ドラゴン古書店 読想の少女と二匹の竜









第8話■妖精の地図帳<2>■









「どうした、ニーナ」

「また巨人の時のように、メモ書きでもあったか?」

 ツヴァイの問いに、ニーナはこくりと頷いた。そして、該当するページを開いて、二匹に見せる。

「『ピクニックに最適! 薬効のある花々が咲き乱れる草原、神の原』だそうです」

 草原の地図には、薬効のある花が咲いている場所を示すマークが所狭しと書かれている。

 そして、特に美しい花が咲いていそうな場所には、赤いインクで丸が描かれていた。

「これ……あなたが描いたんじゃないですか? すごくワクワクする想いが伝わってくるから、誰かと一緒にピクニックに行くつもりだったとか」

 ニーナが妖精に問うと、妖精はボロッと大粒の涙をこぼした。その様子に、ニーナも、ドラゴン兄弟もギョッとする。

「ご、ごめんなさい! 私、無神経でしたよね? 誰かと一緒にとか、勝手に詮索しちゃって……」

「そうよー! 全部あなたの言う通りよ! 一緒に行くつもりの人がいたのも、すごく楽しみにして行き先をチェックしたのも、あなたの言葉が無神経なのも、全部その通りよー!」

 わんわんと泣きながら言う妖精に、ニーナはまず、詮索をした事、探るような聞き方をした事を謝った。そして、「あなたさえ良ければ」と、事情を尋ねてみる。

「……あなた、見た目や喋り方に似合わず、結構図太いわね……」

 涙を拭いながら、少し呆れたような口調で妖精は言った。そして、鼻をぐずぐずと鳴らしながら経緯を語る。

「友達と、……っく……ピクニックの約束をしてたのよ。……私、楽しみで……色々調べてっ。けど……直前になって、その子と……っく……ケンカしちゃって……行けなくなっちゃって……」

 原因は些細な事だった。すぐに謝れば、仲直りできたかもしれない。そうすれば、ピクニックにも行けただろう。

 だが、どちらも意地になってしまい、謝れないまま時が過ぎてしまった。ピクニックを予定していた日は、ピクニックに行けないまま終わり、手元にはワクワクしながらチェックをした地図帳だけが残った。

「なるほど。それでもうこの地図帳は不要になってしまったと判断し、ここに売りにきたと。そういうわけか」

 ツヴァイの言葉に、妖精は力無く頷く。だが、そんな妖精に対して、ニーナは首を傾げて見せた。

「あの……この本、お返しします。そういう事情なら、まだ持っていないと」

「はぁ?」

 赤く腫れあがった目で、妖精がニーナを睨み付けた。

「なにそれ、嫌味? ピクニックはもう行けないのよ。なのに、そんな本を持っててどうしろって言うの? 事ある毎にその本を見て、ケンカしちゃった事を反省しろとでも言いたいの?」

 ニーナは、首を横に振る。

「もう行けないなんて事、ありませんよ。お友達と仲直りすれば、改めて日を決めて、行けると思います。その時、この本が無かったら困るんじゃないですか?」

 そう言って差し出された本を、妖精はおずおずと受け取る。そして、本で顔を隠すようにしながら、ニーナに問うた。

「……仲直り、できると思う?」

「はい!」

 喰い気味に力強く返事をしたニーナに、妖精はプッと噴き出した。

「私よりあなたの方が力んでどうするの? けど、そうね……。そう言って貰えるなら、頑張ってみようかしら」

 頑張って、勇気を出して、謝ってみる。

 そう言う妖精に、ニーナはもう一度、「はい」と言った。今度は、力み過ぎずに言えた。

 すると妖精は、少し照れ臭そうにしながらも、「ありがと」と呟く。そして、ニーナの顔をまじまじと見た。

「……あの?」

 恥ずかしそうにしながらニーナが声をかけると、妖精が「あのね」と口を開いた。

「私、まだあなたに名前を教えていなかったわよね?」

「え? ……あ、はい」

 ニーナが頷くと、妖精は頷き返した。そして、笑顔を作って言う。

「私は、ルイーゼ。あなたは?」

「あ……私は、ニーナ、です」

「そう。ニーナ」

 頷き、妖精――ルイーゼはニーナの手を取った。

「ニーナ。あなたも一緒にピクニックに行きましょう。その時は、私の友達を紹介するわ! それに……あなたの事も、友達に紹介させて。ね?」

 そう言われて、ニーナは寸の間、驚いた顔をした。それから、顔を綻ばせて頷く。

「はい。……行きたいです」

「決まりね!」

 手をパンと打ち、ルイーゼは嬉しそうに宙で飛び跳ねる。そんな彼女を眺めながら、ツヴァイが言った。

「ピクニックの計画を立てるなら、弁当の事も考えた方が良いだろう。弁当に適した料理の本を探していくか?」

「薬効がある花が咲いている場所という話だったな。ならば、簡単な薬作りの本も良いかもしれんな。摘んできた花で薬作りを共にすれば、それはまた楽しい時間になろうよ」

 ツヴァイの言葉にアインスが続き、そしてルイーゼは苦笑する。

「なんかズレてるわね。けど、お弁当を作るのも、摘んだ花で薬を作るのも楽しそう! そんな本があるなら買っていくわ!」

 すかさず、アインスが二冊の本を取り出した。妖精用のサイズで、ニーナがタイトルを見れば、たしかに『みんなで食べるピクニックのお弁当』『薬花で作る恋まじないのくすり』と書かれている。

 どうやら、こうなる事を見越して探しておいたらしい。

 ルイーゼは本の代金を支払い本を受け取ると、嬉しそうに扉の方へと飛んでいく。そして、出ていく前に振り向いた。

「友達と仲直りして、ピクニックの日取りが決まったら伝えにくるわ。またね、ニーナ!」

「はい。また……!」

 ニーナの返答に満足そうに頷き、ルイーゼは店を後にした。その後ろ姿を見送ってから、ニーナは「ふふっ」と楽しそうに笑った。果たしてこれは、ピクニックという楽しみができた事による笑いか、それともルイーゼという友達ができた事による笑いか。

 楽しそうで嬉しそうなニーナの様子を、ドラゴン兄弟は面白そうに眺めていた。















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