ドラゴン古書店 読想の少女と二匹の竜









第5話■巨人のレシピ<2>■












「どうした?」

 ツヴァイに問われ、ニーナは少々自信が無さそうな顔で首を傾げて見せた。

「一番下の、左から三番目にある本……」

「あぁ、これかい?」

 ディルクが本を取り出して見せ、ニーナは頷いた。

 酷く使いこまれている、ボロボロの本だ。本として読む事はできるものの、古書店に買い取られるにはギリギリの保存状態と言える。

 だからこそ、目立って見えた。そして、ボロボロになるまで使いこまれているからこそ、「この本は良い本だ」という、以前の持主の想いが読み取れたような気がした。

 タイトルは、『毎日の食卓が楽しくなる! あったかい巨人の家庭料理』と書かれている。

 ニーナはディルクに頼み、一ページずつ丁寧にめくってもらった。

「そのページではないです。もっと、後ろの方……」

 何かを感じ取っているのだろうか。ニーナには、見るべきページがわかっているらしい。

 ニーナの真剣な表情に気圧されたのか、ドラゴン兄弟もディルクも、一言も声を発しない。ぺら、ぺら……というページをめくる音だけが、店内に響き渡る。

 やがて。

「あっ!」

 ニーナが、小さく叫んだ。目的のページを見付けたらしい。

 一体どんな料理が載っているのだろうと、ドラゴン兄弟とディルクは興味深そうに本を覗き込む。

「……兄者。これは何か、特別な料理なのだろうか……?」

 巨人族の文字を読む事ができないツヴァイが、挿絵を見て首を傾げた。それに対し、巨人族の文字を読めるらしいアインスは首を横に振って見せる。

「いや。見たところ、料理をする種族であれば一般的なスープ料理だな。珍しい材料を使用するわけでも、特別な工程が必要なわけでもなさそうだ」

 アインスの言葉に、ディルクも頷いている。

 特別な料理ではない。妻の誕生日祝いに相応しいのか? という疑問がその表情からにじみ出ていた。

「たしかに、特別な料理ではなさそうですけど……」

 でも、見てください。そう言ってニーナは、ページの右上を指差した。文字も挿絵も印刷されていない余白部分に、手書きの文字で何かが書かれている。

「これは? 何と書いてあるのだ?」

「待て。少しクセが強いな。私では、文字を判別するのに時間がかかりそうだ」

 そう言って、アインスはニーナとディルクを交互に見た。ディルクは何故かぽかんとしているので、ニーナに訊く事にする。

「ニーナ。お前には、何と書いてあるのか読めているのだろう? その内容を、我らに教えてくれるか?」

 その問いに、ニーナは躊躇わずに頷く。そして、言った。

「あの……『ヒルデの大好物!』って書いてあります。……ディルクさんの奥さん、ヒルデさん、でしたよね……?」

「あぁ……」

 ディルクは、ぽかんとしたまま、手書きの文字を見詰め続けている。やがて、懐かしそうな顔をして書かれている文字を撫でた。

「……懐かしいな。こりゃ、たしかに義母(かあ)さん……カミさんの、死んだ母親の字だ」

「……という事は、この本は……」

 こくりと、ディルクは頷いた。

「きっと、義母さんが死んだ時に処分したんだろうな。ここに来たのがカミさんなのか、親戚の誰かなのか。それはわかんねぇが……」

 きっと、ディルクの妻――ヒルデは、子どもの頃、この本に載っている料理を母によく作ってもらい、食べていたのだろう。その中でも、特に気に入っていたのがこの文字が書かれたページに載っている料理だったのだ。

 ディルクが、すん、と鼻を鳴らした。目が少しだけ、うるんでいる。

「決めた。この本を買って帰るよ。義母さんの料理と全く同じ味にできるかはわかんねぇけど……カミさんに、おふくろの味を食わせてやりてぇ」

 そう言って会計机に向かい、銀貨で支払う。そして、早くも店から出ていきそうになったところを、ツヴァイが慌てて止めた。

「これでは貰い過ぎだ。余剰分を銅貨で払い戻すから、少し待て」

 そう言うと、ディルクは首を横に振り、受け取り拒否を示すポーズをして見せる。

「釣は要らねぇ。本を探す手助けをしてくれたその嬢ちゃんに、何か美味いもんでも食わせてやってくれ」

 忘れてた、と言うように、ディルクはニーナの方を見た。

「ありがとな、嬢ちゃん! 嬢ちゃんのお陰で、カミさんを喜ばせてやれそうだ! また本を探したくなった時には、よろしく頼む!」

 そして、今度こそ店から一目散に出て行ってしまう。その後ろ姿をニーナがぽかんと眺めている間に、ツヴァイが売上管理帳へタイトルと金額の記入を済ませた。

「やれやれ、せっかちな事だ。他にも必要な本はあるだろうに」

 苦笑しながら、アインスが店の外を眺めている。その言葉に、ニーナとツヴァイは揃って首を傾げた。

「必要な本、ですか?」

「料理をするのに必要な本は、レシピだけではないのか、兄者?」

 二つの問いに、アインスは「そうだろう?」と返した。

「料理し慣れている者ならともかく、あの巨人は今まで料理をした事が無いという話だった。ならば、このような本も必要なのではないかな?」

 そう言ってアインスは、二冊の本を会計机の上に置いた。それぞれ、『包丁の扱い方と食材の切り方』『料理の後の片付け術』と書かれている。

「あっ!」

 このままでは、ディルクの家の調理場が大惨事になりそうだ。しかし、ここにいる誰もが、ディルクの家など知らない。追い掛けようにも、後の祭りである。

「……どうしましょう……?」

「どうするも何も、あ奴がこの事に気付いて戻ってくる事を祈るしかあるまい」

 そう言ってツヴァイがため息をつき、ニーナは祈るように手を胸の前で組む。その様子に笑いながら、アインスは二冊の本を、会計机の背後にある棚に差し込んだ。

「まぁ、様子見だな。しばらくの間、この本は取り置きとして取っておいてやろう。あの巨人がもし戻ってくるような事があれば、売ってやると良い」

 そう言って、アインスは書架の整理に行ってしまう。そして、残されたニーナとツヴァイはと言えば……会計机の上と横で、それぞれ背伸びをしていた。

 外の様子を伺い、ディルクが戻ってきはしないかと眺めている。……が、やはりと言うべきか、ディルクが戻ってくる様子は無い。

 やがてニーナとツヴァイはそれぞれ諦め、アインスが置いていった本を困った顔で眺めた後、顔を見合わせ、それぞれ苦笑したのだった。












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