フェンネル謎解記録帳3~学び舎の花巡り~



























「へぇ! 平安神宮に行ったんだ。あそこ、すごいよねぇ。とっても広くて、見るだけでも壮観と言うかさ」

「そうなんスよ。校長の趣味だとかで毎年必ず連れて行かれるらしいんスけど、あまりの広さにテンション上がっちまって。思わず全力で走りたくなって、よーいドン! ってやろうとしたら女子に怒られて妨害されました」

「そりゃ、残念だ」

午後。丁度お昼休憩の時間であったらしいフェンネルに着いてから、山下は乾と楽しげに話をし続けている。一方で和樹は、弁当のサンドイッチをかじりながら、未だに思案顔だ。乾曰く、前回訪れた日曜日から、ずっと暗号の事を考えているらしい。本当に、負けず嫌いな性格のようだ。

山下は、もう完全に暗号よりも修学旅行の土産話に重きを置いているようで、デジカメを取り出し、乾に写真を見せ始めている。そして、現地で買ったらしい土産物も。

「そうそう。平安神宮で、こんなん手に入れたんスよ」

言いながら、山下が何かを取り出した。手持ちぶさたになっていた涼汰も、乾と一緒に山下の手元を覗き込む。

山下が取り出したのは、植物の絵が描かれた、結構大きな木札だった。三十センチ定規を横に二本並べたぐらいの大きさだろうか。

「先輩……何ですか、これ?」

「おう。花御札っつってな、平安神宮でお参りすると手に入る、除災招福のお札だそうだ。十二ヶ月分の絵があって、月によって絵が違うんだと」

そう言う山下のもう片方の手には、「集印帖」と書かれた、説明書きと思われる紙がある。当人も、よくわかっていないのだろう。

「お参りかぁ。……結構、高そうだねぇ」

「実際、中学生には高かったっスよ。けど、今月の絵が楓って聞いて……ほら、俺って名前に、楓って文字が入ってるじゃないっスか」

「あぁ、だから、何かやらなきゃいけない気になった、と?」

「そうなんスよ!」

二人の話を適当に聞き流しながら、涼汰は何気なく視線を動かした。そして、ギョッとする。

ついさっきまでメモ用紙を睨んでいた和樹が、いつの間にか山下の花御札をジッと見詰めていた。気配に気付いたのだろう。山下と乾も、和樹の方を見てギョッとした。

「ま……間島さん? どうしたの?」

「それ……」

和樹が、山下の手を指差した。花御札ではなく、もう片方の手にある集印帖なる紙の方だ。

「それ、ちょっと見せてくれる?」

「え? あ、はい。どうぞ?」

少々面食らった顔をしながらも、山下は素直に集印帖を和樹に手渡す。目を通すうちに、和樹の顔に次第に笑みが広がっていった。

「そうか……これを知らなきゃ、解けない暗号だったんだ……!」

言うや、和樹は立ち上がり、パソコンで何事かを調べ始める。

「か、和樹くん……ひょっとして?」

乾の声に、和樹は頷いた。

「えぇ……お待たせしちゃいましたけど、多分わかりましたよ。楓哉くんの、土産話のおかげでね」

元の席に戻り、あのメモ用紙をテーブルの真ん中に置く。全員がそれを覗き込んだところで、和樹はメモ用紙の一行目を指差した。

「まずは、今回もおさらい。今度の暗号文は、見ての通りだね」



時計が虎を指す季節。

亀のいる山近い場所。

千歳の神鳥示す札。

椿の花咲くその場所で。

花の根元を覗き見よ。



「一行目から、本当にわかんねぇんだよな。何だよ、〝時計が虎を指す季節〟って……」

「たしかに、一行目と二行目は、ちょっとマニアックかもね。じゃあ、一つずつ説明していくけど……時計と言われたら、楓哉くんと涼汰くんはどんな時計を思い浮かべるかな?」

