亡国の姫と老剣士









それから、数年後の事です。ツィーシー騎国は突如隣国に攻め込まれ、呆気なく五百年の歴史に幕を引いてしまいました。ツィーシー騎国を襲った隣国は名をマジュ魔国と言い、ツィーシー騎国とは対をなす魔法使いの育成に重きを置く国でした。この国は王の強力な魔法で周辺の部落を次々と滅ぼし吸収する事により生まれた新興国で、その得体の知れなさと残虐さから、周辺諸国には恐れられていました。

マジュ魔国の王は魔法使いのみで編成された軍でツィーシー騎国を取り囲み、蟻一匹すら通れないような強力な結界を張り巡らせました。ツィーシー騎国の民は、上は王から下は下働きの子どもまで、皆一様に国の中に閉じ込められてしまったのです。

その後は、一方的な殺戮劇でした。マジュ魔国の魔法使い達は、結界の内側に強力な炎の魔法を放ったのです。国は炎に包まれ、人々は悲鳴をあげながら逃げまどいました。しかし、強力な結界に閉じ込められたツィーシー騎国の民達は、国の外へ逃げ出る事が叶いません。多くの民が焼き殺され、あるいは屋内で熱気にあてられ続けて蒸し殺されました。

そして国民の半分以上が死に絶えた頃、マジュ魔国の軍隊はツィーシー騎国内に魔法騎士を突撃させました。魔法騎士とはその名の通り、魔法も使える騎士の事です。彼らは存分に剣を振って地を紅に染め、剣の届かぬ場所にいる敵兵に対しては魔法や呪術を用いて命を奪い、次第に王宮へと近付いていきました。

王宮では王や王子、姫を初めとする王族達を守ろうと、多くの騎士達が剣や槍、弓を構えて魔法騎士達を待ち受けていました。騎士達は、ツィーシー騎国内からかき集められた数少ない魔法使いや魔法騎士達によって呪い避けのまじないを受け、一時的に魔法や呪いでは簡単に死なぬ身体となって敵の魔法騎士達に斬りかかります。すると敵もさるもので、剣や自分自身に魔法をかけました。ある者は炎や雷を纏う強力な剣でツィーシー騎国の騎士に斬りかかり、ある者は通常の三倍もの筋力で相手の剣を受けました。場は、あっという間に混戦状態となります。多くの騎士や魔法騎士達が血を流し、怒号が飛び交う戦場を伝令達が駆け抜け時には地へと下されました。

そんな中、遂にツィーシー騎国の防衛線の一部が突破されてしまいました。敵の魔法騎士達はそこから王宮内へとなだれ込み、あっという間に王の居室を取り囲みました。王や王子、姫達を、それぞれの護衛騎士が守るように背の後へと隠します。

十八歳となったメイシア王女の前には国一番の老騎士、フィルグが立ちます。腰に帯びた剣――代々この国一番の騎士に振るわれてきた聖剣、セフィルタがすらりと抜き放たれ、刃がきらりと輝きました。他の騎士達もそれに倣い、次々に剣を抜いていきます。

それを馬鹿にするかのように魔法騎士達は笑うと、口元で何かをブツブツと唱え始めました。すると魔法騎士達の身体はみるみるうちにムクムクと大きくなっていき、筋肉が鋼のように硬くなりました。彼らの剣は真っ黒い亡霊のような物を纏っているかのように見えます。流石の護衛騎士達も、この敵の魔法騎士達の異様な様子に思わず後ずさりました。その瞬間、それを待っていたかのように魔法騎士達は剣を横に薙ぎ払いました。一瞬のうちに、多くの騎士達の首が宙を舞います。室内に、姫や侍女達の悲鳴が響き渡りました。魔法騎士達は血煙りが立つ中で更に剣を振り続けます。一つ、また一つと床に転がる騎士達の首が増えていきました。

そして、遂に王族の一人を守っていた護衛騎士が全滅し、守られていた王族は敵の前に野晒しとなりました。彼は野太い悲鳴をあげ、彼の妻である女性は慌てて自らの護衛騎士を夫の元へと遣りました。しかし援けは間に合わず、夫であった男性は串刺しとなり、援けに向かった騎士達は首を床に転がす事となりました。魔法騎士達が、今度は夫と護衛騎士を失った女性の元へと剣を向けます。女性は甲高い悲鳴を上げ、王や王子は自らを守るなけなしの護衛騎士達を女性の元へと差し向けました。

それが、魔法騎士達の狙いだったのです。

魔法騎士達は王や王子の護衛が側を離れた瞬間にくるりと踵を返し、剣を王達に向けました。護衛が離れ丸裸同然の王と王子は、抵抗する間もなく首と胴体を切り離されました。床に倒れた肉塊が、どさりと音を立てました。

事が終ったのを見計らったようにマジュ魔国の王、ヘイグが部屋へと足を踏み入れました。彼は、床に転がる王の首から王冠を剥ぎ取ると、鮮血がベッタリと付着したそれを喜々として自らの頭に載せました。

その瞬間、ツィーシー騎国は滅びたのです。

部屋の最奥から父と兄の死、そしてツィーシー騎国の滅亡を目撃したメイシア王女は、その場にヘタリと座り込みました。彼女を守る為、王女の護衛騎士達は体を寄せ合い守りを固めました。それを嘲笑うかのように、ヘイグは片手をサッと振ります。すると、騎士達の身体は突然、蝋で固めたように動かなくなってしまったのです。

動けなくなった騎士達を尻目に、ヘイグは王女の前へと立ちました。王女は、せめてもの抵抗でヘイグを力いっぱい睨みつけます。騎士達も、それに倣いました。

それが気に入らないヘイグは、残酷な愉しみを思いつきました。彼はメイシア王女に、ある呪いをかけたのです。それは永遠に歳をとる事無く、死ぬことも無いという呪いでした。その呪いで死ななくなったメイシア王女を元ツィーシー騎国の王宮に幽閉し、永遠にマジュ魔国に支配されるツィーシー騎国を見せつけてやろうという目論見です。

かくして不老不死となった王女は幽閉され、フィルグを初めとするメイシア王女付きの騎士達は――熟練の騎士達は勿論、見習いの少年騎士達まで――皆国外追放となりました。主を守る事が出来なかった無念を抱えながら生き永らえる事となった騎士達の無念は、如何ほどのものであった事でしょう。その様子を見たヘイグの、実に愉しそうな笑い声が国中に響き渡りました。




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