13月の狩人








第二部
















「フォルカー兄とテレーゼ姉は、恋人同士なんですか?」

「……は?」

北の霊原へ旅立つ前の腹ごしらえとして買い食いをしていたフォルカーは、顔を引き攣らせて硬直した。そして、呆れた顔で肩に留まっているマルレーネを見る。

「なんでそうなるんだ?」

「だって、テレーゼ姉の腰に差さってた杖。二本ありましたけど、そのうちの一本がフォルカー兄とお揃いです!」

「……あぁ……」

マルレーネの言わんとする事がわかったのか、フォルカーは己の腰に視線を落とす。

剣士であるフォルカーは、常に腰に剣帯をつけている。それが、二年前からは二本に増えた。新しく増えたのは、魔法使いが腰に杖を吊っておくために使う、細い物だ。

そこに、魔法使いでもないのにフォルカーは少々太い杖を一本差している。それが、テレーゼの持っていた杖と同じデザインであると。マルレーネはそう指摘しているのだ。

「違ぇよ。同じ奴から買っただけだ。……ってか、その理屈だと、同じ物持ってたら俺もテレーゼもどっかのいかついオッサンもそこらの洟垂れ小僧も、みんな恋人って事になっちまうんじゃねぇのか……?」

「あ、言われてみれば……そうですね。……そうですよね。同じデザインの量産品なんて、たくさんあります」

本当の事を言うと、恐らくこの杖を持っているのはテレーゼとフォルカーの二人だけだ。販売元は商売が下手で、テレーゼとフォルカーが最初の買い手であったであろう事は想像に難くない。そして、次の買い手が現れる前に、彼は商売ができぬ身となってしまった。

更に付け加えるなら、テレーゼもフォルカーも、一度この杖を失っている。〝あの時〟、目覚めた時には手元から消え失せていたのだ。それが、作り手で販売元である彼の枕元に置いてあるのを発見し、彼の上司であり師匠であるヴァルターに頼み込んで改めて買い取ったのだ。

それを説明したところで、意味は無い。それどころか、マルレーネが余計な興味を持ちかねない。だから、フォルカーはその事実を黙っていた。

フォルカーが黙っていても、マルレーネの杖への興味は尽きないようで、肩から腰の辺りまで降り、杖をまじまじと見詰めている。やがて、不思議そうな顔でフォルカーに問うた。

「フォルカー兄、この杖、魔道具ですよね?」

「あぁ。一回だけ、強力な光を出す事ができる魔道具だな」

「……魔道具は、魔力をあらかじめ蓄えておかないと使えませんよ? この杖、魔力が空っぽみたいですけど……魔道具屋で補充していかないんですか?」

その問いに、フォルカーは「良いんだよ、使う気無ぇし」とぶっきらぼうに返す。だが、それでは納得ができなかったのか。マルレーネは更に粘る。

「使わないなら、どうして持ち歩いているんですか? 強力な光を発するって事は、モンスター避けとかに使う魔道具ですよね? なら、もしもの時に備えて、魔力を補充しておいた方が良いですよ?」

フォルカーは、黙ったまま答えない。マルレーネは、少しだけ頬を膨らませた。そして、「あっ」と思い付いた顔をすると、明るい表情で言う。

「そうだ、私が魔力を補充しますよ! フォルカー兄には助けてもらいましたし、こうして一緒にいさせてもらっていますし! お礼になるかわかりませんけど、それぐらいなら……」

「良いって言ってんだろ!」

フォルカーが、声を荒げた。それにマルレーネがびくりと震えると、フォルカーはハッとする。

「悪ぃ。けど、本当に良いんだ。次にこの杖に魔力を補充してもらう妖精は誰にするか、もう決まってるからよ」

その妖精とは誰なのか。話にほとんど加われなかったとはいえ、流石にマルレーネにもわかった。それはきっと、あの木漏れ日の降り注ぐ部屋で眠っていた妖精の事なのだろう、と。

「……フォルカー兄が、十三月の狩人に遭いたがっているのは……あのお二人を眠りから覚ますため、ですか……?」

「ん……まぁな」

それ以上の言葉は、フォルカーの口から出てこない。下手に問い詰め、先ほどのように声を荒げさせては……と思ったのだろう。マルレーネは、その話題に深入りする事をやめた。