言われて、涼汰と山下は顔を見合わせた。

「どんなって……」

「まぁ、普通に……文字盤に、長い針と短い針があるようなヤツっスかね?」

「うん、そうだよね。今の世の中、デジタル時計はかなり普及しているけど、やっぱり時計と言えば、長い針と短い針の、アナログ時計を思い浮かべるよね」

言いながら、和樹は壁の上部を指差して見せる。シンプルなアナログの壁掛け時計が、十二時五十分を示している。

「時計はアナログ。そのイメージが無いと、この文章は意味をなさないんだ。針がどの場所にあるのか、が重要だからね」

「針がある場所って……」

「虎時なんて時間、聞いた事が無いよ?」

「僕も」

山下、涼汰、乾の視線に、和樹は「でしょうねぇ」と頷いた。

「俺も、聞いた事が無いです」

「え」

呆れた顔をする三人に、和樹は「まぁまぁ」と苦笑した。

「この文章が示しているのは、時間じゃないんですよ。ほら、〝季節〟って書いてあるでしょ?」

たしかに、書いてある。書いてあるが……。

「虎の季節ってのも、聞いた事、無いよなぁ……」

「じゃあ、そろそろちゃんと説明しようか」

笑いながら、和樹は棚から一枚の紙を取り出した。ミスプリントした物らしく、裏返してそこに何かを書き始める。

「四神って言葉は、聞いた事はある?」

問われて、山下の目が輝いた。

「あるある! ゲームとかマンガで、よく出てくるっスよ! 青の龍とか、炎の鳥とか、白い虎とか……虎?」

山下が首をかしげ、涼汰と乾は「あ」と呟いた。和樹は、裏紙に十字に交わった線を書き終えている。

「中国から伝わってきた思想ですよね。四神とか、陰陽五行とか。詳しくは知らなくても、楓哉くんが言ったようなマンガやゲームで名前とイメージくらいは知っているという人も多いと思います」

言いながら、十字の周りに文字を書き込んでいく。上に〝水〟、右に〝木〟、下に〝火〟、左に〝金〟、真ん中の線が交わった場所に〝土〟。今度は同じ順番で、黒、青、赤、白、黄。次に、冬、春、夏、秋、土用。更に同じ順番で、北、東、南、西、中央、と書き込んだ。

「陰陽五行説ですと、こんな感じに、世の中の全てを五行に当てはめる事ができます。そして、例の四神も、これに当てはめる事ができる」

言いながら、先ほどと同じ順番で書き始めた。玄武、青龍、朱雀、白虎……。

「あっ! 虎……!」

目を丸くして、山下が和樹の書き込んだ図を勢いよく覗き込んだ。視線の先にある文字は、白虎。そして、書かれているのは、時計で言うなら九時の場所。白虎と一緒に書かれているのは。

「金、白、秋、西……」

「もう、わかったよね?」

ペンをしまいながら、和樹は涼汰と山下に声をかける。

「虎の季節というのは、秋の事。たしか、西側の花壇が秋用になっているんだったよね?」

返事をする代わりに、二人はごくりとつばを飲み込んだ。和樹の解説は、続く。

「ちなみに、四神と言われているけど、そこの中央に黄龍か麒麟を加えて、五神とする場合もあるようだよ。……まぁ、それは今回関係無いから、興味があるならあとで自分で調べてもらう事にして……」

言いながら、二行目を指差した。

「この〝亀のいる山近い場所〟というのは、三行目以降がわかって、初めて意味をなしてくるんだ。だから、先に三行目以降を説明するよ?」

指が、二行目から三行目と四行目の間にスライドする。

「今回俺が最後までわからなかったのは、この三行目と四行目。それが、楓哉くんが修学旅行で花御札を貰ってきた事でわかったよ。この〝千歳の鳥が示す札〟というのが、まさにこの花御札の事を指していたんだ」

「? どうしてそんな事がわかるのさ?」

不思議そうに首をかしげる乾に、和樹は人差し指を立てて見せる。

「まず、〝千歳〟ってありますよね? ちとせ、とか、せんさい、とか読みますが、これはつまり、千年の事です。日本で千年と言えば、何を連想しますか?」

「うーん……人によってバラつきはあるだろうけど……ある程度歴史を勉強した人なら、平安時代を思い出す、かなぁ?」

「そう。それほど歴史に詳しくなくても、何となく日本の結構古い歴史で、戦国時代よりも前っぽくて、何か京都で貴族が蹴鞠をやったりしてた時代があった……くらいは小学校の社会でも習うよね?」

去年まで小学生だった涼汰は、頷いた。たしかに、それぐらいは習った気がする。

「つまり、この〝千歳〟は京都の事を指し、〝神鳥〟とは、神社の事を言っているのだと思います。ほら、神社には、鳥居があるじゃないですか」

「言われてみれば、そうだねぇ……。けど、京都に神社なんて、それこそたくさんあるじゃないか。伏見稲荷の千本鳥居なんて物だってあるしさ」

「あ、それ、班別行動の計画立ててる時に聞いたっス。ものすごい量の鳥居が並んでる霊的スポットだって!」

山下の発言に、乾ががくりと崩れ落ちた。

「歴史ある神社も、中学生にかかれば霊的スポットに早変わりなんだねぇ……」

「中学生に限らず、歴史や文化に興味の無い人の印象ってそんな感じだと思いますけどね。……それはさておき。楓哉くんの話だと、葉南東中学校の修学旅行では、毎年必ず平安神宮に行くんだよね?」

