ガラクタ道中拾い旅










第一話 双人の旅人











STEP5 旅のお供を拾う











キャンプは、子パンダイヌを拾った場所から徒歩五分ほどの場所にあった。子パンダイヌの飼い主の仲間であると思われる二人の男が、皆を出迎える。

「お、パンダイヌは見付かったのか、ハヤ?」

「んん? ハヤ、何だその子達!? 何処でそんな可愛い子二人も見付けてきたんだよ!?」

その言葉に、瞬時にワクァは眦を吊り上げ、怒鳴りそうになったところをヨシに止められた。ハヤと呼ばれた男は、苦笑しながら二人を仲間に紹介する。

「この二人がこいつを拾ってくれてたんだ。こっちはヨシさんで、こっちはワクァ君。ワクァ君はこれでも男なんだってさ。残念だったな、ルキ。折角お前好みの美人だってのに」

その言葉を聞いて、ルキという名であるらしいチビで小太りの青年は唖然とした。まだ精々三十代だろうに既に可哀想な事になりかけているこげ茶色の髪が、驚きの所為か逆立ってしまっている様が見ていて中々面白い。

同じく面白いと思っているのか、ルキを楽しそうに眺めながらハヤがもう一人の仲間に言う。

「それでさ……こいつを拾って貰ったお礼に、食事をご馳走しようと思うんだよ。材料は足りるよな、サロ?」

問われて、サロと呼ばれた長身の男は長くて黒い髪を揺らしながら「勿論だよ」と言った。そして、二人にキャンプ地特有の丸太椅子に座るよう促す。その椅子に近付いた時だ。

「まふー! まふー!!」

突如、ヨシに抱かれていた子パンダイヌが激しく鳴き始めた。

「ど……どうしちゃったの!?」

ヨシが慌てて宥めるが、子パンダイヌの興奮は収まらない。その様子をおかしく思ったワクァは、丸太椅子の付近に何かパンダイヌを興奮させる物でもあるのかと調べ始めた。そして、「!」と顔を引き攣らせると、三人の男達に向かって問うた。

「……失礼ですが、貴方達はどういう関係で、どのような理由でこの場所に……?」

その言葉には、普段のワクァからは想像もできないような動揺が窺える。だが、その様子には気付かずにハヤは言った。

「ん? 俺達はハンター仲間だよ。此処に来たのも、ハントを楽しむ為さ。この近くには、良い狩場があるんだよ。知ってたかい?」

知る筈が無い。そう思いながらも、ワクァの表情から何かあると読み取ったヨシは、子パンダイヌを宥めながらもその様子を見守る事にした。

ワクァは、手を震わせながら更に問う。

「もう一つ、お聞きします……。……「これ」は、このパンダイヌの親……ですか……!?」

そう言って、ワクァはテーブルの逆サイドにある丸太椅子にかけてあった毛皮を掴んだ。黒と白の、パンダのような体格で犬のような顔をした動物の毛皮。手触りは、まふまふしている。

しかし、子パンダイヌとの決定的な違いがあった。それは、中身が完全に無くなり、死んでいるという事。毛皮しか残されていないという事だ。

その毛皮を目の当たりにし、ヨシも顔を引き攣らせた。その腕の中で、子パンダイヌは更に興奮を増す。

だが、ヨシやワクァ、子パンダイヌの様子など意にも介さずという風情で、ハヤは言った。

「あぁ、そうそう。中々上手く剥げてるだろ? 俺ら、普段は狩りを楽しむだけで剥製にも毛皮にも興味無いんだけどさ。そいつは毛皮があんまりにも立派だったから、珍しく剥いでみたんだよ。ま、これだけできる余裕があるのも、俺達が貴族だからこそ! 庶民だったら、その日の暮らしだけで一杯一杯だから、趣味で狩りをやるなんてできやしないだろう?」

……そうか、こいつらは、貴族か……。

貴族にはまるで良い記憶が無いワクァが、嫌そうな顔をした。ヨシも、貴族という言葉を聞いて、何となく気分が悪くなる。

しかし、それにも気付かない様子で、ハヤは言葉を続ける。

「親を狩ったら、この子供が駆け寄ってきたからついでに捕まえたんだ。可愛いだろう? 飼えば、絶対に女の子達の評判になるぜ?」

「……中身は、どうしたの?」

自慢げに話すハヤに、少し震える声でヨシが問うた。

「中身?」

ハヤは、きょとんとした声で問い返す。

「皮を剥いだ後、中身の……肉や骨はどうしたの? ……食べたの? それとも、埋葬してあげたの……?」

ヨシの問いに、ハヤ達は「は?」という顔をした。

「食べやしないよ。野生の肉なんて、味が下品過ぎて俺達貴族の口には合いやしない。それに……埋葬? 何でそんな事をする必要があるんだ? 毛皮の中身は、森の中に捨ててきたよ。今頃は他の動物の餌になってるんじゃないか?」

「!!」

ワクァとヨシの目が、同時に見開かれた。

「すると……お前達は、特に必要としてもいないのに……たかが趣味で親のパンダイヌを殺して……それだけでは飽き足らずにその子供を捕まえたと言うのか……!?」

ワクァが、呆然としながら問うた。最早、動揺を隠し切れていない。敬語を使う事を忘れている辺りからも、それがわかる。

しかし、その様子を怪訝な顔で見ながら、男達は言った。

「そうだよ、当たり前じゃないか?」

「必要無く狩って、何か問題でもあるのかい?」

「所詮動物なんて、俺達貴族の道具か玩具でしかないんだよ。ま、奴隷と同じだね」

「!!」

ワクァの顔が、ザッ!と蒼ざめた。その顔からは、ありありと怒りが滲み出ている。

それを視認したヨシは、キッと眦を吊り上げると、男達に聞こえるよう、大きな声で言った。

「どうしようもないわね、アンタ達!!」

「何?」

「どういう意味だい、ヨシさん?」

一瞬で顔を曇らせた男達が、ヨシに問う。ヨシは、遠慮する事無くズバズバと言ってのけた。

「どうもこうも、そのまんまよ。飢えてもいないし不便を感じてもいないのに、ただ狩りを楽しむ為だけに罪も無い動物を殺して……オマケにその子供を拉致? 何よ、動物も奴隷も道具か玩具のようなものって。神様がいつアンタ達に生殺与奪の権利を与えたってのよ? アンタ達何様? ……あ〜、貴族様ね! 貴族様だったら仕方無いわね。子供の時から甘やかされて、ろくにお勉強もしてないんだから!」

