13月の狩人








第二部







27








薄らと開かれた目は、二年ぶりの光に再び閉じられ、そして再び恐る恐る開かれた。

「カミル!」

「レオノーラ!」

待っていた、と言わんばかりにテレーゼとフォルカーが歓声をあげる。

「……テレーゼ? フォルカー……?」

掠れた声で弱々しく呟き、カミルは上体を起こそうとする。すぐにテレーゼとフォルカーが動き、二人してカミルを抱き起した。

その、二人の手のぬくもりと、声音と、表情と。そして自らの最後の記憶から、カミルは何が起こったのか、何が起こっていたのか、全て察した。レオノーラも同様のようだ。

カミルの上体を起こし、その肩に少しふらつきながらもレオノーラが飛び移ったところで……テレーゼとフォルカーは、何も言わずにカミルを抱きしめる。その力強さは少し痛いが、それと同時に酷くホッとする。

抱き締められながらカミルが辺りの様子を窺えば、部屋の中は二年前とほとんど変わっていない。少々以前より綺麗に掃除されているような気がするのは、テレーゼの活躍によるものだろうか。

部屋の様子の後にカミルは二人の様子を眺め、そして「あれ?」と呟く。

「フォルカー、逞しくなったね? ……カッコ良くなってる」

言うや、カミルの体は二人から引き離された。代わりに、その両肩をフォルカーががっしりと掴む。

「当たり前だろ! ……どんだけ経ったと思ってんだよ!」

鼻水にまみれた顔と嗚咽を隠さない声に、カミルは「そうだね」と苦笑する。そして、今度は視線をテレーゼに向けた。

「テレーゼも、大人っぽくなって……綺麗になったね」

「ずっと寝てたくせに、いつどこでそんな口説き文句を覚えてきたのよ!」

テレーゼの声も、上ずっている。目にも、光る物が見えた。テレーゼのこんな表情を見たのは、初めてではないだろうか。

罪悪感を少々覚えながら、カミルは首を傾げ、「さぁ……」と呟いた。

「どこだろう? ……ひょっとしたら、十三月の狩人がほんの少しだけ、願いを叶えてくれたのかもね。代行者の報酬として……前よりもちょっとだけ、口を上手くしてくれたのかも」

「報酬としては安過ぎねぇか? それ。……ってか、カミル聞いてくれよ! テレーゼの奴、酷いんだぜ! 狩人を倒すためだからって、俺の事まで騙してさぁ!」

「……カミル達の事があったのに、目の前で死んだふりをしたのは悪かったって思ってるわ。けどね……フォルカーは色々と顔に出過ぎるのよ。ほんっと、そういうところ成長が無いんだから」

「なんだよ、それぇっ!」

フォルカーの情けない叫び声に、カミルは思わず苦笑する。レオノーラもだ。そして、カミルやレオノーラの表情が変わる度に、テレーゼとフォルカーの顔が、嬉しそうに笑った。

やがて、賑やかな笑い声が聞こえたのだろう。扉が開かれ、ヴァルターが部屋に顔を覗かせた。彼は、カミルの顔を見た瞬間、手にしていた工具を取り落とし、猪もかくやという勢いでカミルを抱きしめた。

「カミル! レオノーラも……お前ら、やっと目ぇ覚ましたのか!」

心配させやがって、と涙声で言いながら、ヴァルターはカミルの頭を何度も撫でる。撫でると言うが、ヴァルターの腕は丸太のように太い。手もごつごつしていて、大きい。当然、力も強い。

「ちょっ……親方! 苦し……痛っ!」

目を回している様子のカミルに、テレーゼとフォルカーはまた笑った。

しばらくして、落ち着いたのだろう。ヴァルターはカミルから体を離すと、「よし!」と気合を入れた声を発した。

「二年も寝てて、腹ぁ減っただろ? 今すぐ何か作ってやるからな!」

「えっ……作るって、親方が? 料理を!?」

カミルの顔が一瞬で引き攣る。そう言えば、以前のヴァルターは弟子のカミルに料理も掃除も任せっきりで、生活力が皆無に等しかったな、とフォルカーは思い出した。

「馬鹿にするなよ! 可愛い弟子が起きたら美味い物を食わせてやろうと、あちこちの飯屋で教わって練習したんだからな!」

そう言って、ヴァルターは意気揚々と厨房の方へと向かって行く。

「ヴァルターさんの料理は脂っこい物ばかりじゃないですか! 病人には食べさせられないですよ! 私が作りますから、ヴァルターさんは手伝うだけにしておいてください!」

テレーゼが眦を上げて、慌ててヴァルターの後を追う。その後ろ姿を拝むように見送ってから、カミルはフォルカーに視線を向けた。

「本当に……長い事眠ってたんだね、僕達……」

「なんつったって、二年だからな……。ま、カミルならすぐに勘も取り戻すだろうし、ちょっとだけ口も上手くなったみてぇだし。体力が戻れば、また魔道具職人としてやっていけるんじゃねぇの?」

「だと、良いな」

そう言って笑うカミルの横で、レオノーラが「あら?」と首を傾げた。

「フォルカー=バルヒェット様。腰のその魔道具は……」

「ん? あぁ……そうだった。二年前にカミルが売ってくれたこの杖、使わせてもらったんだった。……あ、ちゃんと杖の代金は払ったからな? おやっさんにだけど!」

「いえ、そういう事ではなく……」

困惑した表情で、レオノーラは首を横に振った。

「この杖、お使いになられましたの? 杖からほんの少しでございますが、魔力の気配が……。二年前にこの杖を用意した時、十三月の中でしか魔力の補充はしなかったように思うのでございますが……」

そう。たしかにこの杖を見付けた時、新品同様で魔力は一切補充されていなかった。テレーゼの仮設によれば十三月というのは夢の世界なのだから、十三月で補充した魔力は杖には残らない。

「……ん?」

ふと疑問が湧き、フォルカーは首を傾げた。十三月で補充された魔力は残らない。なら、何故マルレーネが補充してくれた魔力の気配が残っているのだ?

その疑問について考えるには、まずカミル達にマルレーネの事を説明した方が良いかもしれない。

「あぁ、それのお陰で、十三月の狩人を何とかできたんだぜ! ……本当は、カミルが作った杖なんだし、レオノーラに補充してもらえれば良かったのかもしれねぇんだけどさ。それに拘るのと、カミル達を助けるの、どっちが大事なんだって。ちびすけが……」

「ちびすけ?」

「変わったお名前の方ですわね」

目をぱちくりと瞬かせるカミル達に、フォルカーは慌てて手を振って「違う」と言った。そして、今度は正しく、マルレーネの名を告げる。

告げてから、フォルカーは再び首を傾げた。

「そう言えば、何で俺……ちびすけの事、ずっとちびすけって呼んでたんだ……?」












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