ガラクタ道中拾い旅










第三話 親友のいる村











STEP5 戦友を拾う











岩穴の横には一人の男が座り込み舟を漕いでいるのが見える。その手にはやや肉厚なナイフが握られており、それが子ども達の畏れの一つになっているであろう事は想像に難くない。

「……で、どうする?」

アークの問いに、トゥモがすっくと立ち上がった。

「自分が、全く関係無い場所……例えば、あの茂みに石を投げるっス! わざと音をさせて、見張りが様子を見に行った隙に子ども達を助けるっス!」

言いながら、トゥモは足元の石を拾い上げた。その様子に、ワクァはなるほどと頷いて見せる。

「確かに……トゥモの投げナイフの腕を考えれば、それが一番の策かもしれないな……」

その言葉に嬉しそうにはにかんで見せると、トゥモは腕を大きく振り被り投石の体勢に持ち込んだ。その瞬間、誰かが思い出したように「あ」と声を上げる。

「待て、トゥモ。お前確か……」

言い終わる前に石は弧を描き、トゥモの狙い通り大きな音を立てた。ただし、着地先は茂みではなくテントの中だったが。

「ナイフ以外はてんでノーコンじゃなかったか……?」

とりあえず口から吐き出された残りの言葉に、その場にいる全員が石と化した。

「誰だっ!?」

闇の中に怒声が響き渡る。その声とほぼ同時にテントから顔を出した男の額には見事な瘤が出来上がっているようだ。ある意味、トゥモの投石コントロールは完璧だったのかもしれない。

「何だ!」

「どうした!?」

瘤をこしらえた男の怒声に、次々と辺りのテントから男達が顔を覗かせ始めた。どの男も、手に何かしらの武器を持っている。

「すっ……すまねぇっス!」

半泣きになりながら謝罪するトゥモに、若者達は揃って溜息をついた。そして、皆自分の武器を構えつつ、苦笑して言った。

「気にすんなよ、トゥモ。何となくこうなるような気はしてたんだ」

「どうせガキどもを助けた後に皆ぶちのめす気でいたしな」

「寧ろ、これで静かにとか気を遣わなくて良くなったしな。堂々と暴れてやろうぜ」

トゥモを気遣っているのか本音なのかよくわからない事を言いながら、若者達は飛び出していく。そんな彼らにおろおろとするトゥモに、ワクァもリラを抜きながら言った。

「くよくよするのは後だ、トゥモ! どうしても気になるなら、今からの戦闘で埋め合わせろ!」

「りょ……了解っス!」

気張ったトゥモの声を背にワクァは駆け出した。リラの白銀の刃で男達のナイフを受け流し、ただ駆け抜けていく。目指す先はただ一つ。子ども達が押し込められていると思わしき岩穴だ。

「どけぇぇぇぇっ!!」

並走するアークが、雄叫びをあげながら勢い良く樫の棒を振り回す。数人の男が棒を恐れ、少しだけ身を引いた。ワクァはそれを見逃さない。少しだけできた隙間に身をねじ込み、リラを振るう。前方を塞いでいた男達は思わず刃を避け、道幅を大きく拡げた。その道を即座に駆け抜け、岩穴の前に立ち塞がる男と対峙する。

「こっ……こんのガキがぁっ!」

男はナイフを振り回し、ワクァはそれをいなすようにリラを振るう。白銀の刃の上を滑らされたナイフは、そのまま男の手から弾き飛ばされてしまう。

「あっ……!」

男が声を上げるのとほぼ同時に、ワクァは男の足に斬り付けた。ピッ、と赤い飛沫が飛び、男は呻き声をあげながらその場に倒れ込んだ。その男の他、周囲の状況を確認してワクァは岩穴の中に声をかけた。

「おい、大丈夫か?」

すると、穴の中からは十歳にも満たない子ども達がおずおずと顔を覗かせた。全部で十人くらいだろうか? 子ども達に大きな怪我をした者が無いのを確認すると、ワクァは付近で乱闘を繰り広げている青年四人に声をかけた。

「アズ、クルヤ、ソウト、チェージ! 子ども達を頼む! 俺はこの辺りは不案内だ。お前達が逃がしてやってくれ!」

その声に、四人の青年は自らの相手を地面に叩き付けながら頷いた。

「わかった! あとは任せてくれよ、ワクァ!」

「おい、ガキども! 逃げるぞ、こっちだ!」

「ワクァにちゃんと礼言えよ!?」

「うん、ありがとう! 剣士のお姉ちゃん!」

「クルヤ! 援軍に戻ってくる前に誤解だけはきっちりと解いておいてくれ!」

「俺指名!?」

急ぎながらもいつも通りの会話をこなしつつ、四人の青年達は子ども達を伴ってその場から走り去った。それに気付いた数名の男達が、彼らの後を追おうとする。

「待ちやがれ!」

「大事な商品に逃げられてたまるか!」

そんな男達の前に、ワクァはリラを構えて一人立ちはだかる。

「……通しはしない」

「何だテメェは!」

「どけ、小娘! さもないと……」

男達は、地雷を踏んだ。

「誰が小娘だ!」

性別を間違えられた事に対するいつもと同じ怒りが少々、そしてそれ以外の――子ども達が奴隷にされそうだったという事に対する怒りが大半。そんな珍しい割合の怒声を発しつつ、ワクァは男達に突進した。

