ドラゴン古書店









 竜王の谷……人々からそう呼ばれている、人里からそれほど離れていないその場所に、一軒の古書店がある。店の屋号は、ドラゴン古書店。その名の通り、ドラゴンが経営している古書店だ。

 店に常駐しているのは、双子の兄弟ドラゴン。兄は赤色、弟は緑色の表皮が特徴だ。人間の三倍ほどの身の丈に、紺色のエプロンを装着した姿は、見た目による恐ろしさを半減してくれている。

 店の建物は、巨人族でも余裕を持って通れるように大きく作られている。店内に据えられた書架の中身も豊富だ。だが、書を綴る、という行為は主に人間族が好む作業であるため、収蔵されている書物のサイズは人間用の物がほとんどだ。

 そんな古書店に、今日もまた客が一人。人間だ。

 この古書店内は、基本的に不干渉地帯となっている。どんな種族でも利用でき、そして店内での争い事はご法度。禁を破れば、ドラゴン兄弟からの折檻が待ち受けている。

 だからこそ、人間や妖精など、小さな種族でも安心して利用できるのがこの店の強みだ。

 訪れた人間の客は、自分に適したサイズのはしごを入り口で選ぶと目的の書架に架け、少しだけ時間をかけて一冊の本を選びだした。その本を持ってはしごを降り、それを使ってレジ台の上によじ登った。

「この本をくれ!」

 そう言って彼が差し出した本のタイトルは、『誰でもできる! 簡単ワーウルフ退治!』というものだった。

 レジ番をしていた弟ドラゴンは、タイトルと値段だけ確認すると、特に何を言うでもなく金銭を請求し、客の男から銅貨を受け取った。男は本を手にすると満足そうに頷き、満面の笑みを向けてくる。

「売ってくれて、ありがとな! ワーウルフを倒して懸賞金が入ったら、今度はもっとたくさんの本を買いに来るよ!」

「……そうか。まぁ、精々頑張るんだな」

「何だよ、その言い方」

 苦笑して、男はレジ台に架けたはしごに足をかけた。途中からは一歩ずつ降りるのももどかしくなったらしく、一息に飛び降りる。そして、意気揚々といった様子で、店を後にした。

 その後ろ姿を眺めながら、弟ドラゴンは軽くため息を吐き、近くの書架ではたきをかけていた兄ドラゴンに声をかける。

「……なぁ、兄者」

「どうした、弟よ」

 兄ドラゴンの応答に、弟ドラゴンは少しだけ難しそうに唸る。

「あの様子だと、あの男は今からワーウルフの郷へ攻め込みに行くようだが……あのような書物を買ったという事は、あの男、ワーウルフと戦った事は無いのだろうな」

「あぁ、そうだろうな」

 兄ドラゴンが頷くと、弟ドラゴンはますます難しそうな顔をする。

「あの男に限った話ではないが……何故人間という種族は、その技術について記された書物を手に入れただけで、その技術を習得したつもりになるのだろうな……?」

「さて……人間という生き物は、書物の中身を頭の中で追体験するものらしいからな。物語の書物にしても、そう。書物を読む事によって、登場人物の体験を頭の中でなぞる事ができるらしい。だからこそ、どの種族よりも書物に興味を持ち、時に言葉を綴ろうとするのだろうな」

「追体験などしたところで、それが己の血肉となるわけでもあるまいに……」

 度し難い、と言いたげな弟ドラゴンに、兄ドラゴンは鷹揚に笑って見せる。

「人間は人間、我らは我ら。ひょっとしたら、人間は追体験をする事で、我らにはわからぬ糧を得る事ができるのかもしれないだろう? そんなに気にする事ではない。我らはただこうして、持ち込まれる書物を買い取り、それを求める者に売る。それだけの事をやっていれば良いではないか」

 そう言われて、弟ドラゴンは理解したような、できなかったような……曖昧な表情を浮かべて頷いた。そんな彼を、兄ドラゴンは微笑ましげな顔で見詰めている。かと思えば、おもむろに書架から一冊の本を取り出し、弟ドラゴンに手渡した。

「それよりも、この本をレジに置いておくと良い。恐らく、もう少ししたら買い手が現れるだろうからな」

 手渡された本のタイトルを見て、弟ドラゴンは目を丸くした。

「……この本は……!」





 ◆





 それから、一日も経たない頃。そろそろ夕餉の支度を始めようかという時になって、ドラゴン古書店を訪れた者がいる。

 手足は毛深く、臀部に尾が生えている。二足歩行をして人間のようだが、顔は狼。……ワーウルフだ。

「おう、この本を買い取ってくれねぇか?」

 そう言って、ワーウルフは一冊の本をレジ台に投げ出した。タイトルは『誰でもできる! 簡単ワーウルフ退治!』

 見覚えのあるタイトルだ。表紙にべっとりと血糊が付いているのを見て、弟ドラゴンは顔を顰めた。

「血で汚れ過ぎている。希少本というわけでもなし、これでは買い手がつかないな。よって、悪いがこれを買い取る事はできない」

 きっぱりそう告げると、ワーウルフは特に食い下がるわけでもなく、「そうか」と本を引っ込めた。そして、しばらく辺りを見渡すと、「じゃあ……」と口を開く。

「欲しい本だけ買って帰る事にするよ。……ん? あぁ、そこにある本で良いや。それ、売ってくれるかい?」

 ワーウルフが問えば、弟ドラゴンは「勿論」と頷いて値段を確認し、金銭を請求する。

 銅貨で支払いを済ますと、ワーウルフは本を抱えて店を出て行った。何やらウキウキしているようにも見えるその後ろ姿を眺めながら、弟ドラゴンは帳面に売れた本のタイトルを書き記す。

『新鮮な人肉で作る極上レシピ二十選』と書き終ったところで、弟ドラゴンは帳面を閉じ、店じまいをするために立ち上がった。













(了)












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