ガラクタ道中拾い旅
第二話 守人の少年
STEP3 厄介ごとを拾う
4
「屋敷の中に入る事ができれば、何とかしようがある。だからまず、俺が屋敷への侵入を試みる」
ワクァがきっぱりと言い切ると、街の人間達の間にざわめきが起こった。門番や、先ほど屋敷の様子を遠くから見てきたらしい男が問う。
「けど……どうやって? 屋敷の周りは侵入できないよう、高い塀で囲われているし、門の前は盗賊達がぴっちりと固めてる……。とてもじゃないけど、侵入できるようには……」
すると、ワクァはその男や門番に向き直り、思案顔で言った。
「確かに、そうだ。だからこそ、策を言う前に確認しておきたい事がある」
「え?」
二人がきょとんとすると、ワクァは表情を変えずに問う。
「まず……門の前は盗賊達が固めているそうだが……塀の周りや庭はどうだ? 誰か見張りに立っていたか?」
「いや……いなかったと思う。あの塀は高さが二m以上ある上に、鋭い鉄柵が付いてるからな……そもそも普通の人間が簡単に越えられるようなシロモノじゃない。見張りを立てる事自体が、野暮ってもんだ」
「成る程……」
頷き、少しだけ考えた。そして、再び二人の男に問う。
「もう一つ……門を守っている人数は何人だ?」
問われて、二人は記憶を手繰った。そして、思い出しながら言葉を発する。
「確か……三人、だったな」
「あぁ。あれは多分、ワクァさんとか俺達とかが襲撃をかけた時に備えた人数なんだろうな」
「そうだな。門はそんなに広くないから、腕自慢が二人いればとりあえず防ぐ事はできる。その間、あとの一人が屋敷の中に報せに行って、増援が来る……という具合なんだろう」
流石にそれが仕事であるだけに、門番の男は見張りの数の理由をすらすらと言ってのけた。さり気無く「腕自慢」と言ったのは、先ほどまで門を守っていた自分達が屋敷への侵入を許してしまったのは相手が自分達よりも相当に強かったからであり、決して自分達が手を抜いていたわけではないという主張なのだろう。小さな街の事だ。恐らく門番という仕事は普段は閑職で、そんなに強くなくても問題が無いのだと推測できる。
「けどさ、だったら初めから大勢門の見張りにしておけば良いじゃないか。何でわざわざ最低限の人数にしたんだ? やっぱり、罠とかがあるんじゃないのか?」
人の山のどこからか、疑問の声が飛ぶ。もっともな疑問だ。見張りの数が多ければ、襲撃されてもすぐに対応できる。盗賊達の場合、ワクァや街の人間達という襲撃してくる可能性のある相手がいるのだから、見張りを多く置くのが普通だろう。それが少ないとなると、罠があると考えた方が普通だ。その意見に、他の者達がまたざわめく。すると、シグがおずおずと声を出し、己の推測を口にした。
「あの……大勢見張りに置きたくても、置けないんじゃないでしょうか? 屋敷の中には旦那様方に使用人も加えて、二十人はくだらない人数がいます。もし大勢を門の見張りに回して、万一誰かに逃げられたら……と考えたんじゃないでしょうか? 例えば屋敷の中に秘密の脱出ルートなんかがあって、そこから屋敷の外に逃げられたりしたら……とか。……脱出ルートなんかありませんけど……」
シグのその言葉に、ワクァは頷いた。
「その可能性はあるな。この辺りの地形や、奴らが普段から旅人相手の追剥で糧を得ていそうな事から、このジャンガル盗賊団とやらはあまり規模が大きくないと推測できる。だとすると、やはり屋敷の中の人間を見張る為に外へあまり人数を裂く事ができないというのが妥当な線だろうな」
「けど……こう言っちゃなんだけど、奴らからしたら人質は領主様を含めた数人でいい筈じゃないか。使用人達まで全員見張る必要が、どこにあるんだよ?」
別の男が、ワクァに問うた。すると、ワクァは事も無げに言う。
