冷たいのに、温かい
(お題→夢とひつじの枕)
















こんこん、と乾いた咳が止まらない。あぁ、もうこれは風邪だ。完璧に風邪だ。体は熱っぽいし、頭はガンガンと痛いし、節々も痛むしダルいし、学校なんて行けそうもない。参ったね、こりゃ。

たしかに夕べ、古典の課題ができてなかったから「明日風邪ひかないかなー、休みたいなー」なんて思ったし、実際口に出したりもしたけどさ。まさか本当に風邪をひくとは思わないじゃない?

「言霊って本当にあるんだー……」

馬鹿な事を言って、苦笑してみる。……が、誰からもツッコミらしき言葉はかからない。当たり前だ、家族は全員仕事に行っている。

今、家の中には自分一人だけ。高校生なんだから、風邪をひいていても自分の世話ぐらいはできる、と家族には豪語した。豪語した……けど、病院に行って、帰ってきて。そこから時間が経つにつれて悪化してきたような気がする。

そして寒い。体は熱っぽいのに、寒い。寒気とは違う気がする。よくわからないけど、何か寒い。

あぁ、ごちゃごちゃ考えてたら、熱が上がってきたみたいだ。もう、本当にダルい。考えるのを止めよう。寝てしまおう。





# # #





……すみません。勘弁してください。

たしかに今、自分は熱がある。体が熱い。だからって、マグマ煮えたぎる溶岩地帯の夢なんて見なくても良いじゃないか……!

暑い。すごく暑い。

何だか周りからボコボコジュージュー音が聞こえてくる。音が暑さを増幅させるじゃないか、本当にやめてください。

あっちこっちから蒸気も噴き出してるし、サウナが冷蔵室に思えるぐらいの暑さ。……と言うか、夢なのにここまで暑く感じるのってありなんだろうか。個人的には無しだと申し上げたい。……誰に向かって?

あぁ、それでもって、ここでもやっぱり寒い。暑いのに、寒い。寒気とも違う寒さが、ここでも感じられる。

……何でだろう? 何なんだろう?

暑さと寒さで、段々、立っているのも辛くなってきた。座り込んでみると、地面も熱い。パジャマを着てるのに、布越しでも火傷しそうだ。

「……もう、やだぁ……」

泣きたくなって、思わず呟いた。……と、その時。



めぇ。



可愛い動物の鳴き声が聞こえて、思わず振り返った。すると、いつ、どこから来たのか。そこには片腕で抱えられそうな、小さな羊が一頭。もこもこで、目がつぶらで、とても可愛い。

その可愛い羊が、とことこと自分の元へと近寄ってきた。



めぇ。



可愛い声で、もうひと鳴き。そして、そのもこもこの体を、自分に摺り寄せてきた。その毛皮は……

「あれ? 冷たい……」

もこもこなのに、生き物なのに、こんな場所なのに。ひんやりと冷たく、気持ちが良かった。あまりに気持ち良くて、思わず抱きつく。羊は、嫌がる様子も無く、より一層自分に体を摺り寄せてきた。可愛い。



めぇ。



羊がまた鳴いて、自分の腕を振り解くととことこと歩き出した。途中で立ち止まり。振り返って自分を見る。そしてまた、歩き出す。

「……ついてこいって……?」

そう言われたような気がして、羊の後についていく事にした。不思議なもので、ついて歩けば歩くほど、段々暑さが弱まっていく。段々とあの謎の寒さも弱まっていくのを感じながら、羊についてどんどん歩いていった。





# # #





「あ、起きた?」

目を開けると、そこには幼馴染の彼女の姿。……家族の誰もいないのに、どうやって入ったんだろう……?

「鍵、開けっ放しだったよ。物騒だなぁ」

あぁ、そう言えば病院から帰って、その時に鍵を閉めた記憶が無いかもしれない。

反省の言葉を口にすると、彼女は笑う。そして「よく寝てたね」と言った。

「頭持ち上げて枕取り替えても、気付かなかったもんね」

「枕……?」

言われて、少し痛みの引いた頭を押さえながら上体を起こしてみる。たしかに、枕が変わっていた。

いつものシンプルな青色の枕から、ふわふわもこもこの羊の形をした枕に。

「……これ、何……?」

「枕カバー!」

彼女は、誇らしげに胸を張って言う。

「学校近くの雑貨屋さんで見付けたんだ! 可愛いでしょ? 氷枕にも使えるって書いてあったから、お見舞いに丁度良いかなーと思って」

なるほど。たしかにこの羊枕、ふわふわもこもこしてるけど、触るとひんやりとしていて気持ちが良い。

……あぁ、そうか。さっきの夢に出てきた羊。この枕のお陰か。

「……さんきゅ」

ちょっと照れくさいけど、礼の言葉を口にする。すると、彼女は笑いながら「どういたしまして」と言ってくれた。

「お腹空いてる? リンゴ剥こうか?」

「……剥けるの?」

「もちろん!」

そう言うと、普段から自称するほど不器用な彼女はリンゴが四つも入ったスーパーのビニール袋を手に、台所へと行ってしまう。四つも食べれるとは思えないけど、多分二つか三つは練習台となって、跡形もなくなるんだろうな。救急箱の場所、教えておいた方が良いかもしれない。

そこまで考えた時、夢の中でまで感じた、あの寒気ではない謎の寒さを感じなくなっている事に気付いた。

あぁ、そうか。体調悪い時に一人になって、寂しくなっていたんだな。

認めたくないけど、そうとしか考えられなくて。だから、彼女が来てくれた事がありがたくて嬉しくて。

そして、そんな事を考える自分に照れ臭くなって。

ぼふん、と布団に倒れ込み、羊の氷枕に顔をうずめた。

羊の枕は冷たいのに、温かかった。












(了)












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