夢と魔法と現実と











「とりあえず言わせてもらうけどな。トイフェルっつーのは、ドイツ語で悪魔って意味だ」

ビビッドレッドの看板が目印のファストフード店に入り、照りチキバーガーとフライドポテト、それにバニラシェイクを一つずつ載せたお盆を最奥の席に置いてから亮介はトイフェルに言った。時間は二時。丁度昼食とおやつの時間の狭間で、店内が空いている時間帯だ。珍妙な生物とワケありらしい話をするには適している。

「知ってるよ。で、だから? それはドイツ語……あくまで、キミ達の星の言語での意味だろう? ボクの星では、輝かしき神々の栄光≠ニいう意味だ」

「どちらにしても、イメージとは違うな……」

そう呟いて、亮介は携帯電話を取り出した。イヤホンマイクを取り付け、イヤホン部分を装着する。

「成程、考えたね。その状態で会話をすれば、キミは空気と喋る痛い人ではなくなるわけだ」

「そういう事。……で? 話ってのは、何なんだ?」

シェイクを飲みながら、照りチキバーガーの包み紙を開いていく。すると、トイフェルは「待ってました」と言わんばかりに照りチキバーガーに食いつき、しばらくの間は無心に食べ続けた。そして、ものの三分で照りチキバーガーを食い尽すと、今度はつまみでも食べるようにフライドポテトを舐り出す。またたびを齧る猫のようであれば可愛いが、正直なところ、するめを食うオッサンにしか見えない。

「話って言うのは……んー……何て言うのかな? 人間、遊び心も必要だしね。ヒントをあげるから、何の話か当ててみてよ。ヒント一、アニメ。ヒント二、武道の経験はあるかな? ヒント三、魔法使いになってみたいと思った事はあるかい?」

「……まさか正義の魔法使いになって悪い奴から地球を守ってみないか、なんて言うつもりじゃねぇだろうな?」

有り得ないだろうと思いつつも、目の前の存在が既に有り得ない物であるだけに脳内で否定しきれない。

「話が早くて助かるよ」

トイフェルは否定する事無くあっさりと頷いた。亮介は黙り込み、そのままシェイクを啜る。ズココッという音がした。

「まず、敵の説明をしようか。ボク達種族を主食としている化け物がいると思って欲しい」

「……憶測で話して良いか? まさかとは思うけど、お前の故郷でその化け物にお前の仲間が食い尽されて、命からがら何とか逃げてきたお前を追って、その化け物が地球にやってきた……なんて事は……」

「話が早くて助かるよ」

「……」

亮介は無言のまま、ストローを再びくわえた。だが、中のシェイクは既に無く、スコッという音が空しく聞こえてきた。

「そいつら……キミにもイメージが湧き易いように、仮にイーター≠ニ呼ぶ事にしようか。イーター達は右も左も考える暇すら無く逃げ続けるボクと少数の仲間達を追って、地球までやってきた。そして、そこで新たな餌を見付けた。それがキミ達……地球人だ」

「……」

無言のままの亮介に構う事無く、トイフェルは話を続ける。

「イーター達は地球人の味がかなりお気に召したらしくてね。最近ではボク達を探すのをそっちのけで、地球人ばかりを狙っては狩り、食べている。……まぁ、当然だよね。地球人達はイーター達の存在を知らない。つまり、イーター達に対する警戒も防衛も何もしていない。イーター達からすれば、食べ放題のバイキングみたいなものだ」

残り少なくなったフライドポテトを齧り、トイフェルは「お陰で、ボク達は助かってるよ」と呟いた。

「さて。ここでボク達は、さっさと尻尾を巻いて逃げても良いんだ。イーター達が地球人達に気を取られている今なら、容易く逃げられるしね。けど、いずれは地球人達も食い尽されるかもしれない。そうなったら、イーター達はまたボク達を探して追い掛け始めるだろう」

そう言って、トイフェルは最後のフライドポテトを飲み下した。

「このままでは、いつかはボク達も食べられてしまう。そこでボク達は考えたのさ。今ここで、イーター達を倒してしまおう、ってね」

「……どうやって?」

亮介の問いに、トイフェルはズイッと顔を突き出した。

「ボク達種族が体内に宿している力……そうだね。キミにわかりやすいよう、魔力の火種≠ニでも呼ぼうか。これをキミ達地球人に分けてあげるんだ。そうすればキミ達はいわゆる魔法が使えるようになり、イーター達と戦う事ができるようになる」

「別に、地球人を頼らなくても、魔法が使えるならお前達が自分で戦えば済む話じゃねぇのか? 何でわざわざ……」

首を傾げる亮介に、トイフェルは「サイズだよ」と短く言った。

「……サイズ?」

「この魔力の火種という物は、使えば使うほど体内で次第に育っていく物なんだ。大きくなればなるほど、強力な魔法が使えるようになる。けど、キミも知っての通り、エネルギーにはキャパシティというモノが付き物だ」

「つまり……お前達だと体のサイズが小さ過ぎて、その……イーターって奴を倒せるレベルの魔法が使えない?」

「話が早くて助かるよ」

満足そうに頷き、トイフェルは話を続けた。

「キミ達地球人の体格なら、イーター達を倒せるだけの強力な魔法も使えると思う。それに、キミ達地球人は魔法を使うのに必要不可欠な想像力も持っている。これほどボク達と組んでイーターを倒すのに適している生物はそうそういないよ」

「それで、お前が俺に声をかけたって事は……」

「まぁ、キミと出会ったのは偶然だけれども、ボクはボクの魔力の火種を分け与えるのにキミは相応しいと判断したんだ。キミに差支えが無ければ、是非魔法使いになって、イーター達を倒すのに協力してほしい」

「……何で、俺が相応しいと思ったんだ?」

問いながら、ちらりと携帯電話のサブディスプレイを見る。そろそろ店を出ないと、講義に間に合わなくなりそうだ。

「まず第一に、ボクの姿を見て酷く冷静なツッコミをした事。戦いの場において、冷静さは必要不可欠だからね。それから、キミは大学生であるらしい。そろそろ体が完成する年頃で、多少の無茶をしても体に負担がかかり難い。加えて、高校生や社会人は一日学校や会社に拘束されて自由な時間が少ないが、大学生なら講義の時間さえ外せばこうして自由に外を出歩く事ができる」

確かに、イーターがアフターファイブだけ出現してくれる確証は無い。

「大学生なら夜中に出歩いていても補導される可能性は低いしね。それに、制服というわけじゃないから、現場で誰かに目撃されても即座に身元を特定される恐れが少ない」

「つまり、その……別に俺じゃなくても、大学生なら誰でも良いって事か?」

「うん、まぁね」

トイフェルの肯定に、亮介は溜息をつきながら立ち上がった。そしてトレイを手に、出入り口へと向かう。

「どこへ行くんだい?」

「大学に戻るんだよ。そろそろ行かねぇと、四限に遅刻しちまう。……あぁ、悪いけど、お前の申し出はパスだ。大学生なら誰でも良いんだろ? なら、わざわざ危険な場所に自分から行きたくなんかねぇからな。他の、もっとそういうアニメっぽいシチュエーションに憧れてそうな奴を当たってくれ」

それだけ言うと、亮介はゴミをゴミ捨てへと放り込み、そのまま店を後にした。その後姿を見送りながら、トイフェルはぽつりと呟いた。

「わかってないね。シチュエーションに憧れてノリノリで魔法使いになるような人じゃ、却って危険なんだよ。……まぁ、良いさ。しばらくは様子を見る事にしよう」





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