13月の狩人








第二部







18








腹が膨れて、満足して。フォルカーは、「外の空気を吸いたい」と言って外に出た。夜の空には、冬の星がいっぱいで、ちらちらと瞬いている。一瞬、また季節が狂って星飾月になっているのでは、と思ったが、夏の空気を感じないので、星飾月ではない。

フォルカーはホッと安堵の息を吐くと、庭の中ほどに腰を下ろした。そこに、マルレーネが飛んでくる。

「なんだよ、ちびすけ。さっきも欠伸してたし、もう眠いんだろ? 寝なくて良いのか?」

「うー……眠いのは眠いんですけど……」

目をこすりながら、マルレーネは眠そうな声で言う。

「けど、なんか……フォルカー兄の元気が無い気がして、それが気になったんです」

その言葉に、フォルカーは「そうか?」と言い。そして、「そうか……」と続けた。

「元気、無いように見えたか? 俺……」

その問いに、マルレーネは「はい」と頷く。

「テレーゼ姉の部屋を見せてもらった時から、何となく。最初は、ホームシックのようなものかと思ったんですが……」

流石にホームシックは無い、と、フォルカーは首を勢いよく横に振った。それに対してマルレーネは、「ですよね」と頷いて見せる。

「フォルカー兄がお家に帰りたくてべそをかく姿なんて、想像できないです。だから、元気が無いのはきっと別の理由で……でもそれは、私にはわからない理由なんだろうなって思ったんです」

だから、気になった。何か自分で力になれる事は無いかと思った。それ故に、眠いのを堪えてフォルカーの元へ来たらしい。

「……ありがとな」

それだけ言って、フォルカーはマルレーネの頭を撫でた。頭を撫でたと言っても、フォルカーとマルレーネではかなりの体格差がある。自然と体全体を揺さぶられたような形となり、マルレーネは「ひぁぁぁぁ……」と緩い悲鳴をあげながら目を回した。

目を回している様子のマルレーネに、フォルカーは「あ、悪ぃ」と軽く謝り、それからその姿に思わず笑った。

「笑うなんてひどいれすー……」

目を回して呂律が回っていないマルレーネに、もう一度謝り、そしてついうっかりまたも頭を撫でた。

「ふぁぁぁぁぁっ!」

「わ、悪ぃ!」

今度は割と真剣に謝って、フォルカーはマルレーネから手を放す。それでもしばらくの間、マルレーネは目を回しながらふらふらと宙に浮いていた。先日までは思い詰めているような様子の彼女だったのに、自身の話をしてからは気が楽になったのか、どことなく表情に余裕が出てきているように思える。

そんなマルレーネを見ていて、フォルカーはいつの間にか肩の力が抜けている事に気付いた。

変わるものなんだな、と思わずにはいられない。つい数日前まではどことなくビクビクしていたというのに、いつの間にフォルカーを元気づけられるようにまでなったのか。

こういう伸び代を狙って、十三月の狩人は獲物を選ぶのか。ふと、そんな考えが頭を過ぎる。そして、大いに納得している自分に気が付いた。

自分に関しては、よくわからない。二年前と比べればドジは確実に減っているが、それが大きな変化かと問われれば、首を傾げざるを得ない。

だが、マルレーネは元気付けられる側から元気付ける側になれるほどの成長を遂げている。カミルも、代行者であったとはいえ、効果はあった。結果は残念だったが、それでも以前に比べて気が強くなり、積極性が増していた。

そして、一番変わったのはテレーゼだ。以前はあれほど魔力が増えない事を悩んでいたというのに、今となっては師であるギーゼラをも超えるのではないかという魔力を有している。勿論、それはテレーゼがこの二年間努力をした結果だ。だが、そのきっかけは十三月。カミル達を救うために必死になっていたからこそ、今のテレーゼがある。

十三月の狩人は、それを見抜いていたのか?

窮地に追い込まれれば、マルレーネが逞しくなる事を。なりふり構わなければ弱点を克服できる状況に置かれれば、カミルが強くなる事を。友が倒れれば、テレーゼが見違えるほどに魔力を持つようになる事を。

だから、呼んだのか? 十三月に呼ばれるのは、努力の足りない半人前だという。それは裏を返せば、努力をすれば一人前になれる者、という事にならないだろうか。

十三月の狩人は、半人前を成長させるためにこんな事をやっている? 何故だ?