「確かに、奴らからすれば人質は領主一家だけで充分だろう。だが、だからと言って使用人達に逃げられ、中の情報を漏らされても困る……といったところか。自分達が有利な立場とは言え、自分達の人数や人質の居場所などを正確に把握されるのは避けたい筈だ。いつ何が原因で立場が逆転するとも限らないからな」
「そうかもしれない。でも……もし俺が盗賊だったら、必要な人質以外は皆殺してしまって、人員を外に裂くけどなぁ……」
誰かがぽつりと、物騒な事を言った。すると、ワクァはさもありなん、という顔をして更に言葉を紡ぐ。
「確かにな。俺が盗賊だとしても、同じように考えるだろう。だが、その結果もし何かの間違いで領主に死なれてしまったら? 例えば、殺されそうになった使用人を庇って刺されてしまう……とかな」
それを聞いた瞬間、街の人間達は皆ハッとした。そうだ。領主様は、いつでも街の人間達の事を考えてくださる優しい方だ。そんな方が、使用人を見殺しにしたりするだろうか? 良い例が、ファルゥ様だ。正義感が人一倍強いあの令嬢なら、誰かを庇って大怪我をするくらいやりかねない。
皆、同じ事を考えたのか、ごくりと息を飲み込んだ。使用人達を殺そうとしたら、領主一家が死ぬかもしれない……。有り得ない話では無い。
蒼ざめた彼らを見ながら、ワクァは言葉を付け足した。
「それに……屋敷の中にはヨシもいるしな」
「え?」
街の人間達は、今度は一様に怪訝な顔をした。そう言えば、彼らはヨシの存在を知らない。そこに思い至り、ワクァは説明の為口を開いた。
「ヨシは、俺の旅の仲間だ。訳あって、あいつだけがマロウ家の屋敷に宿泊していた。そこそこ派手な色の髪だからな……夕方の奴らが見れば、一目で俺の仲間だとわかる。夕方は戦わなかったヨシの戦闘能力は奴らからすれば未知数だからな……下手な手出しはできない筈だ」
そう言って、ワクァは街の人間達の顔を見渡した。全員、心からではないが、何となく納得した様子だ。そこでワクァは、話を本題に戻す。
「見張りの人数が三人以下なら、侵入の為に実行可能な作戦がある」
その言葉に、街の人間達は全員ワクァに注目した。その視線を特に鬱陶しがる事も無く、ワクァは言う。
「侵入手段だが、強盗達は一時間ごとに状況を報告する文書を届けるように要求している。……これを利用する」
ワクァが言うと、ある男が首をかしげながら言葉を挟んだ。
「でも、それは女子どもの手で、って書いてあるんですよ? 貴方は、背は低いかもしれませんけど……流石に子どもには見えませんし……」
含み無く気にしている事を言葉にされ、ワクァは少々不機嫌そうに顔をゆがめた。それに加え、これより口にすることとなる言葉の事を考えると、より一層顔は不機嫌になっていく。
「そうだ。だから、かなり不本意ではあるが、女装する」
不本意という言葉が妙に力強く聞こえるのは気の所為か。その発言を聞いた瞬間に、シグを含む街の人間全員が「あ〜!」と納得した声を発した。その様子にワクァは更に機嫌を悪くし、額に青筋を立て始める。
「……作戦上仕方の無い事ではあるが……納得するな」
もしも声や言葉を文字化し、更に装飾する事ができるのであれば、恐らく最後の部分は太字なり赤字なりで強調されたであろう。いつもより低い声で抗議するワクァに、矛先をそらすような形でシグが言う。
「けど、ワクァさん……大丈夫なんですか? ワクァさんは奴らに顔を知られているんじゃ……」
ワクァだけではなくシグも知られていると思うが。だが、そんな野暮なツッコミはせずにワクァは言う。
「まぁ、一種の賭けではあるが……多分、大丈夫だろう。直接俺を見た奴でなければ、見た目に関してどんな報告をされていようとも、俺イコール男、という刷り込みがあるだろうからな……。女の恰好をしていれば、まずばれない筈だ」
見た目に関して男と言われて思いつくイメージと言えば、背が高い、ズボンを穿いている、等だろう。それが、背の低い中性的な少年がスカートを穿いていれば、確かに男とはばれないかもしれない。加えて、ワクァは言った。
