亡国の姫と老剣士
17
「どういう事だと思うかね? ウェスティガーの言っとった事……」
「魔獣を全部倒しても、ヘイグに魔獣達が貸している力が失われるわけではない、か……」
元ツィーシー騎国領内の大通りを、ティグとパルは腕組みをしてう〜ん……と唸りながら歩いています。
「二人とも、せめて前を見て歩け。転んでも知らんぞ」
二人の数歩後を歩きながらフィルが言いましたが、その言葉が終らぬうちにパルがローブの裾を踏みつけて転びました。「痛いがね〜」と言いながら上体を起こすパルに、フィルは「それ見た事か」とため息をつき、横を歩いていたティグは慌ててパルに手を差し出しました。
その手を取って起き上がりながら、パルは「あ」と呟きました。
「痛いで思い出したがね。ウェスティガーとの戦いで、自分の持ってる回復薬はほとんど使い切ってまったがね。あと二、三本しか残っとらんから、あんまり怪我とかせんといてちょーよ」
その言葉に、ティグとフィルは顔を強張らせました。
「……それ、本当? パル……」
「こんな事で嘘ついてどうするかね?」
「……新しく作るのには、どれほどかかりそうじゃ?」
「回復薬は、薬草を探して乾燥させるところからやらなきゃあかんがね。薬草屋で買っても良いけど、高くつくがね。それに、やっぱり摘むところから自分でやった方が効果の高い、良い薬ができるがね。それを考えると、新しく作るのには……一か月はかかるがね」
「……そうか」
パルの答に、フィルは渋面を作って唸りました。パルは、心配そうにフィルの顔を覗き込みながら問います。
「どうするかね、フィル爺ちゃん? 薬を作って、補充してからサウヴァードを倒しに行くのもアリだがね」
パルの問いに、フィルは暫く考えました。そして、視線を上げるとパルに言います。
「……いや。ウェスティガーの言った言葉が気になる。それに、三体もの魔獣を倒したというのにヘイグが一向に気付いた様子が無いのも怪しい」
気付いていれば、自分の力を削ごうとしているフィル達を何とかしようと、ヘイグは刺客を差し向けるなり何なりする筈です。それが全く無いという事に、フィルは疑問を抱いているようです。
「ヘイグが私達に気付いているにしろいないにしろ、事は急いだ方が良さそうじゃ。薬が足りないのは少々不安じゃが、このまま進もうと私は思う」
そう言って、フィルは「君はどう思う?」と言いながらティグを見ました。突然意見を求められたティグは、慌てふためきながら言いました。
「あ、僕も。先を急いだ方が良いと思います。フィルさんの言うとおり、ウェスティガーの言葉とか気になりますし。……それに……」
言いながら、ティグは辺りを見渡しました。ティグ達が歩いている大通りには、他にもたくさんの人々が歩いています。一人で歩く者、友達同士、恋人同士、そして家族で仲良く歩いている姿も見えます。五歳くらいの男の子と両親が身体を寄せ合って歩いている姿を、ティグは懐かしそうに眺めました。
「急がないと、家族に会いたくなっちゃいそうですし。少し足を延ばすだけで会えると思うと、尚更。……駄目ですよね。僕達はこれから戦いに行く身で、しかも下手をしたら家族はヘイグに殺されてしまうっていうのに……」
「何だ。ティグ兄ちゃん、ホームシックかね?」
少しさみしそうに笑いながら、パルがティグをからかいました。そこでティグは、パルの家族が既にこの世にいない事を思い出します。
「あ……ごめん、パル……」
「何も謝る事なんかありゃせんがね。今の自分の家族は、フィル爺ちゃんとティグ兄ちゃんだがね。二人と一緒に旅をしていれば、自分はホームシックなんかになったりしないがね!」
明るく言い切って、パルは駆け出そうとしました。しかし、すぐに足を止めると背伸びをして遠くへと目を凝らし始めます。
「? どうしたの、パル?」
「……お城が見えるがね」
ティグに問われるままに、パルは言いました。つられて、ティグとフィルもパルと同じ方角に視線をやります。
そこには、ツィーシー騎国の王宮が見えていました。王宮の中央に聳える高楼がはっきりと見えました。
王宮を遠目に眺めて、ティグは不思議な気持ちになりました。
「……変な感じだな。この前までは騎士見習いとして毎日王宮に務めてて……最後に入った時なんか、騎士として奥深くの姫様の御前まで行ったのに。……なのに、今は王宮が物凄く遠い……」
「……そうじゃな……」
頷きながら、フィルが同意しました。フィルはきっと、ティグより更に遠い存在のように感じている事でしょう。ヘイグに倒され、王宮を追放されてからの時間は、ティグよりもずっと長いのですから。
感傷に浸りながら王宮を眺める二人に、その場の辛気臭い空気を振り払うようにパルが言いました。
「ああ、もう! 二人ともすっかり闘志が萎えとるがね! そんなんでサウヴァードに勝てるわけがないがね! 今日は戦いに行くのはやめて、宿屋で休むがね。一晩ぐっすり寝て、頭をすっきりさせるがね!」
ビシリと指差しながら言うパルに、ティグとフィルは顔を見合わせました。そして、二人揃って苦笑をするとパルの言葉に賛成し、宿屋を探す為に街の中心部へと足を向けました。
最後に、フィルはふ、と振り返りました。もう一度王宮を眺めながら、絞り出すような声で呟きます。
「もう少し……。もう少しだけお待ちください、姫様……」
その様子を同じように振り返って見ていたパルは、フィルが再び歩き始める前に踵を返すと、パタパタと足音を立てながらティグの後を追い掛けました。その目には、何やら決意の色が浮かんでいました。