夢と魔法と現実と




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「時野!」

路地裏に飛び込み袋小路に駆け込むと、時野はまだ無事だった。特に襲われた様子も無く、一人ぽつんと立っている。

先程呼び掛けた声に気付いたのか、時野がゆるゆると首を巡らせた。その瞳は、何故かキラキラと輝いている。言うなれば、そう……新しいおもちゃを見付けた子どものように。

「亮ちゃん、俺……」

抑えてはいるが、声が弾んでいる。違う意味で、嫌な予感しかしない。

「俺、さっき謎の声が聞こえた! 辺りに誰もいないのに、直接脳に響くように男か女かもよくわからない妙にエコーがかった声が聞こえて、俺に話しかけてきたんだよ! どうしよう、亮ちゃん。これって何の前触れかな!? 異世界に召喚される? 永い眠りから目覚めた精霊に力を貸してくれって言われる? 地球侵略を目論む異星人と、それを阻もうとする異星人の星間戦争に巻き込まれる!? 亮ちゃん、俺ひょっとしたら、もうすぐちょっと挙動不審になったり行方不明になったりするかもしれない! っあーっ! 何か緊張してきた! 準備は万端だけど、いざその時が来るとなったらすっげー緊張してきた! 亮ちゃん、俺が落ち着くように何かつまんねぇ事言って!」

「具体的に言わんで良い! 何の前触れかと言われたら明日寝不足のため授業で居眠りの前触れじゃねぇのか!? ゲームと深夜アニメはほどほどにして早く寝ろ! 異世界の前に職員室に召喚されるぞ! 精霊よりも先にお前が目を覚ませ! でもって受験戦争に巻き込まれてこい! っつーか、お前は普段から挙動不審だから今更ちょっとおかしくなっても誰も怪しまねぇよ! ……ってか、そうだよお前今家で行方不明扱いになってるぞ。早く連絡入れろ! でもって本当に準備万端過ぎるんだよ、お前は! 布団が吹っ飛んだ!」

「そこで本当に詰まんない事を言うんだから、キミもトコトンお人好しだよね」

互いにマシンガントークを繰り出す二人を眺め、トイフェルは呆れ果てた顔でぽつりと呟いた。横ではフォルトが、ゴミでも見るような白けた目で亮介達を見ている。

「呆れた……イーターの声でここまでテンションが上がるなんて……。不安を煽るつもりでこんなに希望いっぱいになられたら、流石のイーターも困惑したでしょうね。……と言うか、ひょっとしなくてもさっきまで彼の後に尾を引きながら消えそうになってた負の感情って、イーターが囁く前に彼が纏っていた負の感情? これだけ強い浄化能力があるなら、イーターもドン引きして逃げていくわけね……」

勿論、トイフェル達の姿は時野には見えていないし、声も聞こえていない。

急速に、亮介の気分だけが盛り下がっていく。そして、リクエスト通りに詰まらない事を言ったのに、時野は落ち着く様子が無い。

「どうしよう。俺、今日寝れるかな!? 明日目が覚めたら見知らぬ世界にいたら、俺ってどんな反応するかな!? 亮ちゃん、どう思う!?」

「……うん、とりあえず家に連絡入れろ」

そこでようやく、時野は家に電話をかけ始めた。その隙を狙って、トイフェルが亮介に囁きかける。

「……彼はこうやって、生涯怪奇現象とは無縁なまま生きていくんだろうね……」

「当人にとっては不幸な事にな……。多分、イーターの声が聞こえたってのが、一生で一番の怪奇現象になると思うぞ……」

目の前では、時野が母親と話している。多分こってり怒られているのだろうに、その顔は嬉しそうに笑っている。

恐らく、これが切っ掛けでこの従兄弟はますます世間一般で言う普通の人間にはなろうとしなくなるんだろうな、と亮介は思う。だが、それと同時に時野がこんな性格で良かったとも思う。そして、そんな夢を持ち、それに向かって驀進し続ける事ができるこの従兄弟が少し羨ましいとも。

ぼんやりとそんな事を考える亮介に、電話が終わったらしい時野が携帯を仕舞いながら声をかけた。

「じゃ、帰ろうか、亮ちゃん。……あ、そうそう。俺が帰るのが遅れたワケなんだけどさー、何か、町外れに廃工場があるじゃん? あそこの地下に埋まってる水道管が断裂したらしくてさー。そこかしこで水が出ないの、汚水が溢れ出してるだのと大騒ぎ! ついついそう言うのを見てたら、こんな時間になっちゃって……」




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