リラを無駄の無い動きで閃かせ、ステップを踏むようにワクァは相手に斬りかかる。ある者は武器を破壊され、ある者は圧倒的な実力差を見せ付けられて、男達は次々と戦意を喪失していく。

やがてワクァの前に立つ者はいなくなり、ワクァが他の青年達の元へ援軍に行こうかと辺りを見渡し始めた時だ。

「ワクァ! 危ねぇ!」

アークの叫び声が聞こえ、ワクァはハッと振り返った。それと同時に微かな殺気を感じ、ワクァは思わず身を逸らす。その一瞬後には、ワクァの頭部があった場所を一本の矢が空気を切り裂き飛んでいく。

矢は真っ直ぐに飛んでいき、近くを飛んでいたフクロウの羽に掠った。すると、羽を痛めたフクロウは地面に落ち、少しの間もがいていたかと思うと動かなくなってしまった。

「……毒矢!?」

アークがフクロウの死骸を睨むように見ながら呟いた。その言葉に、若者達の間に動揺の波紋が広がる。その隙をつき、数人の男達が一斉に、一度に何本もの矢を射ち放った。

一張り弓に幾本もの矢を番えて適当に放つのだ。軌道は勿論滅茶苦茶で、何処に矢が飛んでくるものやら見当が付かない。仕方なしに若者達は手元の武器をがむしゃらに振り回した。武器に当たった矢は全て、地上にバラバラと落ちていく。だが、矢に気を取られていた若者達には更なる隙ができ、その隙を狙って男達は刃物で斬りかかってくる。

舌打ちをして、ワクァが向かってくる男達の武器を受け止める。すると、目の前の男に気を取られてできた死角に毒矢が射ち込まれてくる。仕方なしに一歩退き、矢を叩き落としてまた男の攻撃を受け止める。

「……キリがねぇ……!」

「っつーか、俺達ってひょっとして……いつの間にか追い詰められてねぇ?」

「ゲッ! マジか!?」

口調には余裕があるが、若者達の顔には焦りの色が見える。ワクァも、事態のまずさに渋い顔をした。

自分一人であれば、この場を切り抜ける自信はある。だが、今この場にはワクァを除いても七人の若者達がいる。それぞれにそれなりの力はあるようだが、戦いに関しては所詮素人。全員が無事で済むとは思えない。

誰かが傷を負う事覚悟で無理矢理この場を切り抜け、この事態の打開を狙うか。それとも、全滅覚悟でこのまま粘り続けるか。

今までになく、逡巡する。そんなワクァに、トゥモが小声で話し掛けた。

「ワクァ」

「……何だ、トゥモ?」

視線はそのままに、ワクァはトゥモの声に応えた。すると、トゥモはトゥモで視線をワクァに向ける事無く言う。

「自分が、毒矢の方を何とかするっス。ワクァは、接近戦を仕掛けてくる奴らに集中して欲しいっス」

「お前が……?」

「そうっス。ドジな自分じゃ不安かもしれないっスけど、ここは自分を信じて、背中を預けて欲しいっス!」

その言葉に、ワクァは少しだけ考えた。そして、フッと笑うと言う。

「矢が飛んでくるのは背後からだけじゃない。俺の周囲三百六十度、全部お前に預ける。頼むぞ、トゥモ!」

「は、はいっス!」

ワクァの言葉に、トゥモが力強く頷いた。その引き締まった表情に、若者達の士気も上がっていく。

「よし! ワクァは近距離、トゥモは遠距離。それじゃあ俺達は中距離だ! 合図があったら一斉に動くんだぞ。合図はワクァとトゥモに任せる。良いな!?」

アークの声に、若者達は全員身に纏う空気で返事をした。異議を唱える者はいない。そして、全員が臨戦態勢に入った事を肌で感じた瞬間、ワクァが叫んだ。

「行くぞ、トゥモ!」

「はいっス!」

言い終わらないうちにトゥモは腕に巻き付けた布からナイフを抜き取り、前方上部に向かって素早く投げ付けた。ナイフは弧を描く事無く真っ直ぐに飛び、投擲のモーションが終わる前に樹上の射手の弓手を貫いた。射手は弓を取り落とし、続いてその身を樹下に踊らせる。