「それに、門の番をしているのがもし夕方の奴らだとしても、夜の暗い中ならそう簡単にはわからないと思う。加えて、俺は奴らに女と間違えられた時ムキになって否定しているからな。そこまで見た目にコンプレックスを抱えた奴が女装するとは思っていないだろう」
最後の方は半ば自虐的で、投げ遣り気味だ。そんなワクァをフォローする言葉が見付からない様子で、シグは「……ま、まぁまぁ……」と曖昧な笑顔で宥めている。だが、そんな漫才のような空気は今は不要と言うかのように、街の男の一人がワクァに問うた。
「それで……俺達は何をすれば良い?」
問われて、ワクァも不機嫌な空気を何処かへ捨て置き、少しだけ考えると言った。
「そうだな……。まず、奴らに提出する文書を作ってくれ。必要かどうかはわからないが、用意はしておいた方が良い。「まだ見付かっていないが鋭意捜索中です」とでも書いておけば良いだろう。あとは……女物の服を用意してくれ。できるだけ裾が長く、剣を隠し持てるような服が良い。奴らは俺が黒衣だというイメージを持っているようだから、その正反対の白に近い色だと尚良い。用意できるか?」
ワクァが一気に言葉を並べると、一人の男がドン! と胸を叩いた。その顔は、自信に満ちている。
「任せとけ! うちのカカアの、若い頃の服を引っ張り出してきてやるよ!」
若い頃の……という事は、彼の奥方は今現在世間一般で言う若い女性が着るような服を着ないのだろうか。それとも、これを口に出したら失礼だが、昔と今で相当に体形が変わってしまっているのだろうか。何となく、後者である気がする。彼が発言した瞬間に、一同にドッと笑いが起こったのが、その理由だ。
心地良い穏やかな笑い声の中、ワクァは軽く頷くと、衣装提供を申し出た男のもとへ行き、早速作戦準備を始めようとする。その時だ。
「あの……ワクァさん!」
シグが、ありったけの勇気を振り絞ったような声で、ワクァに声をかけた。
「? 何だ」
ワクァが問うと、シグは間髪入れずに言う。
「僕も……僕も連れて行ってください!」
その瞬間、辺りは水を打ったような静けさに包まれた。誰も彼もが動きを止め、シグに注目している。だが、大勢の視線に曝されてもシグは動じない。どうやら、勢いだけの発言ではない。そう感じたワクァは、ぽつりとシグに言った。
「……危険だぞ?」
「構いません! ファルゥ様をお助けしたいんです! 例え命を懸けてでも!」
シグは、即座に言い返した。威圧するように睨めつけるワクァの鋭い瞳、丸い瞳が精一杯の力を込めて睨み返している。数秒の時間が、まるで十分にも一時間にも感じられる。
そんな緊張状態が数十秒続いたかと思うと、突如ワクァはふっ、と力を抜き、体勢を崩してシグに言った。その顔には、半ば諦めの色が浮かんでいる。
「……わかった。だが、一つだけ約束して欲しい」
「? 何ですか?」
ワクァの言葉に、シグは体の緊張を解きつつ問うた。すると、ワクァはシグの両肩を掴み、正面から彼の瞳を見据えて言った。
「どんな場面であっても、絶対に自らの命を投げ出すような事はするな。ファルゥがお前の実の姉のようであり、ファルゥがお前を実の弟のように可愛がっているのなら、尚更だ」
「え……」
命を懸けると言った矢先のこの言葉に、シグは戸惑った顔をした。自分は、弱い。そんな弱い自分がファルゥを助ける為には、命を懸けるしか無いと思う。だが、ワクァは自分に、命を懸けるなと言う。
そんなシグの困惑がわかったのか、ワクァはすっとその場に屈み、視線の高さをシグに合わせ、言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「もしお前が死んだら、ファルゥはどうなる? 弟のように可愛がっていた存在を失って、嘆き悲しむ事になる」
実際、夕方にシグが斬られそうになった時、ファルゥは彼の事を本気で心配していた。斬られそうになっただけでああなのだから、本当に彼が斬られ、そして死んでしまったら……想像に難くは無い。