「……わっかんねぇなぁ……」

溜め息と共に、比較的大きな声で心の内を吐き出した。気のせいだろうか、大きな声で言ったら、少しだけ気分が晴れた。

「何がわからないんですか?」

やっと目が回らなくなったらしいマルレーネが問えば、フォルカーは大仰に両手を挙げて見せる。

「狩人の奴が、何考えてんのか。……いやまぁ、わかったらわかったで、何となく嫌なんだけどな? あんな悪趣味なマネしてくれるような奴が何考えてるのかなんて、理解したくねぇって言うか……」

おどけた調子でそこまで言って、フォルカーはピクリと顔を強張らせた。夜の空を睨み、そして剣を抜く。

「……フォルカー兄?」

「ちびすけ、下がってろ!」

その言葉が終わらぬうちに、暗い空から黒い矢が雨のように降り注いだ。フォルカーは舌打ちし、そして自らとマルレーネに襲い掛かる矢を全て斬り払う。

矢は全て地に落ち、霧散して消えた。そして、狩人の襲撃もそこで終わる。それ以降、矢は一条たりとも飛来する事は無かった。

「……どうしたんでしょう? 今回はやけにあっさりしてますね……?」

「まぁ、こんな暗さだし、出直してくれるのはありがたいんだけどな」

言いながら、フォルカーは鼻をすんすんと鳴らす。そして、変な臭いを嗅いだ、とでも言わんばかりに顔をしかめた。

「……フォルカー兄?」

どうしたのか。そうマルレーネが訊こうとした時、二人の背後からパチパチと拍手が聞こえてきた。振り返れば、そこでユリウスが目を輝かせてフォルカー達を見ている。

「すごいね、フォルカー君! 今の動き、何が起こっているのかまったくわからなかったよ!」

「……そうか?」

小さく鼻をすん、と鳴らしてから、フォルカーは少しだけ照れ臭そうに鼻を掻いた。するとユリウスは「うん」と頷いてから、少しだけ困ったような顔をする。

「けどね、こんな灯りも無い暗い場所で素振りをするのは頂けないなぁ。もしフォルカー君がいる事を知らない人が近くを通りかかったら、怪我をさせてしまうかもしれないし。それに、フォルカー君自身が怪我をする事だってあるんだよ?」

「あ、その……悪ぃ」

フォルカーが困惑気に謝ると、ユリウスは苦笑する。

「ひょっとして、こういうのって口うるさく感じるのかな? 男の子を育てた事が無いから、どうしても匙加減がわからなくって……」

そんな事は無い、とフォルカーは首を横に振る。寧ろ、手ぬるいぐらいだ。彼や彼の兄弟は、今までに何度両親に怒鳴られ拳骨を落とされたかわからない。

それを聞くと、ユリウスは「そうなの?」と目を丸くした。

「それはさておき、こんな暗いところで素振りは本当に駄目だよ? それに、もう遅いから寝た方が良い。夜更かししてたら、大きくなれないよ?」

最後の言葉は、マルレーネにかけたのだろう。フォルカーは既に、ユリウスより拳一つ分は大きい。これ以上大きくなってどうしろと言うのか。

苦笑しながら素直に頷き、ユリウスに続いてフォルカーとマルレーネは家の中へと向かう。向かいながら、フォルカーは彼にしては珍しい小さな声で、安心したためか既にうとうととしかけているマルレーネに囁いた。

「おい、ちびすけ。今日明日はよく寝てよく食って、とにかく体を休めとけ」

眠そうな顔で首を傾げたマルレーネに、フォルカーは言う。

「明後日にはここを出るぞ。……南の砂漠に行く」

その言葉に、マルレーネはバチッと目を覚ました。丸くなった目でフォルカーを見るが、フォルカーは何か考えている様子で理由を話してくれそうにない。

だが、その顔はかなり真剣で……。だからマルレーネも、真面目な顔をして、ただ一度こくりと頷いた。

氷響月が――一年が終わるまで、あと十四日。










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