「はい。他の神社とかも行くには行くんスけど、必ず行くのは平安神宮だけらしいっス」

山下が頷き、和樹も頷いた。

「……と、まぁこんな感じで。歴代の葉南東中の生徒の誰に訊いても、必ず行ったと言われる場所が、京都の平安神宮なんですよ。この暗号が見付かったのは葉南東中の花壇ですから、三行目が示しているのは平安神宮、そこの札という事で、花御札の事を示していると考えたわけです」

「あ、じゃあ……〝椿の花咲くその場所で〟っていうのは……」

涼汰が和樹に手を伸ばし、和樹は頷きながら、先ほど山下から渡された集印帖を手渡した。そこには、十二種類の花の絵が描かれている。

「花御札は、月によって絵が変わる。その数は、十二。西面の花壇の数も十二。つまり、十二ヶ月のうち、椿の花が花御札に描かれる月と同じ数字の花壇に、その目的の物は眠っているんだと思うよ。五行目に〝花の根元を覗き見よ〟って書いてあるしね」

集印帖を見ると、椿の花は十二月に描かれている。つまり、目的の花壇は、十二番目だ。

「……けど、北と南、どっちから数えて十二番目なんスか? 花壇に、特に番号なんてふってないんスけど……」

眉根を寄せながら、山下が首をかしげる。そして、「まぁ、二つぐらいなら両方掘ってみても……」と恐ろしい事を呟いた。

「それを示してくれるのが、さっき後回しにした、二行目の文章だよ」

和樹の指が、再び二行目の文章を指差した。

「〝亀のいる山近い場所〟……。さて、さっき俺は、虎の季節を説明するために、四神の説明を軽くしたわけだけど……」

言いながら、先ほどの図をもう一度皆に示した。

「この玄武ってね。亀に蛇が巻き付いている状態で描かれている事が多いんだよ」

「あっ!」

ゲームかマンガかで描かれていた姿を思い出したのだろう。山下が、再びすごい勢いで紙を覗き込んだ。

「玄武と同じ五行なのは、北……って事は……」

「亀のいる山に近いって事だから……南から数えて、十二番目。西面の一番北の花壇が正解って事だね、間島さん?」

和樹は、頷いた。それに顔を輝かせて、涼汰と山下はハイタッチをする。乾だけは、すっきりしない顔をしていた。

「けど……何で山?」

「四神相応の地っていうのがあるんですよ。山とか、川とか。それによると、玄武に相応する土地は山って事になっています」

「あ、それで!」

今度こそ納得したのだろう。乾は、ぽんと手を打ち鳴らした。

「やー、すっきりした! すっきりしたところで、そろそろ仕事に戻ろうか」

時間は、既に一時を過ぎている。花屋の二人は急いで食事の後片付けをして、エプロンを装着した。

「……で、二人はどうする? 花屋の仕事とか、手伝っていくかい?」

にこやかに言う乾に、涼汰と山下は二人揃って敬礼し、「謹んで遠慮いたします!」と慣れぬ言葉を張り上げた。その様子に、乾も、和樹も笑う。

「じゃあ、今度は冬の初め辺りに掘り起こすのかな? また何か出てきたら、教えに来てよ」

「また暗号が出てきたら、次も和樹くんを使っちゃえば良いからさ」

「ちょっと、乾さん……」

軽い会話を交わしながら店に出る二人を背に、涼汰と山下は店を出る。

「じゃあ、掘り起こすのは次の花壇入れ替え時期だから……それまではこないだと同じで、待機だな。心置きなく発掘作業ができるように、中間テストと期末テスト、ちゃんとやれよ!」

「先輩こそ!」

わちゃわちゃと騒ぎながら去っていく二人を、乾は微笑ましそうに見送っている。

「いやぁ……若いなぁ……」

「乾さん、本当にオッサンみたいですよ、その発言……」

呆れたように言ってから、和樹はふと、思案する顔になった。

「それにしても……」

「ん?」

振り向いた乾に、和樹は難しそうな顔をしながら、言葉を投げかけた。

「あの暗号……埋めたのは一体、どういう人物なんでしょうね……?」












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