13月の狩人
第三部
14
「あの、カミルさん……お願いがあるんですけど……」
朝、食堂で顔を合わせたテオが、おずおずと……しかし、勇気を振り絞った様子で、声をかけてきた。
「お願い?」
パンをスープに浸しながら首を傾げると、テオはこくこくと首が取れそうなほど激しく頷いてくる。
「その……魔道具作りを見て頂きたくて……」
ぶほっ、と、カミルは思わず口に含んだパンを噴き出しそうになった。今まで、誰かにそんな事を言われた事など無い。実は密かに憧れていた言葉だが、まさかそれを最初に言ってくれたのが過去の己とは……。
「腕を買ってくれるのは嬉しいんだけど、テオにも教えてくれる人がいるよね? 勝手に僕が教えるのはまずいと思うんだけど……」
ヴァルターは、弟子が他人に教えを乞うたからと言って怒りだすような人物ではない。むしろ、多様な価値観を学ぶため、興味のある魔道具職人がいたら積極的に工房を見学させてもらいに行けと言う程だ。
だが、それはあくまでも基礎が固まってからの話である。それに、いくら師匠本人が良いと言ったところで、複数の人物に教えを乞う事自体を嫌う者もいる。
「そう……ですよね。ただ、心配なんです。工房を十日以上も離れているのは親方に弟子入りして以来初めてですし、こうしている間にもどんどん腕が鈍っているんじゃないかって……」
その気持ちは、わからないでもない。カミルだって、長期間魔道具作りから離れる事があると、腕が鈍るのではないかと心配になる。
だが、今は十三月だ。長期間離れていると感じても、実際には一夜。それほど心配する事は無いと、説明できたらどれほど楽だろう。
しかし、それを説明すると、なし崩しにカミルが代行者を担った事があるという事、しくじったために二年間眠り続ける羽目になってしまった事を話す事になるのではないか?
正直なところ、その辺りの顛末をテオには話したくない。テオの性格上、必要以上に怯えてしまう気がする。少なくとも、数年前の己であれば、際限なく怯えてしまうだろう。
考えあぐねるカミルの様子を、テオはすがるような目付きで見詰めている。その横では、エルゼが初めて会った時のようにやや機嫌の悪そうな顔でカミルを見ていた。
「……よろしいでしょうか?」
停滞していた空気を動かすように、エルゼが口を開く。
「たしかに、基礎も固まらないうちから複数の職人に見て頂くのは、あまり良い事とは思えませんわ。ですが、危険が無いかを見て頂く分には構わないのではございませんこと?」
たしかに。あれこれ口出しするのではなく、ただ見守り、危ない時だけ注意を促す。それだけであれば、大きな問題は無いように思える。
カミルが「なるほど……」と呟いたところで、エルゼは畳みかけるように言った。
「成り行きとは言え、こちらは名前を譲っていますのよ? 身を潜めている間の自主勉強に付き合うぐらいは、して頂いてもよろしいのでは?」
「……なるほど」
再び呟き、カミルは苦笑した。経験の差で多少知識が足りないと言っても、やはりレオノーラはレオノーラだ。
苦笑するカミルの横では、レオノーラが呆れた顔をしている。
「……カミル=ジーゲル様? 流されていましてよ?」
「まぁ、これぐらいなら……ね?」
ここまで綺麗に流されたのは久々のような気がする。そんな事を考えながら、カミルはテオに、後で工具を持ってカミルの部屋へ来るように、と告げる。
嬉しそうな顔で頷いたテオを眺めながら、カミルはふと思う。
やはりこのテオは、数年前の自分なのだろうか? だとしたら、二年前のフォルカー達と場所を同じくした経緯もある。カミルは代行者になる前にも、十三月に招かれていた事にならないか?
だが、そんな記憶はまるで無い。レオノーラも同様のようだ。何故、狩人はそこまでカミルとレオノーラの記憶を消している?
考えてもキリが無く、気が休まらなくなるだけとわかってはいるが……それでも、気にせずにはいられない。
スープをスプーンでかき混ぜながら考え、いつしかスプーンを回す手は止まり、思考だけが回り続けている。
スープはあっという間に冷め、その様子を見ていたレオノーラが、どこか心配そうにため息を吐いた。