だが、それでも納得がいかない様子で「けど……」と呟くシグに、ワクァは更に言葉を続けた。その目は、ここではない……何処か遠くを見ているようにも見える。
「俺も……一度、大切な人を守ろうとして、死に掛けた事がある。あの時の若の…………ニナンの顔は……忘れられそうに無い……」
ワクァの脳裏に、三ヶ月以上も前の記憶がまるで昨日の事のように甦る。タチジャコウ家に仕える傭兵奴隷として……いや、ワクァという一人の人間として、ニナンという一人の少年を守りたいと思った。自分を嫌う者ばかりのタチジャコウ領において、ニナンだけが彼の事を好いてくれたから。だから、ニナンの身に危険が迫った時、彼は自然と身体が動き、咄嗟にニナンを迫り来る刃から庇っていた。その結果、危うく落命しかけた。
意識を取り戻し、初めて見たニナンの顔は、表情筋が引き攣り、顔は真っ赤に高潮し、更には涙でくしゃくしゃになっていた。ニナンは比較的泣き虫な子どもではあったが、それでもあそこまで酷い顔になった事は、ワクァが知る限りでは無かったように思う。
あの顔を思い出す度に、ワクァは罪悪感で胸が一杯になりそうになる。そんなワクァの顔を見て、シグは何と言ってよいのかわからない、という顔で呟いた。
「ワクァさん……」
名を呼んだは良いが、その後に続く言葉が出てこない。そんなシグに、周りの男達がおもむろに声をかけた。
「そうだよ、シグ。……お前は信じないかもしれないけどさ、俺たち皆、お前が無事だってわかった時、ホッとしたんだぞ」
「……え?」
思いがけない言葉に、シグは驚いて男達の顔を見た。すると、別の男が相好を崩しながら言う。
「そうそう! お前が死んだら、ファルゥ様が嘆かれるからな!」
「何だよ。ファルゥ様が嘆かれないなら、シグが死んでも良いのかよ?」
「あ、勿論ファルゥ様が嘆かれるからってだけじゃないぞ、お前が死ぬのは俺だって嫌だからな!」
男が慌てて言葉を付け足す。ドッと周りに笑いが起こり、そのまま別の男が発言する。
「知ってるか? 前にうちの坊主がお前をいじめた時、ファルゥ様……うちに怒鳴り込んできて、わんわん泣きながら仰ったんだぜ。「シグをいじめるな。例え傭兵奴隷でも、シグはシグだ!」ってな。普段が普段なだけに、大泣きされて本当にビビっちまったよ」
その言葉に、シグは丸く目を見開いた。どうやら、初耳だったらしい。そんなシグに、男は更に言う。
「そのお言葉で気付かされたよ。確かにお前は傭兵奴隷かもしれない。けど、その前にお前は俺たちと同じ……シグという名前の一人の人間で、この街の……俺たちの仲間なんだ、ってな」
男が言うと、他の男達も頷きながら口々に言う。
「俺たち皆、領主様やファルゥ様の笑顔が大好きなんだ。それが……お前が死ぬことで消えたりしたらたまらねぇ」
「ファルゥ様達の笑顔だけじゃねぇ。こんな事で街の仲間が一人でも消えちまうなんて……俺は絶対に嫌だからな!」
「だからシグ……ワクァさんだけじゃなく、俺たちにも約束してくれ。絶対に死なないって。ファルゥ様だけじゃなくって、俺たちが悲しまない為にも……!」
それらの言葉に、シグの目にうっすら涙が浮かんだ。今まで、街の人達は皆、自分の事を嫌っているものだと思っていた。それが、自分も街の仲間なのだと言う。ファルゥだけではなく、彼らのためにも死なないで欲しいと言う。その言葉が、やけに嬉しい。
やがてシグは、目に溜まった涙をグイッと拭き取ると、キッと眦を上げ、キッパリとした声で言い切った。
「わかり……ました。絶対に死にません!」
その様子を傍から眺めていたワクァは、シグの言葉にフッと微笑むと、辺りに問い掛けた。
「決まりだな。誰か、シグが変装する為の服も用意してくれないか?」
その言葉に、数人の男が名乗りを上げる。その様子を、少しずつピリピリとした空気が戻ってくるのを感じながら、シグは見詰めていた。