カレーの肉は何の肉?
昔、ママが言っていた。
ちょっと古くなったお肉も、カレーに入れてしまえば味の違いはほとんどの人には気付かれないって。
パパは、カレーにさえしてしまえば、お肉が牛なのか豚なのか、鶏なのかすらわからないんだって。
そう言って、怒りと、寂しさと、嘲笑が混ざったような顔をしていたっけ。
昔の事をつらつらと考えながら、私もカレーを作る。
タマネギを刻んで、最初によく炒めると美味しくなるって言っていたっけ。カレー自体が美味しくなるから、ますます何のお肉かわからなくなるって。
次にニンジンとジャガイモを一口大に。
タマネギの次にお肉を炒めて、更にニンジンとジャガイモを投入。具が全部浸るまで水を入れて、あとはしっかりと煮込む。
アクを取って、野菜が柔らかくなったのが確認できたら、カレールウを投入。それから、またじっくりと煮込む。野菜やお肉が溶けて、形が元と違う物になるまで煮込む。
ママが、パパのために作っていた時と同じ手順で、私もカレーを作っている。
そうして、何時間煮込んでいただろう?
訪問を告げる、チャイムの音が聞こえた。ドアホンで確認すれば、一緒に夕ご飯を食べる約束をしていた彼の笑顔が見える。私も笑顔で、彼を迎え入れた。
できたてのカレーをお皿に盛り付けて、彼に出す。
「うん、美味しい!」
そう言って喜んでカレーを食べ続ける彼に、私は口元を綻ばせた。
「本当? 良かったー。何時間もかけて煮込んだ甲斐があったかな」
「何時間も? そんなにかけて作ってくれたのに、こんなに急いで食べて何か悪いなぁ」
そう。彼はさっきから、脇目も振らずに食べていた。一分一秒を惜しむかのように。
「仕方ないよ。この後、用事があるんでしょ? あんまりゆっくり食べていられないって言ってたもんね?」
「そうなんだよ。もっとゆっくりできれば良かったんだけど」
苦笑して言う彼に、私も苦笑しながら「でも……」と言葉を継ぐ。
「ちゃんと噛まなきゃ駄目だよ? そんなに慌てて食べたら、カレーの肉が何なのかもわからないんじゃない?」
「そう言えば……何だろ? 牛……いや、豚かな……? わからないや」
そう言いながらも笑っておかわりをして、水を飲み干すと立ち上がった。
「ごちそうさま。出る前に、お手洗い借りても良い?」
「良いよ。……あ、でも横のお風呂場は覗かないでね? 結構汚しちゃって、まだ掃除ができてないの」
「言われなくても、よその家の風呂場なんて勝手に覗かないよ」
苦笑しながら彼はお手洗いを済ませ、そして出掛けていった。この後、浮気相手と会う予定があるからだろう。急ぐ足取りは宙にでも浮きそうなほど軽くて、鼻の下も伸びている。
その後ろ姿を窓から眺めて、私はため息を吐いた。本当に、スパイスが利いていると何のお肉を食べているかもわからないんだ。多分、二股というスパイスが利いているうちは、私を食べようが、浮気相手の女を食べようが、差はわかっていないんだろうな。
そんな事を考えながら、私はお風呂場に向かう。解体作業で汚してしまったのを綺麗にしないと、今夜はお風呂に入れない。
浮気相手が待ち合わせ場所に来ない事を、彼はどう思うだろうか。今、彼の胃の中に彼女が居ることに、いつ気付くだろう?
気付かないかな? パパも気付かなかったみたいだし。
それよりも、残ったカレーをどうしよう? 自分で食べても良いけど、あの女が自分の血肉になるのはなんだか嫌だし。
色々と考えたけれども面倒になってしまったので、とりあえずお風呂場の掃除を済ませてしまおうと、私は掃除用具入れの扉を開けた。
(了)