亡国の姫と老剣士





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そしてまた、幾度も季節は巡りました。

元ツィーシー騎国領の隅に、こじんまりとした墓地がありました。その墓地に一角に佇む古い墓を、一人の老婦人が訪れています。その姿を見た見回り中の青年は、傍らにいた同僚に何となく言いました。

「なあ。あの婆さん、また来てるぜ」

その言葉に、少しだけ年上の同僚は興味をあまり示さず言いました。

「ああ。あの婆さんなら、毎日来てるよ。俺がこの仕事に就いてから、一日だって来なかった日は無いね。先輩達の話だと、もう何十年も続いてるって話だ」

その話に、青年はひええ、と大袈裟に驚いて見せました。その様子を同僚の男が茶化し、青年はそれに笑いながら反論します。平和なやり取りを繰り広げながら、二人はその場から離れていきました。

自分の後ろでそんな事があったとはまるで気付かないまま、老婦人は墓石の前にしゃがみ込み、墓石を丁寧に撫でました。そして、恋人に語りかけるような優しい口調で言います。

「早いものですね、ニール。あれからもう、五十五年もの時が過ぎました……」

その言葉に、相槌を打つ者はいません。老婦人は気にする事無く言葉を続けます。

「ティグとパルは、相変わらず頑張っていますよ。有能な大臣達に面と向かって意見を言えるのは、あの二人だけらしいですし。特に、ティグが凄いそうですよ。先日なんか、自分の意見を押し通そうとした大臣に向かって「黙れ小僧」なんて怒鳴っていた、と、パルが呆れて言っていました」

初めて会った時は彼も小僧でしたのにね、と、老婦人はくすくすと笑いながら言いました。

そして、老婦人は墓石に寄りかかるようにして、その場に腰を下ろします。彼女は、顔を綻ばせると言いました。

「……何で、今日に限ってこんな話をし始めたのか、わかりますか?」

その問いに、墓は答えません。老婦人は、ゆっくりと頷き、ゆっくりとした言葉で一言一言を噛み締めるように言いました。

「今日は、私の誕生日なんですよ、ニール? 百年以上も昔に、私が生まれた日。そして、私と貴方が出会った日です……」

そう言うと、老婦人は懐かしそうに目を細めました。

「あの時、私は十五歳で、貴方は十二歳で……。歳は三つしか離れていませんでしたね。けど、私が呪いにかかってしまった時から、貴方と私の歳の差は離れていった……」

少しだけ、悲しそうに老婦人……メイシアは微笑みました。

「最後には、私は十八歳のままなのに貴方は七十五歳にもなってしまっていましたものね。いつの間に追い越されてしまったのだろうと驚く事すらできませんでした」

そして、メイシアはふう、と一つ息をしました。息を整えると、再び言葉を紡ぎ出します。

「けれど、あれから五十五年の時が過ぎ、今日で私も七十三歳になりました。そろそろ、貴方に釣り合う年齢になったのではないでしょうか?」

それだけ言うと、メイシアはすぅ、と目を閉じました。そして、墓石にもたれかかったまま、眠ったように動かなくなりました。







それから暫くして、再び見回りの青年達がそこを通りかかりました。二人は墓にもたれかかって動かない老婦人を見るとギョッとします。慌てて駆け寄り、必死で声をかけました。

「おい、婆さん! 大丈夫か!? おい!」

どれだけ声をかけても、老婦人は目を開きませんでした。同僚が、慌てて人を呼びに走ります。

その後姿を見送った時、青年の目に一組の男女の姿が映りました。こんな時に他の人間を気にしている場合ではないと、青年はその男女から目を離そうとしました。ですが、その男女の内女性の方の顔が見えた時、青年の目はその二人に釘づけになりました。

女性の顔は、どう見ても今青年が抱き抱えている老婦人と同じ顔、同じ服装をしています。その横に並ぶ男性は古いデザインの衣装を纏い、精悍な顔つきをした老人です。

男性は老婦人にスッ、と手を差し出しました。老婦人は頬を赤らめ、嬉しそうにその手を取ります。

老夫婦としか見えないその二人は手を取り合い、そのままいずこかへと歩いていきました。

青年はその様を、ただ呆然と見詰めていました。






(了)



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