連れが、肩を怒らせて怒鳴り付けた。
「血の巡りの悪い頭だな! そんなバトラス族なんか、とっととクビにしちまえって言ってんだよ! お前らもよく考えろ! いつ心臓目掛けて包丁がまっすぐ飛んでくるかわかんねぇ店で安心して飲み食いができんのか!?」
客の何人かが息を呑むのが、ヨシにはわかった。そして、このままだとこの店が潰れてしまうという事も。そこまで考えが行き着いた時、その言葉は口をついて出た。
「マスター。私をクビにして頂戴」
「ヨシちゃん!?」
ヨシの申し出に、マスターは顔を強張らせた。できるだけ心配をかけないよう、ヨシは慎重に言葉を選ぶ。
「良いの良いの。住む家はあるんだし、何とかなるわよ。あ、どこか遠くに調達に行きたい食材とかがあったら、声かけてよ。お使いに行くんだったら、お店の中は危なくないでしょ?」
そう言いながら、ヨシはエプロンを脱ぎ、マスターに渡した。
「忙しい時に抜けちゃってごめんね、マスター。それに、おかみさんも」
「ヨシちゃん……」
何か言いたそうな主人夫婦の顔を見ないように、ヨシは店の外に出た。店の外は既に真っ暗で、春になったばかりの夜はまだ寒い。冷たい風が吹く中、ヨシは歯を食いしばって歩き始めた。