13月の狩人
第三部
8
歳は違えど、鏡に映したかのようにそっくりな少年が、目の前にいる。相棒の妖精と全く同じ姿の妖精を、つれている。そして名前は、カミルとレオノーラ。
これは一体、どういう事なのだろうか。
カミルは困惑した顔で、レオノーラに視線を遣る。どうやら困惑しているのは彼女も同様らしく、首を傾げられた。
では相手は、と見てみれば、カミルと名乗った少年はどうすべきか困った様子でこちらの動向を伺っているし、あちらのレオノーラはそんなカミル少年の様子が煩わしいとでも言いたげに眉をひそめている。
性格や関係性までそっくりだ、とカミルは密かに思う。
そっくりと言っても、今のカミルはこの少年ほどびくびくおどおどとした性格ではない。ここ数年の間に、多少は強く出る事ができるようになっていると思う。
「……と、なると……」
確認してみたい。そう考えて、カミルはカミル少年を正面から見据えた。少々……いや、かなり意地悪な事をしなければならないが、こちらもなりふり構っていられない状態だ。
カミルは、敢えて少し冷たそうに微笑むと、カミル少年を試すように言う。
「どちらもカミルとレオノーラで、ややこしいね。……君達の事、仮の名前で呼んでも良いかな? そうだな……テオとエルゼ、とか」
こういった場合、言いだしっぺが名を変える方が筋が通っているように思える。だが、敢えてカミルは、相手に名前を変えるよう迫ってみた。これに対する反応で、多少は相手の性格を掴む事ができるかもしれない。ただ、カミルにはある程度の予感があった。恐らく、この少年はこのような反応をするだろう、と。
案の定と言うべきか。カミルの予感通り、カミル少年──テオは、酷く困惑して「えっと……あの……」としばらくおろおろしていたかと思うと、最終的に。
「そう、ですね。じゃあ、カミルさんと一緒にいる時は、テオで……」
などと消え入りそうな声で告げてきた。気弱で、流されやすい性格らしい。……数年前までの、カミルのように。
そして、テオ側のレオノーラ──エルゼはと言えば、こちらは不服を全く隠そうとしていない。名を無理強いした事でカミルを敵か、それと同等の存在であると認識したのか、わかりやすく睨んでくる。
こんなところまで、己とレオノーラの関係にそっくりだ。
苦笑したところで、レオノーラが脇腹をつついてきた。更に突っ込んでテオ達が何者なのかを突き止めたいところだが、それよりもまず訊くべき事があるだろう、と言いたいようだ。
カミルはレオノーラに頷き、真面目な顔をテオに向ける。空気が変わった事を感じ取ったのか、テオとエルゼもハッと表情を変えた。
「真面目な話をするけど……テオ、君は今、何が起こっているのか知っている? ここがどんな世界なのか、理解しているかな?」
問われて、テオはおずおずと頷いた……と見せかけて、首を横に振った。何となく理解しているが、人に説明できるほどは理解していない、と言ったところか。
エルゼも、難しそうな顔をしながらそっぽを向いている。ここが、レオノーラと少し違うな、とカミルは感じた。少なくとも四年前、レオノーラはテレーゼ達に十三月の説明をしていたわけだから。
そこで、カミルはテオに掻い摘んで説明をする事にした。テオとエルゼが十三月についてしっかり理解してくれていた方が、今後何かと話をし易い。
「まず言えるのは、ここは僕達が普段生活している世界と何も変わらない世界だという事。自分の家に帰ったはずが、扉を開けたら知らない人がいる……なんて事は無いから安心して良いよ」
ただし、家族や友人と会話をした時に、話がかみ合うかはわからない。
「今は十三月。〝十三月の狩人〟と呼ばれた人だけが迷い込む、今年二度目の氷響月だからね。僕達が、今は十三月だという事を話しても、ほとんどの人は首を傾げてしまう。……彼らは、氷響月を繰り返しているなんて思ってもいないからね」
「あの……僕達が十三月に呼ばれてしまったのは、やっぱり……?」
「えぇ」
レオノーラが頷き、テオの頭上を舞うように飛んだ。挑発されたと思ったのか、エルゼが不機嫌そうな顔をしている。