瞬間、敵に微かに動揺が生まれた。ワクァはその隙を見逃さず、素早く眼前の敵に斬りつける。更にそこから生まれた隙を突き、アーク達が敵の包囲網を突破する。場は再び混戦模様となり、若者達は思うがままに武器を振るい始めた。

ワクァも、周りに気をかける必要が無くなった分安心して戦う事ができる。当然ながら戦闘経験者であるワクァの戦闘能力は他の若者達よりも格段に抜きん出ており、あっという間に三人を地に下した。

そんなワクァを最も警戒すべき人物と見たのか、男達は矢を一斉にワクァのみに射ち放とうとする。数張りの弓が、ギリギリと引き絞られた。
「そうはさせないっス!」

叫ぶと同時に、トゥモが両手をクロスさせるように閃かせた。四本のナイフがほぼ同時にトゥモの手から離れ、射手の弓手を、樹上に留まる為の足を、矢を扱う肩を、次々に貫いていく。中には、弓の弦を切断された者もいるようだ。

その結果を確認する事無く、トゥモはくるりと後ろを振り向いた。かと思うと、腰のベルトから一切無駄の無い動きで三本のナイフを抜き取り、右手を薙いだ。ナイフは意思があるかのように飛び、茂みの中へと消えていく。その数秒後、茂みからは呻き声が聞こえてくる。

そこで射手の気配が全滅したのか、トゥモは一瞬だけホッと息を吐いた。その瞬間、トゥモは自分自身のズボンの裾を踏み付けて仰向けに転んでしまう。そんな隙の大安売りを敵が見逃してくれる筈が無く、棍棒を持った男がトゥモに殴りかかってくる。

「気を抜くな、トゥモ!」

すかさずフォローに入ったワクァが、棍棒の男を地面に叩き付けながら叱咤した。その声に、トゥモは慌てて起き上がる。

「すまないっス!」

叫びながら、トゥモは新たにナイフを引き抜いた。それを構えつつ、トゥモは辺りに気を配る。ワクァも、そしてその他の若者達も辺りを睨むように見渡した。だが、辺りにはもう殺気は感じられない。

「……これで終わり、か……?」

アークが緊張を解かないままに問うた。

「た、多分……」

「俺達以外、誰も動いてねぇし……」

口々にそう言って、青年達は徐々に緊張を解いていく。その様子にアークも緊張を解き、トゥモはホッと胸を撫で下ろした。

周りが次々に気を緩めていくその中で、ワクァも軽く息を吐いて緊張を解き掛けた。その時だ。

「!?」

耳の辺りにピリッとした殺気を感じ、ワクァは慌てて振り返った。その瞬間、殺気の発信源からベチャッという音と、「うぼぁっ!?」という間抜けな叫び声が聞こえた。見れば、地面に一人の男が転がって呻いており、その顔には何やら白い粘々とした物が満遍なくくっ付いている。そして、その手には吹き矢と思わしき筒。

「これは……」

「はーい、アンタ達油断し過ぎ。家に無事に帰り着くまでが襲撃よ。こんな所で緊張解いてどうすんの?」

言いながら、木の陰からヨシが姿を現した。何かを投げた後なのか、右手をヒラヒラと振っている。そして左腕には大きなバスケットの持ち手を通し、左手には鍋を持っている。

「ヨシ! ……どうしてここに?」

「何って、差し入れ。あと、ついでに援軍?」

ワクァの問いに、ヨシはさらりと言ってのける。その発言に、青年達はざわめいた。

「……差し入れって、さっきの家に無事にたどり着くまでが……という発言と何か矛盾しないか?」

「あいつの顔に投げ付けたのって、まさか食い物か? あんなべた付いたモン、戦闘中には食えねぇよ……」

「ワクァが言ってた通りだな。マジで行動基準や常識が規格外だ……」

そのざわめきに、ヨシがひくりと頬を引き攣らせた。その様子に、ワクァは何となく嫌な予感を覚える。

「良いから、さっさと食べて休んで村に帰りなさい! おばさん達が心配してるわよ!」

ヨシの叫び声に、男達は慌てて食料に飛びついた。小麦を主な原料として作られているらしいべたべたとした物体を喉に詰まらせた者もいる。まだ熱いスープを器から直に啜り、舌を火傷して大騒ぎしている者もいる。そんな様子を横目で見ながら、ワクァはスープを匙で掬って口に運んだ。ヤギの乳を加えて煮込んだらしいとろりとしたスープは、中々美味い。

すると、いつの間にか横に立っていたヨシがにっこりと笑いながら言う。

「美味しい? 人面草のスープ」

瞬間、数名がスープを口から噴出させた。ワクァは辛うじてスープを飲み下し、恨みがましそうにヨシに言う。

「だから……同じネタをいつまで引っ張るつもりだ……?」









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