代わりに、他に問いたかった事を口にする。

「フォルカー兄は、これから北の霊原へ行く、と言っていましたよね? どうしてそこへ?」

「さっきも言ったけど、二年前に狩人に狙われた時にも世話になったんだよ」

北の霊原には魔族や精霊が多く住んでおり、彼らは街の人達よりも十三月の狩人の話を信じてくれやすい。それに、二年前に滞在した経験もあるので、道のりもある程度勝手がわかっている。滞在中にほぼ無事でいられた事もあって、安心感も強い。十三月の狩人と対峙する気満々ではあるが、安全な根拠地は欲しいところである。

事実、テレーゼもフォルカーも、再び十三月に呼ばれた時に備えて、二年の間に何度も口実を作っては北の霊原へ出向き、どんな天候でも、どんな時間帯でも、一人ででも北の霊原へ辿り着けるようにシミュレートを繰り返している。

それらを簡単に説明し、フォルカーは「で?」と少しだけ目を細めた。

「訊くまでもねぇみてぇな感じになってるけど、これからお前はどうするんだ? 南の砂漠に入らなきゃ、モンスターに襲われるような事もそんなに無ぇだろうし。逆に俺と一緒の方が危ねぇかもしれねぇぞ? 俺は、自分から十三月の狩人に遭おうとしてるわけだしな。っつーか、お前親は? 南の砂漠でおじじ様、とか言ってたんだし、家族はいるんだろ? 帰らなくて良いのか?」

矢継ぎ早に問われて、マルレーネはしばし迷う様子を見せた。だが、決意の表情を作ると顔を上げ、上ずった声でフォルカーに言う。

「危なくても、フォルカー兄と一緒に行きたいです! 十三月の狩人は、いつどこで襲ってくるかわかりません! フォルカー兄と離れたから大丈夫というわけでもないです。なら、狩人と戦えるぐらい強いフォルカー兄と一緒にいたいです!」

グッと両拳を握って見せるマルレーネ。そんな彼女に、フォルカーは苦笑を禁じ得ない。

ついでに、相変わらずマルレーネは家族の事など、彼女自身の事情については語ってくれない。これでは、テレーゼの言う「惑わしの妖精」説に納得してしまいそうで、困惑も禁じ得ない。そんなフォルカーを前に、マルレーネは「それに……」と言葉を足した。

「上手く言えないんですけど、フォルカー兄と一緒にいると、元気になる気がするんです! だから、もっとフォルカー兄と一緒にいたいです!」

「なんだよ、それ……」

フォルカーの頬が、少々赤い。どうやら、マルレーネの言葉に照れているようである。ガリガリと頭を掻くと、食べかけのサンドイッチを小さく割り、齧っていない方をマルレーネに手渡した。

「お前も少し食っとけよ。俺は慣れた道だけど、それでも何日かかかるぐらいだ。食って体力つけとかねぇと、もたねぇぞ」

それはつまり、同行する事を許可する、という事で。マルレーネは嬉しそうにサンドイッチの欠片を受け取り、齧りついた。ハムとタマゴと、ほんの少しだけレタスを挟んでいるサンドイッチだ。マスタードはそれほど使っていないのか、あまりピリピリしない。

マルレーネがフォルカーの肩に腰掛け、サンドイッチに夢中になっているうちに、フォルカーは携帯食料などの必要品を慣れた様子で揃えていく。そしてそれらを、まとめて鞄に突っ込んだ。

「あっ、フォルカー兄! そんなグチャッと鞄に入れたら、後から出す時に大変ですよ!」

非難がましく言うマルレーネに、フォルカーは「なんとかなるもんだって」と言って取り合わない。これでは、先ほどヴァルターの魔道具屋でたくさん入る鞄の魔道具とやらを買っていたら大変な事になっていたかもしれない。

少しだけ呆れた顔をしながらサンドイッチの残りを飲み込み、マルレーネはフォルカーの肩から飛び上がった。

フォルカーとマルレーネ、顔を見合わせて頷き合う。そして、二人は進み始めた。

一方は、友人達と共に笑い合う時を取り戻すために。

一方は、一ヶ月を無事に生き延びるために。

ひとまず目指すのは、北の霊原だ。

氷響月が――一年が終わるまで、あと二十八日。










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