「十三月の狩人……その存在は、私のような妖精族の間にも伝わっておりますの。獲物として狙うのは、日々の鍛練を怠り成長が見込めない者。十三月の間に何人を狙うのかは存じ上げませんが、どうやら大雑把な基準を元に狩人がその時の気分で選んでいると聞いた事がございますわ」
テオとエルゼが何者かわからない以上、いきなり全てを話すわけにはいかないと判断したのだろう。レオノーラの言葉の端々に、些細な嘘や誤魔化しが見え隠れしている。苦笑するカミルの前で、レオノーラのどこか演説めいた説明は続く。
「全身が黒く、感情を伺えない存在。狩人の名にふさわしく、その黒い強弓の精度は百発百中。動かぬ相手であれば、貫かぬ事はございません。どこにいても必ず獲物を見付け出し、どこまでも追ってくる。相手が誰であろうと容赦せず、獲物を仕留める為であれば、どんな手も辞さない……」
「……狙うのは日々の鍛練を怠り成長が見込めない者と仰いましたわね? カミル=ジーゲル様…………いえ、テオ様が十三月に呼ばれたのは、テオ様が日々の鍛練を怠っているからだとでも仰いますの?」
睨み付けるエルゼに、余裕の表情でくすりと笑うレオノーラ。正直な事を言うと、この様子はカミルでも怖い。そして、怖いのと同時に、何かが引っ掛かる。
何が引っ掛かるのだろうかとカミルが考えているうちに、レオノーラとエルゼの妙に恐怖を感じる戦いがレオノーラの勝利で終わろうとしている。
「テオ様が鍛錬を怠っているとは一言も申し上げておりませんわ。ですが、それならばカミル=ジーゲル様とて同じ事。日々、努力を欠かさずに励んでおいででしたのに、十三月に呼ばれてしまいましたもの。恐らく狩人には、実際に励んでいてもいなくても関係ございません。狩人から見れば等しく、鍛錬を怠っているように見えるのだと推察いたしますわ」
「レオノーラ……その言い方だと、僕も傷付くんだけど……」
要は、努力をしても成長できていない、と言われたも同然なわけで。
カミルの言葉に、レオノーラは「あら?」と口元に手を遣った。あまり悪びれていない様子に、カミルは苦笑する。
「まぁ、とにかくそんなわけでね。何の因果か呼ばれてしまった僕達は、十三月が……二度目の氷響月が終わるまで、殺されないように逃げ続けなきゃいけないんだ。十三月の狩人と……それから、狩人の代行者からもね」
「……代行者?」
首を傾げるテオに、カミルは頷いた。
「そう、代行者。狩人の代わりに、獲物を狙う存在。さっき君達を襲っていた彼が、多分そうだ」
「代行者……ブルーノが……?」
名前を知っている。やはり、テオと先ほどの代行者は知り合いか。ブルーノという名には、聞き覚えがあるような、無いような。顔に見覚えがあるのだから、名前を知る事ができればはっきりすると思ったのだが……。
「知っている人?」
カミルの問いに、テオは頷いた。
「子どもの頃に住んでいた家の、近所の子です。僕、こんな性格ですから、……よくブルーノにはからかわれていて……」
テオのその証言に、カミルはハッと目を見開いた。ビリッと、頭に稲妻が走ったかのような感覚を覚える。
「……カミルさん?」
不思議そうな顔をするテオに、カミルは少しだけ首を横に振って見せた。
「なんでもないよ。それにしても、あの代行者……ブルーノは、何で十三月に呼ばれたんだと思う?」
「何でも何も、努力を怠ったからに決まっていますわ! いつもカミ……いえ、テオ様の事を馬鹿にされていますけれども、あの方が何かに励んでいる様子など一度も見た事がございませんもの!」
色々あったのだろう。エルゼが先ほどまでとは比較にならない程憤慨している。
「そう言えば、レオノーラも昔、こんな風に僕の事で怒ってくれた事があったよね」
そう言ってから、カミルとレオノーラは同時に「え?」と呟いた。どうやら、カミルとレオノーラの二人で、記憶をすり合わせる必要がありそうだ。視線を交わして頷き合い、カミルは緩く欠伸をして見せると、テオ達に向かって言う。
「もっと色々と話を聞きたいところだけど、今日のところは一旦寝ようか。ちゃんと休まないと、明日以降がキツくなるからね」
突然ではあるが時間の事を考えれば真っ当な提案に、テオとエルゼは困惑気に顔を見合わせる。そんな二人に笑い掛けながら、カミルは野宿のために魔道具を取り出そうと、鞄の中を漁った。