亡国の姫と老剣士











カツーン……コツーン……。

静かな廊下に、靴音が響き渡ります。薄暗い石造りの廊下は完全に冷え切っており、口から洩れる息が片っぱしから白くなっていきます。壁に灯された蝋燭の炎が時折揺れ、廊下に怪しげに動く不気味な影を作り出しています。

誰もいません。不気味なほどに、誰もいません。

王の間に続く廊下だと言うのに、衛兵も政務を補助する大臣も、何人たりとも姿を見せません。だからこそこの宮殿に楽に侵入できたのですが、大勢の魔法使いや魔法騎士を突破してヘイグの元へ行くのを覚悟していたティグは、少々拍子抜けしてしまいました。

「……何で、誰もいないんだろう……」

あまりの静けさに、思わずティグは呟きました。ティグの声が辺りに反響し、廊下の向こうまでうわーん、うわーんと響いていきます。ティグは、慌てて口に両手を遣りました。焦った眼差しで辺りを見渡します。ですが、横にある部屋の扉からも、目の前にある曲がり角からも、背後にある小窓からも、誰も出てきません。まるで、この宮殿にはティグ以外の人間はいないかのようです。

ティグは、ひょっとしたら本当にこの宮殿には自分以外の人間はいないのではないか、と疑いました。この宮殿はヘイグが魔法で作りだした幻で、実際はただの洞窟か何かなのではないか、と思いました。

そこで、つ、と壁に触れてみます。壁は、紛れも無い人工的な石の壁でした。そこかしこに、人間が人工的に裁断したのであろう切り口があります。何より、洞窟の壁であればこんなに平らになっている筈がありません。壁の蝋燭も同様でした。ティグが手をかざせばその風圧でゆらりと揺れ、ティグの手のひらをじわりと温めます。幻にしては、でき過ぎているようです。

ひゅっ、と、廊下の奥から風が吹いてきたような気がしました。どうやら、奥には何かがあるようです。そこで、ティグは奥に向かって足を一歩踏み出してみました。

しかし、踏み出した瞬間に風と共に強烈な威圧感がティグに襲い掛かってきました。空気がビリビリと震えています。心臓が大きく脈打ったような気がしました。

「……もしかしなくても、この先に……」

呟きながら、ティグはいつの間にか握りしめられていた自らの手に目を遣りました。ゆっくりと開いてみれば、手のひらにはじわりと汗をかいています。緊張しているのでしょうか。やけに、喉が渇いたように思えます。

ごくりと生唾を飲み込んで無理やり喉を潤すと、ティグは大きく息を吸い、すぐさまふっ、と鋭く吐き出しました。気持ちを切り替えて、前を見据えます。そして、腰の剣に手を遣ると、また一歩、更に一歩と歩を進め始めました。




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