それだけ言いたい放題言われてしまっては、男達としても黙ってはいられない。何しろ、彼ら貴族にとって最も大切なプライドを傷付けられたのだ。怒らない筈が無い。

「黙って聞いてれば、好き放題言ってくれちゃって……」

「女だから容赦すると思ったら、大間違いだぞ……!?」

「ちょっと痛い目を見てもらおうか……? 貴族は弱いってイメージが一般的にはあるらしいけど、僕達は子供の頃高名な武術家に稽古をつけてもらった事もあって、そんじょそこらの奴らよりもよっぽど強いんだぞ!!」

口々にそう言うと、三人は各々サーベルやら弓矢やら、各自腕に自身のある得物を持ってヨシに襲い掛かってきた。その様は傍から見れば、良い年した野郎が三人がかりで年端もいかない少女に襲い掛かっているという、どうしようもなく大人気なく情けない光景である。

その三人を呆れた目で見、子パンダイヌを抱えた状態でサーベルや矢をいともアッサリ躱すと、ヨシは近くで怒りに震えていたワクァに言う。

「ワクァ〜? 遠慮しなくて良いから、思う存分やっちゃって! 先に手を出したのはこいつらだから、正当防衛成立よ! これなら躊躇わずに攻撃できるんじゃない?」

言われて、ワクァは怒りを吐き出すようにフゥと溜息をつくと、静かに言った。

「あぁ……そうだな。いつもなら「お前が煽ったんだろう」と言うところだが……今回それは聞かなかった事にしておこう……! いくぞ、リラ!」

そう言うと、ワクァはすらりとリラを抜き放った。八十p程の白銀の刃が、日の光を受けてきらりと光る。

そして、ワクァは迷わずヨシと三人の男達の間に割り込んだ。リラで矢を全て叩き落し、二人分のサーベルを受ける。受けたかと思えばあっという間にサーベルを両方とも叩き落し、一旦リラを鞘に収めた。そして、鞘に収めた状態のリラを振るって二人をアッサリと後に吹っ飛ばす。

ワクァの、どちらかと言えば小さいその体の何処にそんな力があるのかと問いたくなるほどだ。

二人の巻き添えを喰らって、弓を扱っていたサロもその場に倒れ込んだ。それと同時に、ボキリと嫌な音が聞こえる。見れば、倒れた拍子にサロの弓は見事な程に折れていた。

「あ……あわわわわ……」

予想外の展開に、三人の男達は慌てふためいた。その様子を冷ややかに見下ろしながら、ワクァは再びリラを抜き放った。白銀の刃が、鋭く冷たい光を放つ。

「……その程度か? どうやらその高名な武術家という奴は、お前達に稽古をつけるのではなく、遊んでやるつもりで相手をしていたらしいな。本当に真剣に稽古をつけられていたのならもっと強い筈だし、お前達の根性もそこまで腐り切ってはいない筈だ」

そう言って、ワクァはキッと男達を睨み付けた。流石に、幼い頃から傭兵奴隷として剣技をみっちり叩き込まれてきただけあって、迫力も技術も男達のそれとはまるで別物だ。はっきり言って、格が違う。

顔と体格だけ見れば、この場で一番弱そうなのにねぇ……と、本人に聞こえたらガンッガンに怒られそうな事を考えながら、ヨシは成り行きを見守った。ワクァは、リラの刃を男達に突きつけながら冷たく言い放った。

「二度と意味の無い狩りはしないと、この場で誓え。さもなくば、お前達をあのパンダイヌと同じように切り裂く。そうすれば、意味も無く殺される者の無念さというものを理解するだろうからな……」

目を見る限り、ワクァは本気だ。まぁ、実際に切り裂くなんて真似は性格上できないんだろうけど。そうは思ったが、ヨシは黙っている。

男達は完全に血の気が失せ、「誓いますから命だけはお助けを」だの「二度と動物を狩ったりしませんからお許しを」だの泣き叫んでいる。あまりに情けないと言えば、情けない。

そしてワクァはと言えば、男達の懇願に殺気を削がれた……と言うよりは呆れて、リラを鞘に収めた。

相変わらず冷たい目で男達を一瞥すると、更に冷たい声で言う。

「……去れっ!」

瞬時に、男達は弾かれたように駆け出した。見栄もへったくれも無い……そんな逃げ方だ。そんな彼らを見送った後、ワクァは殆ど抑揚の無い声でヨシに言った。

「ヨシ……行くぞ」

「へ? 行くって、何処に?」

問われて、ワクァは少し沈黙を置いた後言った。

「森だ。せめて埋葬だけでもしてやらないと、後味が悪過ぎるだろう?」

「……あ!」

ヨシがそう言う間にも、ワクァは森に向かって歩き出している。

「あ、待ちなさいよワクァ!」

ヨシも、子パンダイヌを抱えたままワクァの後を追った。

上を仰ぎ見れば、空が青い。痛々しいほどに、青かった……。








web拍手 by FC2